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杏が柊と遊戯室に向かっていると、裏口から入って来た飛沫に会った。
「おはよう、柊。杏は久しぶりだな」
「おはよ」
「おはよう。昨日も電話したばかりだから、あまり久しぶりと言う感じはしないが」
「まぁ、面と向かって話すのは2週間ぶりだからな」
どうやら飛沫と杏は個人的に連絡を取る程度には仲が良いらしい。
飛沫と杏は柊の自分達を不思議そうに見上げる視線に気付いて説明してくれる。
「実は、杏路は初め俺の家に入る予定だったんだ。直前で能力者だと分かった為に当主の所に入る事になって、心配した杏から色々様子を聞かれたり相談に乗ったりしている内に自然と良く話す様になってな」
「そうなんだ」
「あの頃はフランスに合同研究所が出来たばかりで仕事に追われていたから他に頼れる知り合いがいなかったから随分と助かった」
「それにしても、まさか2人して柊付きになるとは想像してなかったが」
「俺も杏路と同じ主に仕える事になるとは思わなかった」
「心配していた弟の側にいられて良かったな」
「あぁ、長年世話を掛けた」
「好きでやっていた事だ、気にしなくて良い。それより、本を返しに行く途中だったんじゃないのか?」
「それもあるが、灯様に親睦を深めてこいと追い出されてな」
「俺も灯様に初めて紹介された時、いきなり柊を渡されて放置されたからな……」
「どうやって仲良くなったんだ?」
「一緒に過ごしたり遊んでいる内に自然と打ち解けた感じだ。後は能力の制限をせずに話したのもあるかもしれない」
「普段は能力を制限してるのか?」
「うん。勝手に心の中を覗かれて喜ぶ人はいないから」
「そうか、俺の事は気にせず好きに見て構わない。別に隠す様な事も無いしな」
「わかった」
飛沫が側にある遊戯室の扉を開いて、杏と柊に呼び掛ける。
「とりあえず立ち話もなんだから、先にその本を片したらどうだ?」
「そうだな」
「朝食まで時間もあるし、ここでのんびり話でもしてると良い」
「燕にもそう言って追い出されたんだ」
「2人では不安なら戻って来るが……」
「助かる」
「悪いが朝の鍛錬で汗をかいているから、軽くシャワーだけ浴びて来る」
そう言って飛沫は遊戯室を立ち去る。
杏と柊はまずは読み終わった本を本棚に戻し、ついでに次に読みたい本を集める。
その間、ずっと無言だ。
集め終わった本をカウンターに置き席に着いた所で、ようやく杏が口を開く。
「主様は読書が好きなのか?」
「うん」
「そうか」
「あの、柊で良いよ?あと敬語もいらない」
「ではこれからは柊と呼ぶ事にする」
「うん」
杏は柊が集めた本のタイトルを眺める。
「この本は柊が読むのか?」
「うん」
「随分難しいものも含まれているが」
「灯ちゃんと一緒に読むから」
「……機械系の本で何か聞きたい事があったら俺に聞いてくれて良い」
「どんな機械?」
「電子機器の仕組みやプログラム関係なら大体の事には力になれると思う」
「ん、わかった」
会話が途切れたタイミングで、飛沫がシャワーから戻って来た。
「悪い、待たせたな」
「こちらこそ、わざわざ付き合わせて悪いな」
「鍛錬も終わって暇だったからな、気にしなくて良い。それより、2人は何の話してたんだ?」
「本の話?」
飛沫はカウンターの下のミニ冷蔵庫から紙パックジュースを取り出す。
「柊、何にする?」
「りんご」
「杏は?」
「では、白葡萄を」
飛沫はジュースをカウンターに置くと柊を膝に抱き上げ杏の隣に座り、柊に紙パックのストローを刺してから持たせる。
「柊は夏休みの宿題は進めてるか?」
「ほとんど終わった」
「それは凄いな」
「後は何が残ってるんだ?」
「絵日記」
「工作とか自由研究とかは終わってるのか?」
