*新しい日常
新しい家に移ってからの環境の変化にも慣れた頃、柊は初等部の最終学年へと上がった。
灯は生活拠点をフランスのサナトリウムから柊の家へ完全に移して、今は主家関係の仕事は徐々に京へ引き継いでいる所で、それ以外の時間は柊と一緒に過ごしている。
次期社長である夏目を支える為の部下の教育が無事に終わったらしく、引っ越し後の秋頃からは才も家に居る事が増えて来た。今迄は時間が無くて諦めていた趣味を再開したり、書斎に籠って夏目に仕事を教えたりと、結構楽しく過ごしているようだ。
最近は別館の屋上にある温室がお気に入りで、書斎に見当たらない時は大抵、そこでのんびり本を読んでいたり、こっそり隅に作った家庭菜園の手入れをしたりしている。
茜は冬の大会で撮った写真が最優秀作品に選ばれた関係で、留学の打診もあって自分の進路について暫く悩んでいたようだが、最終的に写真は趣味として楽しむ事にしたようだ。進路については、家族のアルバムやフォトブック等を作っている内に編集の仕事の方に興味が出たらしく、この春からは知り合いの出版社でアルバイトを始めるらしい。
京は四季グループの仕事を1年程かけて徐々に部下に引き継いで海外支部の社長を引退し、今は柊達の家に居候しながら朽木家由来の能力持ちに関する仕事を灯から教わっている。元々、灯が眠っていた間の対応は京が担当していた事もあって順調に進んでいるようだ。
柊達が暮らしてる邸宅の敷地の裏手には関係者専用の居住区があり、秋羅はそこで暮らしている。実は柊の守役から話を聞いた灯が手を回して、さりげなく柊と引き離して様子を見た結果、指導役を変える事になったのだ。今は自分の対応がいかに拙かったか理解して守役に関する心得を一から学び直している途中で、灯から来年の試験に無事に受かったら柊に対する接近禁止を解くと言われて頑張っているらしい。
それ以外は特に変化も無く、柊自身は普段通りに過ごしている。
能力に関しては既に灯と京から制御は完璧とお墨付きをもらっているので外出も可能なのだが、柊は基本的に出不精なので、相変わらず図書室に籠って本を読んでばかりだ。
朽木の能力者が力が強い人間程うちに籠る傾向にある事を理解している周りの人間達は、体調が急変したときの為に必ず守役を1人付けるか家族の側に居るのを条件に、無理して引きずり出される事も押し掛けられる事も無く、適度に放置してもらっている。
昼食を終えた柊が燕と一緒に図書室のガラスルームで暫く読書に没頭していると、横でゲームをしていた燕がふと顔を上げて柊の方を見ながら呟いた。
「そろそろ、おやつの時間じゃないっすか?」
そう言われて柊がスマホで時間を確認すると、画面には14:46と表示されている。
柊は燕が本を片しに行っている間にガラスルームを出てすぐ側にあるエレベーターのボタンを押した。やって来たエレベーターの中に入って開ボタンを長押しする。
ささっと片してすぐに戻って来た燕が乗り込んだ所で階数ボタンを押した。エレベーターが2階に到着して外に出てからは燕と手を繋ぎ渡り廊下を進んでリビングへと向かう。
リビングの扉の前で厨房へおやつと飲み物を取りに行く燕を見送ってから柊が中に入ると、中には杏路が居てソファースペースでゆったりと読書を楽しんでいる所だった。
足早に近づいた柊が無言で杏路の膝の上に乗り上げて首筋に顔を埋めると、杏路は何も言わずに柊の体を抱えて体勢を変えるとソファーにゆっくりと体を沈み込ませる。
少しして奏と一緒にリビングに戻って来た燕がその様子を発見し、手に持っていたトレーを素早くテーブルに置いて横から柊の顔を覗き込む。
柊がちらりと燕を見てから甘えるように杏路の首筋に顔を埋めると、燕が柊の上から体重をかけないように覆いかぶさって来た。そのまま頬ずりして来る燕に柊が小さく笑い声を上げると、杏路は燕の腰に手を回して支えつつソファーの上へ起き上がる。
