*祈のアトリエ
顔合わせの後、そのまま柊の家に居候し始めたリヒャルトは、馬の合った茜と稲穂を引きずりながら杏路を足代わりに仲良く色々な場所へ出掛けているみたいだ。
初めの方は文句を言っていた稲穂も、休みの度に出掛けるくせに成績だけは少しも落とさない2人の様子に止めるのは諦めて一緒に楽しむ事にした様だった。
リヒャルトは帰って来ると決まって熱烈なキスの雨を柊の顔に降らせてから、稲穂と茜と一緒に選んだ大量のお土産のお菓子をくれる。杏路はそれと別に、絵はがきや写真とその場所でしか手に入らない小物を1つくれる。定番のストラップや文房具だったり、根付やがま口などの和小物や香りと柄付きの石けん、スノードームなんかもあった。
リヒャルトの側には杏路の他に柊の守役から綾瀬と柘榴が付いている。他の守役の人間達は杏路が柊から離れる事に驚いていた。燕だけは柊に付く時間が増えると喜んでいたが。
肩に触れるくらいだった髪が肩甲骨の下辺りまで伸びた頃、柊は4年生に進級した。
夏目が中学を卒業してから本格的に次期社長として忙しくしていたり、頻繁に灯が遊びに来る様になったり、ヨナスが日本へ仕事で来る時にホテルじゃなくて家に泊まる様になったりした以外には概ね変わった事も無く、柊は何時も通り過ごしていた。
そうしている内に季節は冬になり、柊の学校は冬休みに入った。
クリスマスの後は本邸に向かい親戚と守役の全員で新年を迎えるのが朽木家流だ。
柊は親戚関係の集まりには顔を出した事が無いので、今回も離れに引き蘢る予定でいる。
才と夏目は仕事の後に向こうで合流する。
茜と稲穂は冬のカナダを見たいと言うリヒャルトに連れられて今朝飛行機に乗った。
柊は本邸に行く前に祈のアトリエに寄って欲しいと言われているので、そちらへ向かう。
今日の柊付きの守役は、杏路、綾瀬、祈だ。リヒャルトと稲穂には茜の守役が付く事になったので、茜の任命式が終わってからは杏路達は柊の守役に戻っている。
荷物をまとめて柊が1階へ降りると玄関には杏路が居て、柊からトランクを受け取る。
「2人は?」
「先に車に」
「そう」
玄関を出て門の前に横付けされた車に乗り込むと、中には綾瀬と祈が座っていた。
柊が綾瀬の向かいに座ると、杏路が車を発進させる。
「おはようございます、柊」
「おはよ〜」
「おはよ」
隣に座った祈に懐かれながら柊が綾瀬に挨拶を返すと、綾瀬は苦笑しつつバインダーを取り出して簡単な問診を始めた。とは言っても、特に問題は無いのですぐに終わる。
「柊は俺のアトリエ来るの初めてだよね〜」
「うん」
「覚悟した方が良いですよ、祈のアトリエは魔界ですから」
「?」
「行けば分かりますよ」
綾瀬がそう言って微笑むと、祈は不満げに柊の頬に自分の頬を押し当てて来る。
「魔界って、酷いな〜」
「本当の事でしょう?」
「だって気になったら作りたくなっちゃうんだも〜ん」
「柊の為になる物ですから作るのは構いませんが、そろそろ自分で片す事と食事と睡眠を忘れない様にする事も覚えて頂けると嬉しいんですがね……」
「え〜、それは綾瀬に任せるよ〜」
「はぁ」
到着した祈のアトリエは、2階建てのログハウスと円形の塔が合体した外観をしている。
車から降りた祈達は、ログハウスの入り口ではなく奥にある塔の方に向かう。
「不思議に思うでしょうが、そちらの扉は飾りなんです」
「飾り?」
「えぇ、元々アトリエは塔の部分だけでログハウスは後から増築されたものなんですよ。なので、祈の遊び心という名の罠が満載なんです」
「そうなの?」
「そうなんです。中と外では窓の位置が違ったり、扉が全部フェイクだったり、忍者屋敷を参考にして隠し階段やどんでんがえしが設置されていたり……色々あるんですよ」
