03
リヒャルトと稲穂の食事の邪魔をしない様に気を付けながら葉達は会話を続ける。
「才と夏目はもう着いたのか?」
「いえ、到着は柊が眠った後になりそうだと伺ってます」
「茜はどうした?」
「茜様は先ほどお着きになって、今は食事を終えて入浴されている頃かと」
「そうか、では茜と柊は今日は私の部屋で引き取ろう」
「お願いします」
「そう言えば稲穂、俺の荷物はどうした?」
「貴方が夕食に招かれたと連絡して来たすぐ後に杏路さんが手伝いに来て下さったので、既にお借りする事になった部屋に運んでありますよ」
「ん?俺が連絡入れたのはさっきだよな?」
「玄関でお会いした時点でお泊めする事になるだろうと思ったので、夕食の手配だけ済ませて本邸に向かったんですよ」
「なるほど」
「手伝って下さってありがとうございました」
「私が勝手に気を回しただけなので、お気になさらず」
「……なあ、いい加減その堅苦しいの止めないか?稲穂の敬語とか背中がむずむずするんだが」
「何て事言うんですか、リト!」
「まあ今は2人はお客様だからな、好きにしたら良いんじゃないか?」
「そんな!葉様や杏路さんにそんな事とてもじゃないけど出来ません」
「あれ、2人は初対面じゃないのか?」
「私の記憶違いでなければ、お会いするのは今日が初めてだと思いますが……」
「直接お会いするのは今日が初めてですが、父からは良く話を聞いていたので」
「失礼でなければ、どんな話かお伺いしても?」
「その、私と同じ年齢の頃には今の私よりも小柄な体で屈強な大人達を軽々となぎ倒していたと父からは良く話を聞かせてもらっていました!少し前に当時の映像を見せてもらいましたが、まさかあんな……」
興奮して杏路の発する冷気に気付かない稲穂の口をリヒャルトが咄嗟に塞いだ。
ようやく杏路の様子に気が付いた稲穂は冷や汗を流して固まっている。
稲穂から興奮して流れて来た映像を見た柊は、隣に座る杏路の腕を軽く叩いた。
「若気の至りです、どうか忘れて下さい」
柊が杏路の腕に顔を埋めてクスクス笑っていると、冷気を緩めた杏路が柊を膝の上に抱えた。その様子に稲穂はホッとした様に息を吐き、リヒャルトは面白そうに眺めている。
葉は思い当たる事があるのか苦笑しつつ日本酒の入ったグラスを傾け、奏が向かいのソファーからにやにやしながら柊に尋ねる。
「何が見えたんだ?柊」
柊が口を開こうとしたら杏路に後ろから口を塞がれたので杏路の顔を見上げる。
そのままの体制で見えた映像を杏路にだけ流してみると、口元から手を外してくれた。
「あぁ、そちらですか……」
「他にもヤバいのあんのかよ」
「そんなに気になるなら後で教えて差し上げますよ、実戦付きで」
「今確実に意味の違う方の言い方じゃなかったか?」
杏路は何も言わず静かに微笑んだのでそれ以上は奏も追求できなかった。
「……あー、明日の顔合わせはどうするんですか?」
「予定通り行うつもりだ。柊はまだヨナスに会ってないからな」
「明日の昼過ぎに来るんですっけ?」
「確か16時頃に着く予定だ」
「到着前には連絡入れますから、それまでは自由にしていて良いですよ」
「良いのか?実は明日は恩師の誕生日なんだよなー、2時間くらい抜けるかもしれん」
「他の守役の人達も顔合わせの為にこちらへ来る予定ですから構いませんよ」
「悪いな」
リヒャルトと稲穂の食事が終わったので、杏路はデザートのミルフィーユを並べる。
奏が2人分のコーヒーを用意すると、稲穂が恥ずかしそうに口を開いた。
「あん、すみません、出来たら砂糖かミルクを……」
「お、そうか。じゃあ甘めのカフェオレにしてやるよ」
「稲穂は案外子供舌だからな」
「ピーマン食べられない人に言われたくありません」
「あれは人間の食べ物では無い」
「食べ物ですよ」
「柊もそう思うだろ?」
「残念だが柊は好き嫌いが多いんじゃなくて、食べられない食材が多いだけだからな」
「なんだと……」
笑いながら奏がリビングのテレビを付けると、ちょうど映画が始まる所だった。
そこにちょうどお風呂から上がって来た茜も合流したので、一緒に映画を鑑賞する。
映画が終わったら、おやすみを言って茜と柊は葉の離れにある方の部屋に移動して眠る。
***
柊が起きた時はまだ葉も茜も眠っていたので、起こさない様にそっと部屋を出る。
柊がリビング扉をそっと開けて中を覗くと、窓ガラスの側に置いてあるカウチソファーにゆったりともたれかかって読書をしている杏路の姿を見つけた。
「おはようございます」
「おはよ」
杏路は柊に気が付いて挨拶をし、呼んでいた本に栞を挟んでテーブルの上にそっと置く。
柊は杏路がカウチソファーから起き上がる前に近づいて膝の上によじ上った。
杏路は楽な体制に調整して、背もたれに掛けられたブランケットを柊の体にかける。
「読書を続けても良いですか?」
「ん」
コーヒーメーカーの稼働音と杏路がページを捲る音しか存在しない部屋の中で杏路の胸に耳を寄せて鼓動を感じながら柊が暫くのんびり微睡んでいると、リビングの扉が開いた。
「おはよう」
「おはようございます、昨夜は良く眠れましたか?」
「あぁ、時差ぼけも特になくすっきり目が覚めた」
「それなら良かったです」
「……柊は、眠ってるのか?」
リヒャルトがそう言ってブランケットを握りしめながら杏路に引っ付いたままの柊の顔を覗くので、柊は手に持ったブランケットを引き上げて顔を半分程隠しながら返事をする。
「おきてる」
「おはよう」
「……おはよ」
リヒャルトはドイツ語で『かわいいな』と小さく呟いて、柊のおでこと杏路の頬に優しくキスをする。杏路にお返しを貰ったリヒャルトは柊の体の前に手を伸ばす。
「抱っこしても、良いか?」
杏路の読書の邪魔をし続けるのは本意ではないが何となく人にくっついていたい気分だった柊は、ブランケットから手を離して黙ったままリヒャルトに手を伸ばす。
その後は、皆が起きて来るまでリヒャルトの腕の中で優しく揺らされながら、柊は安定感のある抱っこにうとうとしながら微睡んで過ごした。
最初に葉と夏目が、少しして才、その後に稲穂と茜が起きて来て、最後に珊瑚を引きずった奏が合流して、柊が来ると聞いて駆け付けてくれた香坂お手製の朝食を頂く。
朝食が終わると柊はリトと手を繋いで厨房に向かい、作業台で何か仕込んでる香坂に後ろから抱きつく。
「このちみっこさは柊だな」
「ふふ、正解」
「朝飯しっかり食ったか?」
「鮭の炊き込みご飯がおいしかった」
「そうか、野沢菜が良いアクセントになってたろ?」
「ん」
そこで作業台から顔を上げた香坂は自分の後ろに立つリヒャルトに気が付いた。
「何だ?ドイツっ子も引っ張って来たのか」
「リトだよ」
「お久しぶりです、今日の朝食も美味しいかったです」
「うげぇー、今更畏まった挨拶とか止めろよ……鳥肌たったじゃねぇか」
「その言い方は酷くないか?」
香坂は柊を抱き上げて台の上に置かれていたカステラをリヒャルトと柊の口に入れる。
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