「工作は灯ちゃんと貝殻アートして、自由研究は茜ちゃんと一緒にペットボトル浄水器作った」
「じゃあ気にせず遊べるな、何かやりたい事とか無いのか?」
「んー、特には?」
そう言うと柊は紙パックを置いて飛沫の首に掛けられたタオルを取る。膝立ちになって飛沫の濡れた頭を拭こうとするが上手く行かず、見かねた杏が代わりに拭いてくれた。
杏が暮らしていたフランスの事を聞いたり、飛沫から杏と杏路の昔話を聞いたりしている内に徐々にぎこちなさも消え、最後の方はかなり打ち解けた雰囲気になっていた。
燕が朝食だと声を掛ける為に遊戯室の扉をノックもせずに開ける。
「ひぃ様〜、杏さ〜ん、朝ご飯っすよ〜」
「もうそんな時間か」
「あれ、飛沫さんも一緒だったんっすね」
「朝の鍛錬が終わって中に入った所でばったりな」
飲み終わった紙パックを畳んで杏が席を立つと飛沫が柊を抱き上げる。
部屋を出るとちょうど奏と杏路も上から降りて来て、全員でダイニングの扉をくぐる。
部屋の中には既に灯と睦月が席に着いていたので、柊は灯の隣に座る。
他の人間も空いてる席に座り、柊の隣には杏が座らされた。
テーブルの真ん中にはクロワッサンやバッケット、バタールの盛られた籠が置かれ、その脇には苺、ブルーベリー、さくらんぼ、梅、パイン、日向夏のジャムとヌテラの瓶、練乳とバターの容器が並べられている。各自の席にはポテトサラダとコーンスープのカップ、スクランブルエッグとウインナーの載ったお皿、カットフルーツとヨーグルトの入ったガラスの器が置かれている。飲み物は灯と柊にはミルク、飛沫と杏と奏と燕には甘いカフェオレ、睦月と杏路にはブラックコーヒー、ルイスの前には紅茶が用意されている。
「今日の朝食は杏様から珍しいジャムを頂いたので洋食にしてみました」
「これ、果肉がゴロゴロ入ってるっすよ」
「さくらんぼとパインは初めて見るな」
「結構さっぱりしていて美味しいですよ」
「思ったよりくどくないですね」
「これ、何処のだ?」
「Le petit bonheur<ル・プティ・ボヌール>の季節ジャムだ。確か四季グループの百貨店にも入ってたと思うぞ」
「へぇー、杏さんの好きなブランドなんっすか?」
「いや、ここのジャムは杏路が好きなんだ」
「すっげーキラキラな笑顔っすね」
「……もしかして、杏ってかなりのブラコン?」
「普通だと思うが?」
「あ、これ無自覚なパターンっすよ睦月さん。飛沫が塗ってる奴はなんっすか?」
「これか?ヌテラだ」
「ヌテラ?」
「ヘーゼルナッツペーストをベースにしたチョコレート風味の甘いスプレッドの事ですよ」
「かなり甘いから燕は好きなんじゃないか?」
「マジっすか、俺にも回してくださいっす」
「柊、何か取るか?」
「練乳と日向夏」
灯が柊の皿に置かれたミニクロワッサンを半分に開いてから、杏が取ってくれた日向夏ジャムを挟んで、上から練乳をかけて渡してくれる。お礼を言って受け取ったミニクロワッサンを両手で持ってもきゅもきゅ食べている柊を皆が微笑ましげに眺める。
「?」
「いや、気にするな……そう言えば、ここは朝から結構ガッツリ食べるんだな」
「多かったか?頼めば少なめに用意してもらえるぞ」
「普段からこのくらいは食べてるから大丈夫だ」
「今いるメンバーだと小食なのはルイスさんと柊ぐらいっすねー」
「逆に大食いの人間の方が多いよな」
「灯様に睦月、燕、杏路だな」
「見た感じ杏さんもっすから、またエンゲル係数上がったっすねー」
「お前ぇ等細いのに何処にそんな入ってんだよ」
「灯様も人の事言えないと思うんっすけど」
柊と灯の食べ終わった食器を下げながら燕が口を尖らせる。
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