05
「まぁ良いけど。それより後ろのちびっ子紹介してくれ」
「柊に会わせるのは初めてだよね?」
「ああ、俺が会った事あんのは夏目と茜だな……末っ子については学校帰りに良く立ち寄るあいつ等から話だけは聞いてる」
「そうなの?まあ良いや、僕の後ろに隠れてるのが我が家の末っ子の柊だよ。春から桜ノ宮の初等部に通う予定だからよろしくね」
「おう」
「で、ひーちゃん。このおじさんは僕の腹違いの兄で、このカフェのオーナーをやってる茅原 命だよ。大丈夫、こんな顔だけど全然怖くないよ〜」
「顔は余計だろうが、ほっとけ」
柊は隠れていた才の後ろから、そっと半分だけ顔を出して命を見上げて挨拶する。
「……初めまして、柊です」
「おう、よろしくなー」
目が合った命からは特に悪い感情は伝わってこないので柊は安心して才の後ろからでた。
「ね?怖くないでしょう?」
「ん、雀と同じ」
「あ"?もしかして、能力持ちか」
「実はそうなんだよねー……だから避難所代わりにここの事も教えておこうと思って」
「おう、遠慮せず好きなだけ遊びに来て良いからな」
「……ありがと」
柊がそう言うと、命がおっきな手で頭をぐしゃぐしゃに撫でてきた。
「じゃあ、個室の方が良いな」
「そうしてくれる?」
「何時もの部屋で良いんだろ?」
「うん、よろしくね」
才の返事を聞いた命がカウンターの奥に引き返して行くので、柊達も後を付いて行った。
どうやら命が入って来た奥の扉が個室へ行く為の通路に繋がっているみたいだ。
「ひーちゃんはここを使うと良いよ」
そう言って才の手に引かれて通された個室には、店内と違ってアップルグリーンのソファーや飴色のアンティークの本棚などがシンプルにまとめられている。
「飯は?」
「ここで食べようと思って」
「そんなら、メニューは何時もん所な」
命はそれだけ言うと、さっさと個室を後にする。
柊は才と一緒にソファーに座って、雀が棚の上から取って来たメニューを覗き込む。
「んー、相変わらずここのメニューは色々あるなぁ」
才の言うと通り、始めの方はパスタやピザなどのカフェランチっぽいメニューが載っていたが、後半になるに連れて定食からお菓子まで、多種多様なメニューが載っていた。
一通り目を通した才は机の上にある端末で食べたいメニューの注文番号を入力して行く。
柊の分も打ち込んでから、才は向かいのソファーに座る雀と杏路を見た。
「二人はどうする?」
才の問いかけに一瞬杏路は雀の方を見たが、すぐに視線を才に合わせた。
「……では、私は和風ハンバーグ定食をお願いします」
「私はサーモンといくらのクリームパスタのサラダのセットでお願いします」
全員分の飲み物も入力して、才が確定ボタンを押して少し待つ。
画面に【注文を確定しました、出来上がり予定時刻は14:20です】と表示された。
「20分程で出来上がるみたいだから、ひーちゃんはそれまで本棚見て来たら?」
「ん」
実はさっきからずっと気になっていたので柊は才の膝から降り、杏路を背中に張り付けながら壁一面にガラス扉付きの本棚が並べられた一角へ歩いて行く。
気になって引っ張り出した本を杏路が運んでくれたのでお礼を言って柊がソファーで読んでいると、部屋のドアが開いて命がワゴンを押しながら入って来た。
「待たせたな」
「あれ、もう来たの?仕事してたから全然気付かなかった」
「だろうな」
そう言いながら命は、才と雀の片付けたテーブルの上に注文のあった料理を並べて行く。
才の頼んだオムライスには星の形のチーズが乗せられていてその上に日本国旗が立ててある。付け合わせのコーンスープにも生クリームでねこが描かれていたりサラダの野菜にハムで作ったバラが乗っていたりと芸が細かい。杏路の和風ハンバーグと雀のクリームパスタも出来る限りかわいく飾ってあってとてもファンシーな仕上がりになっている。
「熱いから気を付けて食えよ」
「ありがとう、頂きます」
「「「頂きます」」」
「お前達は暫くここにいんのか?」
