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05


祈を見ながら溜め息を吐いた雨水からそっと目を逸らしながら燕は言葉を濁す。


「あー、お疲れ様です」


雨水は燕の様子に苦笑しながらパングラタンを器に盛りつけて、祈の前に置く。


「多めに作ってあるが、食べるか?」

「え?良いんすか!実は早めに昼食とったからか、お腹空いて来た所だったんすよねー」

「柊の守役には飛沫よりも食べる人間がごろごろしてると聞いていたからな、念の為に色々と作っておいたんだ。沢山あるから遠慮せずに食べると良い」


そう言って雨水は燕の前にも同じようにグラタンを置くと、キッチンの奥へ入って行く。


グラタンを受け取ってさっさとカウンター部分へ移動した祈の後を追って、柊達もそちらへ移動する。祈の隣に座って一緒にパングラタンを食べ始めた燕の隣に、飛沫は柊を抱えたまま座った。杏路は奥へ入って行って雨水の手伝いをしているようだ。


少しして雨水と杏路は料理の皿と柊達が来た時に取り出していたシュークリームとエクレアの乗った皿を手にして戻って来た。燕は立ち上がって全員分の希望を聞くと、カウンター脇のドリンクサーバーから飲み物を用意して順番に手渡して行く。


「4人は何してたんだ?」

「家の中探検してったんすよ」

「この後は何処に行くんだ?」

「次は別館を上から順に回るつもりっすよー」

「ふーん、俺も食べたらアトリエ戻ろ〜っと」

「お前はその前にドクターストップだ」


燕の分のパングラタンにスプーンを突っ込みながら口を尖らせる。


「お前、昨日は何時間寝たのか言ってみろ」

「まだ2徹だから大丈夫だよ〜」

「残念ながら、俺は綾瀬程、お前を甘やかす気は無いからな」


雨水はそう言いながらも、祈のお皿に残ったパングラタンを取って来て追加する。


「そう言いつつ、普通に甘やかしてるっすよね……?」

「これは祈がパングラタン以外は絶対に食べないと駄々を捏ねたから、仕方なくだ」

「そこで作ってあげるのが雨水さんと綾瀬さんっすよねー」

「奏は作らないのか?」

「奏さんの場合は、自分が食いたいもん作ってテーブルに並べたら黙って横で食べ始めるっすね」

「つられて食べたら普通に美味しいから、いつも結局そのまま食べるよね〜?」

「そうか、では今度から俺もそうしよう」

「別に良いよ?綾ちゃんに作ってもらうから〜」


イラッと来た雨水が祈の頭を叩くのを見ながら、燕が不思議そうに尋ねる。


「ずっと思ってたっすけど、祈さんと綾瀬さんって付き合ってるんすか?」


燕の言葉に一瞬きょとんとした表情を浮かべてから、祈は質問に答える。


「ないない、だって綾ちゃん、普通に結婚相手溺愛してるし」

「えー、そうなんすか?」

「俺も普通にノーマルだし?」

「その割には仲良すぎじゃないっすか?」

「綾ちゃんの奥さんが俺の元教え子だからね〜」

「元教え子っすか?」

「そう。昔ちょっと頼まれて、大学の特別講師やってた時にね〜」


その後は祈の講師時代の思いで話や綾瀬の恋人の話をたっぷり聞き、柊達は食べ終わった祈を引きずって階段を上がって行く雨水を見送ってから、別館へ向かった。


引き続き飛沫に抱き上げられながら柊が本館の2階から続く渡り廊下を進んで行くと、別館の2階に繋がる扉の前に着いた。柊達は杏路が開いた扉をくぐって中に入る。


ちなみに、別館から本館へ渡る場合は専用の端末と認証キーを入力する必要がある。


別館の2階はワンフロア全てがゲスト用の空間になっていた。

残念ながら柊達にはあまり関係ないので、軽く流してさっさと1階へ下りて行く。


別館の1階部分には、アトリエや創作ルーム、現像室や音楽ルームなどが揃っている。


アトリエは共有スペースと小さめの個室に別れている。創作ルームは個人仕様になっていて、各部屋の扉に使用者の名前の入った金のプレートが埋め込まれている。


「祈さんが籠ってたって言うの、ここの事っすかね?」

「多分、個室の方だと思いますよ」

「個室って鍵掛からないんすか?」

「灯様と才様、後は各分家の筆頭にはマスターキーの使用が認められてますからね」