「私は塔の部分しか入っていないので知りませんでしたが、中はそんな風になっているんですね」
「私も掃除の為に入って初めて知りました。まさか自分が建物内で迷子になる事があるなんて思ってもみませんでした」
「それで、どうしたの?」
「祈に電話して迎えに来てもらいましたよ」
3人が立ち止まって話し込んでいると、先にさっさか歩いていった祈が塔の扉から体を半分覗かせながら呼んでいる。
「何やってんの〜3人とも早く〜」
「分かりましたから、先に入っていてください」
だるそうに手を振りながら引っ込んだ祈に苦笑して、綾瀬が杏路と柊に声をかける。
「と煩いので、行きましょうか」
「そうですね」
辿り着いた扉の先には、色々な作品が溢れた空間が広がっていた。
祈の得意とする服飾系の作品や小物から、ガラスや彫刻だけでなく、家具なんかも置かれている。
「色々あって驚くでしょう?その時に興味のあるもの全てに手を出すので、ここはいつも混沌としているんですよ」
「凄いね」
「祈は作る事に興味はあっても出来上がった作品には全く執着が無いので、気に入ったものがあったらお2人なら勝手に持って帰っても大丈夫ですよ」
「黙って持って行くのは流石に……」
「いえ本当、逆に引き取り手を探すのが大変なくらいなので」
「売ったりはしないのですか?」
「本人が自分の納得出来る作品以外でお金貰うの、嫌がるんですよ……出来上がった作品がどうなろうと興味無いくせに、そこだけは決して譲らないんですよね……」
「あぁ、分かります。兄も似たようなタイプなので」
杏路と綾瀬が天才型の人間に対する話で分かり合っている間に、柊は塔の真ん中の円形の作業台の上でガラスと木製のルームランプを作っている祈の元に近付く。
「これ、灯様に頼まれたやつなんだよね〜」
そう言いながら手早く正確に組み上げて行く祈の手元を柊が隣の椅子に腰掛けて観察していたら、祈に手元から目を離さずに話しかけられた。
「柊も何か気になるやつあったら、勝手に遊んでいいよ〜?それとも向こう探検して来る??」
「ん〜」
「2階と3階は個別の作業室になってるから、入る前に扉の横のプレートで確認すると良いよ〜」
「わかった」
柊が椅子から降りると、杏路が側に近づいて来た。
「塔の中だけならご案内できますよ」
「ありがと」
「地下と一階には危険な設備が多いので、2階からにしましょう」
祈の散らかした材料や道具を片しながら綾瀬に見送られて、扉の横の階段から杏路と柊は2階に上がる。1階から3階までは吹き抜けになっているので、上っている階段の手摺や2階の廊下からも作業スペースにいる祈と綾瀬を見る事が出来る。
柊は内壁に沿う様に円形になっている廊下を杏路と歩きながらクラフトルーム、洋裁室、刺繍室、製図室、木工室などのプレートが掛かっている部屋の中を観察したり机の上に放り出されているデザイン画の載ったクロッキー帳を眺めたりしているだけで楽しい。
2階を探検し終わったら今度は3階へ向かう。
3階にはフォトスタジオや隅に3Dプリンターなんかも置いてあるコピー室、出来上がった作品を仕舞う為のウォークインクローゼットが置かれた試着室や展示室などがあった。
2人が展示室で刺繍のパターン集を眺めている所で、作業の終わった祈が入って来た。
「綾瀬がそろそろ本邸に向かおうだって〜」
杏路が腕の時計を確認すると、思ったよりも良い時間なので下に降りる事にする。
祈の荷物を車に詰め込んでいた綾瀬と車の前で合流して、そのまま4人で本邸へ向かう。
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