02
柊は杏路の事情についてはほとんど何も知らないので、黙って奏と大和の話を聞く。
「犬飼とは縁切ってるだろうけど、父親同士は連絡取ってんだろ?」
「はい」
「父親には知られたくない話って事か?」
「できれば……」
「って事は能力関係か」
「それも、あります」
「ふーん……」
それ以上無理に聞き出す事はせず、奏は柊の方を見る。
「だってよ、柊」
「話をするかは、本人の判断だから」
「もちろんそれは分かっている。無理でも良いんだ、聞いてみてくれないか?」
「ん、分かった」
柊がスマホを取り出して杏路にメッセージを送ると、すぐに既読がついて返信が来た。
「話をするのは構わないって」
「話って急ぎか?」
「いえ、急がなくても大丈夫です」
「なら今週の柊の送迎は燕の担当だから、運動会当日に隣の個室貸してやるよ」
「ありがとうございます」
大和はほっとした様に小さく笑って、奏に渡された焼き菓子に手をつけた。
奏はさりげなく大和の様子を確認してから、モニターに視線を移す。
画面の中は4分割されており、各チームの話し合いの様子が映し出されている。
右下に映された白組では、応援団を選出し終わって出場競技の話し合いが始まった所だ。
「応援団長は誰がやるんですか?」
「基本的には6年のクラス代表が応援団長、副団長は5年と4年から1人ずつだ」
「スポーツテストの記録用紙が配られたのは競技決めの為ですか?」
「そうだ。まぁ、団長によって違うけどな……本気で優勝狙ってる組とかは、1人1競技は必ず出なきゃなんねえからそれ見て色々調整すんだよ」
「大変ですね」
「まぁ、白組の団長になってる八雲は、優勝狙いって言うよりも運動苦手な奴もなるべく楽しんで過ごせる様にってタイプだから、あんま心配いらないけどな」
そう言って奏は、柊のお代わりの紅茶を入れる為に席を立つ。
柊が籠から取り出したフィナンシェのパッケージに苦戦していると、大和が代わりに開けてくれる。柊がお礼を言って味わっていたら、大和に話しかけられた。
「柊は出てみたい競技とかあるのか?」
柊は首を傾げ、少し考える。
「……障害物競走?」
「理由を聞いても?」
「パン、取ってみたい」
「残念だが、桜ノ宮には流石にパン食いはねぇぞ」
「そうなんだ」
「大和は出たい競技は無いのか?」
「騎馬戦ですね」
「へぇ、個人競技より団体競技の方が良いのか」
「自分の力だけで勝てる物はあまり……」
音声も流れてはいるが流石に話し合いの内容までは聞こえないので、その後は集会が終わる時間まで奏が持って来たノートパソコンで過去の運動会の映像を見たりして過ごした。
モニターの映像が止まって暫くした頃に蘇芳が大和を迎えに個室に尋ねて来たので、柊と大和は部屋を出る前に連絡先を交換してから別れる。
全校集会の後はLHRで学校は終わりなので、下校のチャイムが鳴るまでに先ほど大和を迎えに来たついでに蘇芳から渡された今日の分の課題を終わらせる。
柊が課題を終わらせた所でタイミング良く燕から着いたと連絡が来た。柊はランドセルを背負って、戸締まりを済ませた奏と一緒に部屋を出ると、迎えに来た車に乗り込んだ。
*
学校からの帰宅した後に柊が部屋でゆったりと読書をしていると、杏路が尋ねて来た。
「今、良いですか?」
「良いよ」
部屋に入って来た杏路は2人分の飲み物とおやつの乗ったトレーを机に置いた。
「読書中にすみません」
「大丈夫」
「私の事情について話しておこうと思いまして」
「うん」
「昨日、ある程度は聞きましたか?」
「犬飼とは縁を切ってる、とだけ」
「そうですか……」
そう言って杏路はゆっくりと自分の事情を話し始めた。
犬飼家は冬道家に仕える分家で、"冬道の為に息をし、冬道の為に死ぬ"を地で行く家だ。
今いる緋野も主至上主義の所があるので、2つの家は似た性質を持った家だと言える。
ただ1つ違うのは、犬飼が冬道と言う血と家に仕える一族なのに対し、緋野は朽木の血を引く個人に仕える一族と言う事だろうか。
犬飼の家は父親の生家で、杏路の父親は犬飼に生まれながらも犬飼の性質を持たない異質な存在だったらしい。家に馴染めず苦しんでいた父親が誰よりも濃い緋野の性質を持ちながらも体が弱くて緋野として生きる事が出来ない母親と出会い、生まれたのが杏と杏路だ。
杏路が能力者である事が分かったのは、母親を亡くした7才の時。
緋野の家に婿入りする事で家を出た父親は、杏路の為に犬飼の家に戻る事にした。
犬飼由来の能力者への理解がある事と、能力への対処が1番確実な環境だったからだ。
そうして杏路は、7才~11才までの間を犬飼の家で暮らした。
能力者の中でも特出して能力値の高かった杏路はすぐに頭角を現し、次期当主候補の最有力候補としてかなり期待されていたらしい。
だが、どれだけ強い犬飼の能力を持っていても杏路は犬飼の性質には馴染めなかった。
違和感を感じながら力だけを付けて行く杏路の様子に不安を抱いた父親が、母親の生家である緋野家へ連れて行った所、杏路の性質は犬飼より緋野に近いものだと分かった。
それを知った父親が犬飼に緋野での教育を望んだが、優秀な能力者を流失させる事を嫌がった本家の人間によって杏路を取り上げられそうになった為父親が隙をついて杏と杏路を連れて逃げ出し、朽木家と緋野家の協力のもと犬飼の家と縁を切ったそうだ。
そこまで話すと杏路は持って来たコーヒーに口をつけて、ふっと一息ついた。
「私の能力の事で、父と兄には随分と迷惑をかけてしまいました」
カップを見つめながら杏路の唇から零れた声には、深い悲しみと後悔が含まれていた。
「……多分、迷惑だなんて思ってないよ」
杏路は顔を上げ、カップの上を彷徨っていた視線を柊と合わせると軽く微笑んだ。
「そうですね、あの2人はそう言う人達ですから……あの環境から連れ出して貰ったおかげで、自分の仕えるべき主に、柊に出会えた事に、とても感謝していますよ」
杏路はそう言うと、飲み終わったカップをトレーの上にまとめる。
「話を聞いてくださって、ありがとうございました」
「……もう良いの?」
「えぇ、柊に話したら何だかとてもすっきりしました」
「それなら、良い」
「夕飯の時間になったらお呼びしますね」
「ん、よろしく」
柊の分のカップと2人分のおやつの皿もトレーの上にまとめて、杏路は部屋を出て行く。
柊はベットの脇のソファーに置かれたテディベアにもたれかかって読みかけの本のページを開き続きを読もうとするが、あまり内容が頭に入ってこない。
柊は本を読むのを諦めて本の間にしおりを挟むと、部屋の隅に設置されたミニ冷蔵庫から紙パックのいちごミルクを取り出しベットに寝転ぶ。
杏路から聞いた話をゆっくりと咀嚼している内に、柊はそのまま眠ってしまった。
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