「うわっ、杏路さん、相変わらず力持ちっすねー」
「2人とも軽いですからね」
柊達がわちゃわちゃしている間に、奏は全員分の飲み物の用意を済ませた後にシフォンケーキを綺麗に切り分けてテーブルに並べ、おやつの準備を整えていた。
奏は起き上がった杏路と燕の間から柊の体をさっと抱き上げて向いのテーブルの前に移動し、自分の膝の上に座らせるて流れるようにスムーズに柊の体調を確認して行く。
「問題なさそうだな」
ソファーから下りて杏路と一緒に向かい側に座った燕が奏の言葉に安心したようにフォークを手に取った。その様子を見て柊と奏もホイップクリームのたっぷり乗った紅茶味のシフォンケーキを堪能する事にする。ちなみに杏路のシフォンケーキはホイップ無しだ。
「メープル掛けると、また違った味わいが楽しめるっすねー」
「一人で全部使うなよ?」
「大丈夫っすよー、ちゃんとひぃ様の分は考えて使ってるんで」
「アホか」
奏は燕の額に軽くでこぴんをお見舞いしてからメープルシロップの入ったピッチャーを取り上げて、自分と柊のシフォンケーキにちょうど良い味になるよう計算して掛ける。
「美味いか?」
「ん、ちょうど良い」
「そうか」
柊が小さめに切られたシフォンケーキをじっくりと味わっている間に、既に奏と燕は3切れ目に突入している。柊は一切れで満足したので、まだ食べている二人をテーブルに残して、先に食べ終わって読書を再開した杏路の膝の上に潜り込んだ。
「何か、ひぃ様が自分からくっついてるのって珍しいっすよね」
「体調は問題無さそうなんだがな」
不思議そうに首を捻った奏と燕にも反応せずに杏路に引っ付いている柊の様子を見て、この家で多分一番柊について詳しいであろう灯に、奏は手早くメッセージを入れる。
食べ終わった食器を片付けた後も思い思いの行動をしながら何となくソファースペースに留まって過ごしていると、メッセージを見た灯が京と一緒にリビングへ顔を出す。
「すみません、中断させてしまったみたいで」
「ちょうど休憩を入れようと話していた所だったので、構わない」
奏が京に謝ってる横で灯は杏路の隣に座って柊を自分の膝に移す。
抵抗もせずにすんなり膝の上に移動した柊は、灯の首元にそのままぎゅっと抱きついた。
柊の胸の奥に燻っていた漠然とした不安のようなものが徐々にクリアになって行く。
「大丈夫なんすか?」
「おう、心配いらねぇぞ」
灯はそう言いながら徐にポケットからスマホを取り出し、何処かに連絡を入れる。
「双神の方の能力が発現しただけだからな」
一瞬納得しかけてから、奏と燕は灯を二度見した。京と杏路も驚いて目を開いている。
灯は気にせず柊を抱き締めながらスマホを操作している。
「え?驚くって言うよりも混乱してるんすけど?」
「何でまた双神なんだ?」
「才様のお母様からの隔世遺伝、と言う事ですかね?」
「その前に、2種類の能力が発現している事には驚かないのか?」
「数は少ないですけど、一応同じような例は確認されているんで」
「犬飼の人間が禄宮の危機察知も発現させた話なら、私も聞いた事がありますね」
「それ聞くと、別にそんな驚くような事でもない気がして来るから不思議っすよね……」
驚きと混乱を通り越して、話している内に全員が冷静になって来た。
「何かもう、ひぃ様なら何でもありな気がして来たっすね」
「それで良いのか……?」
「こういうのは考えたら負けなんすよ……ほら、有名などっかの誰かも『考えるな、感じろ』って言ってたじゃないっすか!」
「いや、その使い方だと普通に間違ってるからな?」
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