02
修学旅行、2日目。
目を開けた柊の視界にはまだ暗い室内と隣のベッドで眠る杏路と燕の姿だった。
柊が後ろで眠る奏の方へ体を向けようとすると、目が覚めた奏に抱き寄せて顔を覗き込まれた。奏は柊と目が合うとそっと体の向きを入れ替えるのを手伝ってくれた。
「もう、起きるか?」
小さく首を横に振った柊の背中をポンポンしてから奏は優しく抱き締める。
ゆっくりと目を閉じて柊が奏の胸元に顔を寄せると、後ろから布ずれの音がした。
「あー、奏さんが浮気してるー」
ぼそぼそと呟いた燕は自分の寝ていたベッドから降りて柊の後ろに潜り込む。
奏は燕の言葉を軽く鼻で笑った後に少し体をずらして、柊の体を後ろから抱き込んだ燕の体にもしっかりと布団を掛けてやる。
「心配いらねえよ、柊は対象外だからな」
「本当に、何にも言われないんすか?」
「当たり前だろ?そうじゃなきゃ、とっくに別れてる……人の所に首突っ込んでる暇があんなら、さっさと告白でもしろよ」
「それが出来たら誰も苦労なんてしないんすよー」
「何が引っ掛かってんだよ?」
「……だって、俺は全然、好みじゃ無いみたいだし」
「本人が、そう言ったの?」
「そうっすよ……だって、飛沫さんが……」
「飛沫が?」
「好みは、自分より強い人って」
「はぁー……」
「あ、今すっげー面倒くさそうな顔したっすね?傷つくんすけどー」
「はいはい、悪かったって」
「だってしょうがなく無いっすか?どうやったってあの人より強くなるとか無理ゲーじゃないっすか……俺、あの人より強い人間とか1人しか思い付かないっすもん」
「別に戦闘力だけが強さじゃねえだろ?」
「あの人頭もメチャクチャ良いし、生活能力もバリ高っすよ?」
「面倒くせえな……」
「酷ぇ」
燕が泣きまねをしながら柊の頭に顔を埋めたので、柊は腕を伸ばして頭を撫でてあげる。
「良いんすよもう、どうせ無理なんで、今の関係で満足するっすよ」
「それが出来る人間なら、今こんなんになってないだろうが」
「うっさいっすよ」
奏が慰めるように肩を撫でた所で騒がしかったのか杏路も起きて来たので、奏は話を切り上げるとベッドを降りて検診道具を取りに行く。起きて来た杏路は柊の正面に回った。
「おはようございます」
「おはよ」
「燕はどうかしたんですか?」
「心配ねえよ、ただの寝不足だ」
荷物片手に戻って来た奏はそう言いながら柊から燕を剥がして隣のベッドに放り込む。
「まだ起きるには早いだろ?もう少し寝たらどうだ」
「そうですね……」
「ついでに柊も寝かし付けてくれ」
手早く体調チェックを終わらせた奏は柊の体を抱き上げて杏路の腕にそっと渡した。
「そう言う事でしたら」
「おー、頼んだぞ。俺はこっちのでかいの寝かし付けっから」
奏が杏路が寝ていた方のベッドで転がってる燕を端に押しやりながらそう言って布団に潜り込んだので、杏路も柊の体を優しく下ろして一緒にベッドに寝転ぶ。
杏路の体温に微睡んでいるうちに眠っていた柊が次に目を開けた時には、時計の針は起きるのにちょうど良い時間を指していた。柊は杏路の用意した洋服に着替えて燕に髪をセットしてもらった後、奏の持って来た朝食をとって集合場所のロビーの隅に移動する。
今日の予定は登山だ。敷地内にあるハイキングコースを登って行き、頂上に用意された昼食を頂いた後に下山し、その後は夕食まで自由時間だ。
柊が教員の集まるすぐ横のスペースで読書をしながら全員が集まるのを待っていると、柊の姿に気が付いた他の生徒がざわざわとし始めた。普段はカウンセリングルームの個室にいるし、行事なども離れた所から見学しているので、ほとんどの生徒は初めて見る柊に興味津々のようだ。整った容姿にキャーキャー言ったり、腕にあるデバイスの色を見てひそひそ話したりしている。話し掛けようとする人間の撃退は守役に任せて柊は読書を続ける。
