*才の誕生日
――2月26日 6:30
スマホの表示を確認した柊はゆっくりとベットから起き上がる。
今日は才の誕生日なので、夕方までに誕生日プレゼントを用意しないと間に合わない。
本当なら事前に用意するつもりだったが、出掛けた日の翌日から柊は体調を崩して1週間近くも入院していたので、残念な事に体調の整った当日しか時間が取れなかったのだ。
あまり時間がないので、何とか納得出来るものを見つけなければならないので、柊は全く使われずに放置されているお小遣いを崩してプレゼントを調達する事にした。
何が良い物が無いか考えながら、柊はとりあえず朝食を食べに行く為に一階へ降りる。
柊がリビングの扉を開けると、夏目と茜の他に久しぶりの才の姿もあった。
家族全員でテーブルに揃って仲良く千春お手製の朝食を頂く。
朝食の後は玄関先で会社へ行く才を全員で見送った後、柊は学校へ行く夏目と茜を見送って、出掛ける準備を整える。また体調を崩すといけないので、予備の上着も鞄に入れた。
実は、家の左隣と目の前の3軒は他の分家の人間の待機場所になっていて、左隣が緋野、日下部の前が草薙、我が家の方向に向かって花森、久遠と並び順になっている。
今日用事があるのは柊付きの運転手兼護衛の杏路なので、柊は左隣の家へ向かう。
玄関のチャイムを鳴らすと、何故か家の中からではなく庭の方から返事が返って来た。
柊が庭へ繋がる通路を眺めながら待っていると、少しして通路の先から飛び出して来たアッシュグレーの頭が、もう一人いる柊付き護衛兼運転手の燕だ。
「あれ?ひぃ様じゃないっすかー」
燕は洗車用のスポンジを片手に持ったまま柊の目の前まで近づいて来る。
一応入院中に挨拶は済ませたが、きちんと話をするのは初めてなので少し緊張する。
「もしかして、俺に何か用っすか?」
「えっと、杏路……」
「あ、うん、デスヨネー。すぐに呼んで参ります!」
燕は一瞬残念そうな表情を浮かべると、その場で回れ右をして来た道を戻って行く。
庭から(?)杏路を呼びに行ってくれるみたいなので柊がその場で少し待っていると、燕と一緒に杏路がきちんと玄関から出て来た。
「柊様、おはようございます。お出掛けですか?」
「……えっと、相談?」
「相談、ですか?」
「誕生日プレゼント」
「なるほど」
「あー、今日ですもんねー」
「燕も、考えてくれる?」
「もちろんっすよー」
「……ありがと」
柊のはにかみ笑顔にノックアウトされた燕を放置して、杏路が柊の背に手を添える。
「そうですね、とりあえず中でお話しましょうか?」
杏路の言葉に頷いた柊は燕が開けてくれた扉をくぐり、玄関の中へ入る。
「……おじゃまします」
「おー、えらいっすねー」
燕はそう言って柊の頭をわしゃわしゃと撫でる。
きょとんとしてされるがままになっていた柊の髪を手櫛で整えて、杏路が口を開いた。
「参考までに、今まではどのようなものをプレゼントされていたのかお聞きしたいのですが……」
「えっと、押し花の栞と似顔絵とメッセージカード?」
押し花は去年の誕生日に夏目と一緒に作ったもので似顔絵は一昨年の誕生日に茜と一緒に描いたものだ。それと一緒に用意されていたメッセージカードを付けてプレゼントした。
柊の話を聞いた杏路は顎に手を当てて、柊をリビングへ案内する。
「とりあえず、中で調べてみましょうか」
杏路の後に続いて柊がリビングに入ると、ローテーブルの所に雀が座っていた。
目が合ったので、柊はそっと近づいて挨拶をする。
「おや、かわいらしいお客様ですね」
「お邪魔します」
「はい、ごゆっくりどうぞ。何か飲み物は要りますか?」
雀が柊に質問したのとほぼ同時に、入ってすぐ台所に向かった杏路が小さめの缶ジュースを持って戻って来た。
「すいません、林檎は今切らしていて……マスカットか葡萄か桃かオレンジなら100%のものがあるのですが」
