07 *滞在3日目
目が覚めると、柊はベットの中にいた。
昨日はあのまま眠ってしまって、誰かが部屋まで運んで来てくれたのだろう。
何故か両脇に居る燕と祈の間から抜けだし、ベットサイドに置かれた時計を確認する。
4:30を少し過ぎた所なので、まだ眠っている人間の方が多そうだ。
体を起こして周囲を確認すると、柊が今居るのは守役の方の部屋みたいだ。
ベットの数が4台なのは、本当なら祈は来る予定では無かったからだろう。
柊が眠っていたのは4台のベットの真ん中で、向かって左隣に奏、右隣に杏路、その奥に綾瀬の順番で使用している。
柊は守役の皆を起こさない様に寝室奥の扉を開け、いったん自分の部屋に戻る。
部屋で着替えを済ませたら、そっと廊下へ出て2階の洗面所で身嗜みを整える。
他の人間が起きてくるまでは書庫で読書でもしようと思い、1階へ向かう。
広い廊下を進んで館の奥にある遊戯室へ向かっていると、ダイニングルームに人の気配がある事に気付いた。
ルイスが起きて仕事を始めているのだろうか?と思い、朝の挨拶をしようとダイニングルームの扉を開けると、中ではルイスと見覚えの無い人間が作業をしている。
静かに開かれた扉の気配に気付いたのか、2人が扉の影から顔を覗かせた柊に注目する。
人見知りを発動して一瞬ビクッとしてしまったが、何とか朝の挨拶をする。
「おはよう」
扉に半分隠れたまま挨拶をした柊の警戒を悟ったのか、ルイスが足早に近づいて来る。
「おはようございます。お早いお目覚めですね、昨夜は良く眠れましたか?」
「ん」
「それは良かった。目が冴えてしまってお暇の様でしたら、何か希望があればお伺い致しますよ」
「大丈夫、奥で本読もうと思っただけだから……」
「人の気配に気付いて、わざわざ挨拶にいらして下さったのですね」
「うん、邪魔してごめんね」
「邪魔などではございませんよ。何か飲み物を用意しますので、中へどうぞ」
「ありがと」
ルイスに促され、厨房のカウンターにある椅子に座る。
「到着したのは柊様が眠ってしまわれた後でしたので、お会いするのは初めてだと思いますが、そこに居るのが昨日お話に出ていた蒼士さんですよ」
柊の前に果実水の入ったグラスを置きながら言ったルイスの視線を辿って、厨房で作業する蒼士を見る。蒼士はスラリとした長身で、黒髪にソーダライトの瞳を持った男性だ。
ルイスの言葉と柊の視線に反応して作業の手を止め、カウンターに近づいて来る。
「挨拶が遅くなって、悪い。草薙 蒼士だ」
細身の男性とは言っても、長身の人間に見下ろされるのは威圧感がある。蒼士は無表情なので、余計に怖く感じる。柊は軽く頷いてから、手の中のグラスに視線を戻し黙った。
その様子を見て、ルイスが蒼士に中国語で話しかけた。
『子供が苦手なのは分かりますが、もう少し愛想良く出来ないのですか?』
『苦手なのではない、嫌いなんだ』
『柊様は貴方の敬愛する灯様が溺愛している方ですよ』
『だから挨拶はしてやっただろう』
『何故そう上から目線なのですか?貴方は守役で、柊様は朽木家の能力者なのですよ』
『どうせ何を言った所で分からないだろう』
多分2人は柊に分からない様に言っているつもりなのだろう。だが残念ながら、一度見た物は忘れない記憶力と再現力の高い柊にとって、言語の習得は簡単だ。
灯や才に始まり守役などの優秀な教師役に事欠かない為、灯に付き合いがあると聞いた物の内4カ国語の読み書き会話はバッチリ習得済みだ。
何が言いたいのかと言うとつまり、
『内緒話は本人の居ない所でした方が良いよ?』
と言う事だ。
柊の口から零れた流暢な中国語に驚いて固まったルイスと蒼士をちらりと眺めてから、柊はグラスの中の果実水を静かに飲み干し、椅子から滑り降りる。
