*大晦日
今日は大晦日だ。
特別変わった事も無くいつも通りの時間が流れる離れとは違い、明日の挨拶回りの準備や年越しの準備の為、本邸の方は少し慌ただしい雰囲気が流れている。
柊が朝食を終えリビングにあるこたつで本を読んでいると、灯が顔を出した。
「柊、ちょっと時間あるか?」
「うん」
「ここじゃ大晦日と正月は着物で過ごす事になってんだよ。本当は昨日言っとくべきだったんだがすっかり忘れててな……悪いな」
「着物、持って来てないよ?」
「そこは心配いらねぇよ、俺が腐る程持ってっからな」
そう言って灯は柊の体を抱き上げ、歩き出す。
「まぁ、見りゃわかんだろ」
柊の横で自分の作業をしていた杏路も机の上を片付けて灯と柊の後を追って来る。
廊下を進んでいる途中で、向かい側から手に荷物を持った葉が歩いて来た。
葉は普段から和服で過ごしているが、今日は何時もよりかっちりとした格好をしている。
「何処か出掛けるのか?」
「いや、着物部屋に行く所だ」
「私も一緒に行こう」
「別に構わねぇけど、その腕ん中の物はさっさと届けなくて良いのかよ?」
「あぁ、問題ない」
「よろしければ私が代わりに届けて参りますが」
「そうか?ではお願いしよう」
杏路は葉が抱えていた荷物を丁寧に引き取った。
「どちらにお届けしますか?」
「年越し用のそばの材料だからな、厨房に頼む」
「畏まりました」
杏路はその場で軽く頭を下げると、静かにUターンして来た道を戻って行く。
柊は灯の肩越しに杏路を見送ってから視線を前に戻した。
柊を抱いた灯は図書塔へと繋がる廊下を進み、図書塔の入り口の手前にある部屋に入る。
その部屋の中には、色とりどりの美しい和服が飾られた空間が広がっていた。
このまま呉服店としても問題ないくらいに沢山の着物達が綺麗に仕舞われている。
「この部屋は前の所有者がこだわって作ったもんみたいだったから、元々あった服も修繕してそのまま仕舞ってあんだよ」
そう言って灯は柊の体を畳の床に下ろして、部屋の奥のスペースまで手を引く。
「柊のはこっちな」
「灯が用意した物の他にも、夏に浴衣を頼んだ時に一緒に注文しておいた物も届いているから好きなのを選ぶと良い」
「ありがと」
灯が棚から取り出した着物の封を解き、中の柄がよく見える様に空いているスペースにどんどん広げ、葉が柊の体に当てたり柄の感想を聞きながら選別して行く。
途中で杏路も着付けに必要な道具を持って戻って来て、一緒に選んで行く。
最終的に柊の格好は、白地に紅白梅図屏風の柄があしらわれ背中に鷹のモチーフが加えられた羽織り、中は萌葱色の着物と黒地の袴を合わせた物になった。
柊が葉に着付けて貰っている横で、灯も杏路に手伝われながら寝間着代わりの着物からきちんとした装いに着替える。
「杏路は、着ないの?」
「着物はどうしても動きが制限されますからね、柊が公の場に出ない場合は通常通りの格好で過ごす事になってるんですよ」
「まぁ、お前さんなら着物着てようがあんま関係無さそうだけどな」
杏路は灯の言葉に何も言わずに薄く微笑んだ。
「あー、柊は初詣行った事あるか?」
「無いよ」
「制御の心配はもうねぇんだろ?一緒に行くか?」
「……うん」
着物に着替え終わった柊達は、そのまま図書塔のソファーでゆったりする。
「今日の守役は誰だ?」
「杏路と奏と珊瑚」
「奏と珊瑚は何処で何してんだ?」
「奏は本邸の医務室に行ってて、珊瑚は寝てる」
「珊瑚は朝食後に熱がある事が分かったのでそろそろ兄が回収に来ます、守役には燕が合流する予定です」
「こんな日に熱出してんのかよ」
「草薙で風邪が流行っているらしいから、大方誰かに移されでもしたんだろう」
「インフルじゃねぇんだよな?」
「その心配は無いそうですよ」
「なら良いけどよ」
灯はそう言って杏路の入れた紅茶に口をつける。
「そう言えば、緋野のトーナメント戦には出る事にしたのか?」
「大会当日は柊付きなので、今回は見送ろうかと……」
「柊は見に来んだろ?」
「ん、約束したから」
「当日は他に誰と回るんだ?」
「飛沫さんが案内して下さるそうなので、後は守役の兄と奏ですね」
「飛沫が居んなら出場しても問題ねぇだろ」
「どうせなら早めに4連覇してしまった方が楽だと思うが」
「そうですね……、柊は出た方が良いと思いますか?」
「勝つと、何かあるの?」
「1勝ごとに胸ん所のピンの色と意匠が変わるな」
「4勝して殿堂入りすっと道場の壁に名前が飾られる事になんぞ」
「主の格付けにも関係するので、本戦は毎年かなりの激戦区だな」
「主の格付け?」
「朽木の人間としての素質や守役の能力の高さなどを総合して決まるものだな」
「まぁ、能力者には関係ねぇけど」
「?」
「能力者以外の人間の中で次期当主候補を選出する為にあるものだからな」
「……杏路は、出たいの?」
「そうですね、序列が上がれば権限も増えますので」
「なら、出たら良いよ」
「ありがとうございます、後で他の守役とも話し合っておきますね」
「ん」
「他の奴はどうすんだ?」
「祈と燕は既にエントリーしています。綾瀬と柘榴と珊瑚は見学に来ると言ってましたね」
杏路がそう応えた所で、図書塔の扉開いて燕が中に入って来た。
「交代に来たっすよー」
「珊瑚はどうしました?」
「杏さんが背負って裏に帰りました」
「そうですか」
「奏さんも付き添ってるんで、後から合流するって言ってましたよー」
「わかりました」
「後、京様が新年の挨拶に離れに伺いたいって連絡入ってたっすけど、どうします?」
「1人で来る分には構わねぇって言っとけ。どうせリトの事だろ」
「了解しましたー」
「そろそろ昼食の時間だな」
「おー、移動すっか」
葉に続いて灯と柊も立ち上がる。
テーブルの上の物は杏路が綺麗にまとめてトレーの上に置き、燕が受け取った。
「私は洋服の方片付けて来ますので、代わりに返しておいて下さいますか?」
「お易い御用っすよー」
「では、お願いしますね」
途中の階段の所まで一緒に行き、杏路は2階へ、柊達はダイニングへ移動する。
ダイニングには飛沫と蒼士と弥生が既に集まっていた。
蒼士と飛沫の隣に灯と葉が座り、弥生の隣に1つ席を空けて柊が座る。
燕は柊を座らせてから、厨房に食器を返しに行く。
「着物、似合ってるな」
「ありがと」
「自分で選んだのか?」
「中は俺と葉で羽織りは杏路が柊と選んだもんだ」
「バラバラに選んだにしてはまとまってるな」
「まぁ、いくつか選んで1番しっくり来る組み合わせの奴にしたからな」
昼食の乗ったワゴンを手に、燕が戻って来る。
「お待ちかねの昼ご飯っすよー」
灯の言葉に葉が頷いたので、挨拶をして食事を始める。
今日の昼食のメニューは具沢山の豚汁とあじの塩焼き、ひじきの煮物に青菜のおひたし、きんぴらごぼうに胡瓜の浅漬けだ。
途中で奏と杏路も合流したので、仲良く昼食を堪能した。
*ブクマ&評価&感想、ありがとうございます。