「……じゃあ、桃」
杏路はプルタブを開け、一緒に持って来たグラスに移して柊に渡してくれる。
「はい、どうぞ」
「ありがと」
その様子を見た燕が耳の横を指で掻きながら弱ったような声を出す。
「あー、すみません、本来なら俺が持ってこなきゃいけないっすよね」
「別に構いませんよ。雀さんはどれにしますか?」
「私はマスカットを頂けますか?」
「はい。……燕はどちらにしますか?」
「俺は残ったので良いっすよー」
「こんな所で遠慮なんかしないで良いですよ」
「そうっすか?……じゃあ、オレンジ貰います」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
杏路は柊の残りのジュースを自分のグラスに注いだ。
何となく全員で一緒に口をつけて、ほっと一息ついたので本題に入る事にする。
「雀さん、今日はお休みっすか?」
「はい。今日は才様には秋都さんが付いているので私はお休みです」
「そうなんっすか!ひぃ様ラッキーっすよ、才様付きの雀さんならきっとピッタリのアドバイスくれるっすよー」
「あぁ、もしかして誕生日プレゼントですか?」
「そうなんです。出掛けるにしてもある程度当たりを付けてから、と思いまして」
「そうですよね、私でよければお手伝いさせて頂ます。柊様はどんなものを差し上げたいのか、ふんわりでも結構ですので何か思い付きますか?」
「えっと、手作り?が良いなって……」
「ではそれで探してみましょうか」
「ん」
ローテーブルに置いてあった雀のノートパソコンを手繰り寄せ、仲良く画面を覗き込む。
画面に雀がキーワードを入力して検索してみると、全員が想像していたよりも沢山の検索結果が表示された。雀はざっとスクロールして確認して行く。
「流石に、このサイズに4人はキツイっすね。とりあえずひぃ様は俺のお膝に来てもらって良いっすか?」
「ん」
「可能なら、長くても3時間ぐらいのものがあれば良いんですが……」
「おっ、意外と沢山あるもんなんすねー、ろくろ体験、絵付け、レザークラフト、パワーストーンのブレスレット、ガラス、箸置きに、コースターに、おっ?組紐なんかもある……何か、逆にあり過ぎて迷うっすねー」
そう言いながら眺めていた所で、燕の膝の上にいた柊がパッと画面を指差した。
「!これ」
「ガラスアートですか?」
「え~と『サンドブラスト教室! ~砂で削る魔法のガラスアートで、世界に一つだけの素敵なグラスを作ろう!~』っすね」
「これなら、イベントの主催は草薙の系列のようですし、年齢は少しばかり足りませんが、柊様でしたら問題ないでしょう。作業時間も長くても2時間ぐらいの様ですしね」
「良いんじゃないでしょうか?」
「次の回のスタートは13:00からですね……電話して空きがあるか確認してみます」
「すみません、宜しくお願いします。私は表に車を回してきますね」
「なら俺は洗車道具片して来るっすよー」
やる事が決まったので、各自素早く行動に移った。
柊はやれる事が無いので、皆の邪魔にならない様に大人しくソファーで待つ事にする。
雀の電話が終わる頃に、杏路と燕が部屋に戻って来た。
「事情を話した所、快く受け入れて下さいました。10:00からの回には空きがあるようなので、今からここを出れば余裕を持って会場に着けるでしょう」
「ありがとうございます」
「いえ、微力ながらお力になれたようでしたら、私としても良かったです」
「微力なんてもんじゃないっすよー、助かりました!」
「ん、ありがと」
杏路が柊のマフラーを巻き直して、そのまま手を引いて全員で玄関へ向かう。
「忘れ物はありませんか?」
「大丈夫」
「そうですか……では気を付けて、行ってらっしゃい」
「「「行ってきます」」」
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