02
柊は自分の部屋に入って机の前に置かれたクッションに座って時計を見る。
約束の時間まではまだ4時間以上もあるので、柊はパソコンで時間を潰す事にする。
柊の部屋にあるパソコンは、本当なら去年のクリスマスプレゼントとして柊に用意されていたスマホの代わりに才からプレゼントとして貰った物だ。
最初にプレゼントになる予定だったスマホは、退院してすぐに才から渡された。
柊に何かあった時の為に持たせておいた方が良いという判断みたいだ。どのみち小学校に入ったら必要になるので今の内に慣れておいた方が良いと早めに渡す事にしたみたいだ。
その代わりに他に何か欲しいものはないかと聞かれた時に、柊がダメ元でパソコンが欲しいと言ってみたら、才が部屋に用意してくれた。特に閲覧制限なども掛けられていなので、色んな事を調べたり、ネット小説を読んだりと、とても活用している。
柊がパソコンを使って色々とこの世界の事を調べてみて分かったのは、本当にここが水鷹の生きていた世界では無いと言う事だ。
前の世界との違いを上げるとすれば、水鷹のいた現代日本をベースに、この世界独自の法則や存在を違和感なくとけ込ませていると思ってもらえば良いんじゃないかと思う。
柊の調べたこの世界の情報には、ゲームに出て来た設定が存在していたりもする。
もちろん、色々と辻褄が合う様に何かしら歴史が修正されていたりはするが。
例えば、公式の設定では由緒ある血筋だとか名のある家以上の説明の無かった家柄なんかは、この世界では数字付きと呼ばれていて、特権階級並みに優遇されたりする。
ゲームで攻略対象者とされていた人間を何人か確認出来て調べてみた所によると、みんなこの十家か名のある分家の人間だと言う事が分かっている。確認出来ていない人間も覚えている名字から言って、ほぼ間違いないだろう。
数字付きは表向きは九家とされていて、一宮、二階堂、桜ノ宮、東雲、五ヶ瀬、禄宮、七海、八雲、久遠とされているが、表に出ていないが実はもう一つ冬道家と言う家が存在しているので実際は十家の家柄で構成されている。なので、九家の人間の中でその事を知っている人間は数字付きの事を十家と呼んでいる。
現在十家と認識されている久遠家が朽木家の分家だと知っている人間がほとんど存在していない為、冬道とは逆に九家の中でもあまり知られていないのが朽木家だ。
実はこの世界の十家の人間や分家の中には時々、前世で言う能力者的な存在が生まれる事がある。その中に朽木家も含まれており、主に精神感応系の能力者が生まれる家系だ。
だが朽木家に生まれる能力者の多くが当主だった為、問題が浮上して来た。
代を重ねるに連れ、徐々に力の強い人間が生まれるようになってしまった事により、色々な付き合いの中で人間の汚い部分を知りすぎてしまうようになってしまったのだ。
暫くは家格を維持する為に無理して人付き合いを続けていたが、段々と日常生活にまで支障を来すようになった朽木家の人間を案じた分家の人間達と話し合った結果、朽木家の当主に代わって久遠家の当主がその役目を引き継ぐ事にしたのだ。
朽木家を主家と仰ぐ分家の人間達は主至上主義だった為、卓越して優秀な人間を久遠家にまとめ、いろんな分野で名前を挙げたりして徐々に朽木家の印象を薄めて行った。
そして久遠家を主家だと勘違いしている人間が多くなったタイミングで表向きの十家を名乗り始めた。他の十家の人達と違って能力的に目立たないように装っていたのもあって、朽木家と久遠家の入れ替わりは想定していたよりも簡単にいった。
なので、実は正式な十家が朽木家のままだと言う事はほとんど知られていない。
朽木家を主家と仰ぐ分家の者達の多くは、まだ朽木家が出来たばかりの頃に、その当時朽木家の血筋だった人間達が何処からか拾って来た人達がほとんどだったりする。その当時の返しきれない恩を返す為だけにありとあらゆる分野を徹底的に極めた分家の人間達は、いつの間にか主家を名乗っても他の九家と遜色無いレベルの完璧超人の集まるハイスペックな天才集団になっていた。久遠家と入れ替わって少しした頃に朽木家の人間は自分達はいっそこのまま一分家として存在するのでも全然構わないと言ったのだが、久遠家の当主を筆頭に分家の者達は息をするより当たり前に朽木家の人間に献身的な忠誠を誓う性質を持っているので、今の形に落ち着いた。
そんな感じなので、不思議なくらい争いなどとは無縁な結束力の固い一族なのである。
入れ替わった後の朽木家は、久遠の分家としても全く名前が上がらないよう情報操作したので、今では朽木家は十家やそれに連なる家柄としてはほとんど認識されていない。
表舞台からフェードアウトしている冬道家よりも余程影の薄い家柄なのだ。
現在の朽木家は十家の関係者と言うよりも、「四季グループ」の印象の方が強いくらいで、数字付きには及ばないまでも力ある家というのが世間一般の認識だったりする。
「四季グループ」とは、日本だけでなく世界でも活躍する一大グループの総称だ。
才の父親である灯は朽木家の能力者では珍しく表に立つ事を厭わないタイプの人間で、十代で興した会社を一代で大グループに育て上げた傑物らしい。
ただ一つ欠点を上げるとすると、朽木家の能力者的に完全にアウトな人間ばかりを妻にするところだそうだ。しかもバツ4で、7人いる子供うち自分の血を分けた子供は才と一つ上の兄しかいない上、そのせいで自然と親戚関係とは距離を置いていた。
才が30歳になったと同時に引退して、今は悠々自適な余生(?)を堪能しているそうだ。
前振りも無くいきなり社長を押し付けられた才は、会社の人間のほとんどが灯に心酔して付いて行くと決めた人達だったので灯の抜けた穴を埋めるのにかなり苦労したらしい。
灯の残した仕事を根気強く丁寧に確実にこなして行く姿に、最初は反対したり反発したりしていた人間達も徐々に才の事を認め、今はしっかりとした信頼関係を築いている。
会社の方は、今の段階で既に夏目が継ぎたいと名乗りを上げている。
茜は自分に跡継ぎは全く向いてないと早々に判断して、特に蟠りもなく賛成している。
柊も茜と相談した結果、俺達はやりたい事やって好きに生きて、夏目が困ったときだけ可能な限り手を貸すって事で。と、兄弟そろって夏目の応援をする事で話がついている。
才からは、もし夏目が跡を継がない場合でも、茜と柊が自主的に継ぎたいと思わないなら継ぐ必要は無いと断言されている。祖父も別に一族経営にはこだわっていないようなので、誰もいなけりゃ分家の会社にでも統合しとけと言っているらしい。
実は才もバツ1で、夏目と茜の母親と柊の母親は違う。
最初の結婚は恋愛結婚だったが、一緒に暮らして行く内に価値観や子供に対する教育や接し方の違いなどから徐々に関係が冷めて行き、茜が生まれてすぐに離婚したらしい。
その2年後に榛奈と再婚したのだが、こちらは完全に会社の為の政略結婚みたいだ。
親戚一同の反対を押し切って結婚に踏み切った為、灯のいなくなった会社を立て直す為に忙しくしている間に自然と距離を取るようになり、今ではほとんど交流が無いようだ。
なので柊はまだ朽木家の人間にも分家の人間にも会った事は無いと思っていたが、実は隣の日下部は朽木家の分家だと聞かされて驚いた。柊が能力者である事が分かったので、才からは「これからは他の人達にも会う機会は沢山あると思うよ」と言われている。
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