「ごちそうさま」
「っ、すみません、不快な思いをさせるつもりでは……」
「気にしなくて良いよ。朝食の時間になったら呼んでくれる?」
「ええ、かしこまりました」
面倒事はごめんなので振り返らずさっさとその場を後にすると、当初の目的通り、ダイニングルームを出てすぐの所にある遊戯室の扉をくぐる。
この館には遊戯室が2つある。地下室と1階だ。
今柊が居るのは1階の方で、こちらはプライベート用だ。
中は手前にダーツやビリヤードとバーカウンターがあり、奥の一角が書庫になっている。
地下室の方は来客用だ。かなり広めの空間で、1階の遊戯室にある遊び道具の他にバーカウンターやシアタースペース、カラオケスペースなど色々なものがある。
柊は気になる本や資料集を取り出し、バーカウンターの椅子に腰掛けて読み込む。
集中して読書を楽しんでいると、裏庭に面した窓のガラスがノックされた。
膝に抱えていたイタリア語の辞書から顔を上げて、音のした方に視線を移す。
窓の外には飛沫が立っていた。
柊は降りた椅子を窓の下まで引きずって、窓ガラスの鍵を開ける。
「おはよう、読書の邪魔して悪いな」
「ううん。おはよ」
「早起きだな」
そう言って飛沫は靴を脱いで窓から室内に入って来る。
「ルイスには内緒だ」
「ん」
飛沫は窓を閉め柊を抱え上げると、椅子をもとの場所に戻し柊を座らせる。
「イタリア語の辞書?」
「うん、新しいの覚えようと思って」
「新しいの、と言う事は既に覚えているものもあるのか」
「……母国語以外に英語とフランス語とドイツ語と中国語」
「凄いな」
流石に引かれるかと思ったが、飛沫は純粋に感心した様子で柊の頭を撫でた。
「イタリアには留学していた事があるからな、少しは力になれそうだ」
「良いの?」
「あぁ、構わない」
柊は隣の椅子に腰掛けた飛沫の膝上に潜り込んで、机の上の辞書を手繰り寄せる。
読み書き単語はもう覚えたので、飛沫に教わりながら発音の確認をする。
1時間もしない内に完璧に発音を覚えてしまった柊は、次は書庫の奥から引っ張り出して来た歴史書や観光ブックを広げて、現地でしか分からない習慣や豆知識などを飛沫から教えてもらいながら色々な知識を紐解いて行く。
柊独自の視点や大人顔負けの考察に引きずられたのか次第に教える飛沫の方にも熱が入り、朝食だと杏路が声を掛けに来るまで、ああでもないこうでも無いと議論を重ねた。
「失礼します、柊。朝食の準備が……」
「おはよ、杏路」
「おはよう」
「おはようございます。飛沫さんもいらしたのですね」
杏路は微笑みながら部屋の中に入って来る。
「日課の鍛錬をしてたら、部屋の中に柊を見かけてな……終わってから声を掛けたんだ」
「そうですか、また随分と色々広げましたね」
「話している内に夢中になっていた様だ」
「イタリアですか?」
「ああ、最初は発音を教えてたんだがすぐに覚えてしまってな」
「柊は記憶力も吸収力も高いですからね」
「朝食か?」
「えぇ、用意ができたので呼びに来ました」
飛沫は立ち上がって柊を床に降ろし、窓に近づく。
「飛沫さん?」
「俺が出たら鍵を掛けてもらえると助かる」
「まさか、窓から中に入ったのですか?」
「できればこの事は内密にしておいてくれ」
「了解しました」
飛沫が窓から出た後に杏路と柊は戸締まりの確認をして、遊戯室を出る。
実は部屋を出てすぐの所に裏口があるので、表玄関に靴を置いて扉の前で待っていた飛沫と合流して、3人でダイニングへ向かう。
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