家柄を盾に無理矢理近づこうとした者も朽木家の名前の前では無力のようで、大人しく引き下がっていた。そこから家柄を知って更に注目度が高まったが柊はピクリとも表情を変えず綺麗な姿勢で椅子に腰掛けながら本のページを捲った。
「ひぃ様、体調は大丈夫っすか?」
「問題無いよ」
対外用の畏まった表情と態度を取りながら燕がこっそり砕けた口調で話し掛けて来る。
「具合悪くなったら即、俺等の内の誰かに言って下さいっすよ?」
「ん、わかってる」
「にしても、凄い視線の数っすねー」
「まぁ、朽木の子供で能力者だから仕方が無いよ」
「その上この麗しき顔っすからね」
「ふふっ」
本に視線を落としながら微かに笑みを浮かべた柊に、女子生徒だけでなく男子生徒まで見とれている。その異様な空気を切り込むように、ロビーの入り口に姿を現した大和が柊に向かって軽く手を挙げる。柊も同じように返すと大和の後ろから入って来た秋羅達も気が付いたようだ。秋羅に何事か話し掛けてから柊に向かって朔夜がぶんぶんと手を振り、横にいる秋羅と七花は苦笑しつつ大和と同じように手を挙げた。
柊が小さく手を振り返したのを見て側に来ようとした所を他の生徒に捕まっている。
暫くそんな風に騒がしくしていると、ロビーに設置された台の上に学年主任の先生が上がり、静かになった所で朝の挨拶や今日の予定、注意事項などの話を進めて行く。
柊の存在を気にしながら外へ出て行く生徒達を最後まで見送った所で、柊も席を立つ。
他の教師と話していた蘇芳が気が付いてこちらへ近づいて来たので、柊は手に持っていた本を燕に渡し上着を着せてもらいながらそちらへ顔を向ける。
「おはよう」
「おはようございます」
「体調はどうだ?」
「今の所は問題ありません、ご心配ありがとうございます」
「あー、このまま参加すると外で待ち伏せしている生徒も居る可能性があるのだが……」
「室内待機ですか?」
「……登りたかったか?」
柊は蘇芳の背後にいる他の人間をちらりと見てから声を潜めた。
「正直に言えば、堂々とサボれてラッキーだな、と」
「そうか」
柊の正直な感想に笑った蘇芳は柊の頭をポンポンしてから待機場所を伝えて戻って行く。
「移動しますかぁ」
「帰りに売店寄ってこうぜー、どうせ朝飯アレじゃ足りてねえだろ?」
「あ、マジっすか?俺なんか甘いのが良いっす」
「ここ何故か温泉饅頭とかも置いてあんだよなぁ」
「良っすねー」
ちなみにこの会話の間も対外用の態度で過ごしているので声のトーンだけが普段通りだ。
帰りがけに売店に寄った柊達は、杏路と燕用の食事と皆で食べる為のおやつを買い込むと、柊に割り当てられている部屋へと戻った。
柊は使ってない方のベットに食事を終えた燕と一緒に寝転がりながら、秋羅達からグループチャットに送られて来る写真にコメントしたりして時間を潰す。
戻って来た生徒の中には姿の見当たらない柊について聞いて来る者も居たようだが、能力による体調不良と説明されてまで押し掛けようとする猛者は居ないみたいだ。
自由時間も部屋でゆったりと過ごして、奏の運んで来た夕食を終えた所で、スマホに連絡が入った。どうやらサプライズで肝試しが用意されていて、夕食時に教師から通達があったらしい。もし柊も参加するなら一緒に回らないか聞かれたが、昼間の様子から遠慮する事にして、残念だけど秋羅達にはお断りのメールを送る。
柊がそのまま読書をしていると、肝試しの最中に退屈だろうからと秋羅達がスマホで実況動画を送ってくれたので、柊達も部屋を暗くして臨場感たっぷりに楽しむ事が出来た。
明日の予定を確認し、今日は燕と一緒に寝る事になっているので早めにベッドに入る。
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