「午後は休みだから、そのつもり。ひーちゃんもまだ読みたい本があるみたいだしね」
「そうか、じゃあ2時間ぐらいしたら菓子でも持ってくるわ」
「ありがとう」
「おう。食べ終わったらワゴンに乗せて廊下に出しといてくれ」
そう言って空のワゴンを部屋の隅に置いて立ち去る命の背中を見送り、才達は遅めの昼食を取り始める。柊は出掛ける前に千春と一緒に昼食を食べて来たので才に頼んでもらったデザートのチョコプリンを頂く。柊がプリンの蓋を開けると、中にはホワイトチョコとストロベリーチョコのソースで猫の足跡が描かれていた。
*
16:30頃に部屋のドアをノックする音が聞こえて、返事を待たずに部屋の扉が開いた。
「菓子持って来たぞー」
「ありがとう、ちょうど喉が渇いて来たところだったんだ」
「そりぁ良かった。紅茶にしたが良かったか?」
「いーよー」
「柊にはジュース持って来たぞ。どれが良い?」
柊は命が指し示した瓶の中から100%の葡萄ジュースを選ぶ。
飲み物と一緒に才と雀の目の前にはベイクドチーズケーキにバニラアイスと生クリームの添えられたものが置かれ、柊の目の前にはひよこの形のクッキーや肉球の形のフィナンシェと一口サイズのカップケーキなどが乗ったお皿が置かれた。
「!かわいい……」
全部かわいくて食べるのが勿体ないくらいのクオリティーなので、選ぶのが難しい。
「おいし」
「そうか、いっぱい食えよ」
「ご飯食べ終わってからあまり時間経ってないし、柊はそんなに食べないよ」
「あー、そうか。わりい、夏目と茜と同じ感覚でいたわ」
「ひーちゃんは家で一番小食だからね」
「まあ、そんな感じだろうな」
「体質的に受け付けないものも多いので、後程リストにしてお渡し致しますね」
「マジか、助かる」
「いえ」
美味しくてかわいいお菓子を堪能した後は、ソファーに杏路と並んで本を読む。
柊と杏路が本のページをめくる音と、ノートパソコンのキーボードの上をなめらかに滑る才と雀のタイピング音だけが響く室内には、静かで穏やかな時間が流れていた。
*
才と柊が夕方に帰宅すると、リビングでは夏目と茜が一緒にゲームをしていた。
「あれ、ひぃのランドセルは?」
「雀が持ってるよ」
「あっ、そうなの?てっきり背負って帰って来ると思ってたから気に入るのが無かったのかと思った」
「?」
「ふふ、なっちゃんもあーちゃんもお家帰っても手放さなかったからねぇ」
「いやー、あの頃は若かった」
「4年前の話でしょう?」
「そういう夏目も手放さなかっただろうが」
「まあ、幼稚園児にとってランドセルってそれだけで特別感あったからね」
「僕は別にそこまででもなかったなー」
「あー、わかる。何か才はそんな感じ」
そこへ車を置いてリビングに入って来た雀が話に加わった。
「でも本だけは寝る時も手放しませんでしたね」
「マジ?」
「ええ、マジです。身に着ける物なんかには然程拘らない代わりに知識欲だけは旺盛な子供でしたね」
「そうなんだ」
「今もそれ程変わりませんけどね」
「はい、いつも面倒おかけしてます」
「いえいえ、主の幸せが私の幸せですので」
「ごめんなさい」
「ふふふ」
才がやり込められている間に、茜と夏目は雀の持って来たランドセルの箱を開ける。
「おー、茶色かぁ」
「茶色じゃなくて、ショコラブラウンでしょう」
「まあ、ひぃには合ってんじゃねーの?ちょっと背負ってみ」
「ん」
「うん、良い感じだね」
「そうだね、よく似合ってるよ」
「あ、待って。せっかくだから写真撮ろうよ」
「そう言われると思って、先ほどカメラも持って参りました」
「流石」
「じゃあ、ひーちゃん単体と家族全員の2枚ね」
雀が柊単体を撮ってる時に夏目と才がスマホで一緒になって撮り始めた。
そこに部屋から急いで自分のスマホを取って来た茜が参戦したり、どさくさに紛れて雀がちゃっかり才の携帯から画像を転送していたりと大騒ぎしながら撮影会は終わった。
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