柊達が次に向かったのは現像室で、中は少し広めの暗室になっており、中から鍵を掛けるとドアの横のパネルに使用中のランプが点く仕組みになっている。


その先にある音楽ルームは全部屋防音室になっていて、個人練習用の個室が6つとセッションルームが2つ完備されている。個室の1つは夏目仕様で作られているようだ。


「夏目さんが習ってるのって、ピアノでしたっけ?」

「そうですよ」

「ふぅーん……ひぃ様は、何か楽器やったりしないんすか?」

「頼まれた時に、練習に付き合うくらい?」


杏路に付き合って少しその場で時間を潰した柊達は、最後となった地下へと向かう。


階段の下の扉から部屋の中へと入ると、フロア丸々全部、灯と才と柊の夢が詰まった個人図書館になっていて、木の温もりの溢れる落ち着いた空間が広がっていた。


扉の側には貸し出し用のカウンターや、その後ろのドアの先には修繕室もあるようだ。


「不思議な雰囲気のする空間っすね」

「そうですね、古い本と木の香りがして少し懐かしい感じがします」

「本邸の図書室を参考にされたらしいからな」

「あぁ、道理で落ち着くと思ったっすよ」


柊達が本棚の間を通って部屋の中へ進んで行くと、フロアの真ん中には全面ガラス張りの読書スペースが存在していて、大人数で並んで本が読めるように10人掛けの大きな机が一つだけ置かれている。部屋の中は会話しながら読書が出来るように防音になっているので、入り口の扉脇にはインターホンと内線が設置されている。


「面白い事考えるっすよねー」

「この場所は灯様が拘っていた部分だな」

「何でも、何処かの食堂にあったものを参考にしているらしいですよ」

「えー……食堂って言う事は、外に大勢の人間が居る空間って事っすよね?それ絶対、落ち着かなくないっすか?」

「残念ながら私も灯様からそう聞いただけで、詳しい事は知りませんので」

「飛沫さんは何か聞いてないっすか?」

「いや、俺もそれ以上の事は分からないな。一緒になって考えていた柊なら、何か知ってるんじゃないのか?」


飛沫の言葉につられるように、杏路と燕は柊に視線を移した。


「本の中に出て来るやつだよ?」

「あぁ、成る程。そっちっすかー」

「何か実在する施設とかでは無いんですね」

「あー、まぁ、普通に考えてそんなのある訳無いっすよね」

「……もし本当に存在しているなら、少し見てみたい気もしますが」

「自分が利用するんじゃなきゃ、俺も見てみたいっすけどねー」


そう言って出て行く燕に続いて飛沫と杏路もガラス室から出る。


扉の反対方向へと進んで行く途中に、本棚と本棚の間部分に所々ソファーが置かれている場所がある。気になる本をわざわざ持ち運ばずにその場で読む事が出来るように設置されているみたいだ。ソファーの種類は一人掛けから三人掛けまで色々とある。


「本当に隅から隅まで、本好きの為の空間って感じっすよね」

「実際、読書が好きな人間が拘って作られた場所だからな」


そうして辿り着いた奥の壁は一面本棚になっていた。

その中央部分に本棚1つ分空いた場所があり、そこから更に奥へ入って行けるようだ。


本棚の間を抜けて柊達が中へ入ると、その先には個室スペースに繋がる通路が広がっており、扉が等間隔に4つ並んでいるのが見えた。使用中の部屋は一目で分かるように、中から鍵をかけると扉ごとに鍵の上部分の色が変わる仕組みになっているらしい。


柊達が燕の開けた扉をくぐって一番手前の部屋に入ってみると、個室の中は思ったよりもシンプルな作りになっている。L字のカウンターテーブルは部屋の壁に一体化していて、その前にはキャスター付きの椅子が置かれている。テーブルの短い方にはパソコンが設置され、テーブルの下には家庭用のプリンターも用意されている。


「自習室って言うより、書斎って感じっすかね?」

「そうですね」

「これで館内は、全て回り終わったな」

「いやー、思ったより楽しかったっすねー」


部屋から出た柊達はそのまま本館に戻る事にして、柊達の新居の探検が終わった。


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