02
夕食には灯の守役も加わって、賑やかに食事を楽しんだ。
夕食後はリビングのソファーで全員でアイスを食べながら、映画を鑑賞する。
映画が終わると、お風呂の時間だ。
柊は灯と奏と杏路と一緒に、大浴場へ向かい、4人で仲良く入った。
入浴を終え、扉の前で3人と別れて1人で部屋に戻ると、誰もいない筈の室内に知らない人の気配がする。新に出会った時の事を思い出し柊の体が強張った。
混乱し始めた心を抑え込んで、冷静に思考する為に深く深呼吸をする。
この場所は厳重なセキュリティーに守られているし、入って来れる人間は朽木家の人間か灯と柊の守役ぐらいだ。……だから、大丈夫。
自分に言い聞かせながらそっと気配の方へと歩き、ベットの側にある衝立ての裏を覗く。
ソファーの上に、貰ったテディベアに抱きつきながら眠る大柄な男性の姿が見えた。
起こさない様に慎重に顔を覗いてみたが、残念ながら柊には見覚えが無かった。
柊がどうすべきか迷っている間に、眠っていた人間の瞳がゆるりと開かれた。
ぼうっと周りを見渡した碧い瞳が、柊を視界に入れて瞬く。
「柊?」
柊が返事をする前に目の前の人間の手が伸びて来て、フラッシュバックの恐怖から柊の能力の制御が外れ、言葉にならない感情だけが周囲に解放される。
目の前の人間にも伝わったようで、眠たげだった目を完全に開いた。
凍り付いて立ち竦む柊を素早く膝上に抱き上げ、心配そうに顔を覗き込む。
「ごめんね、びっくりした?」
心の底から柊の身を案じている感情が伝わって来て、柊は強張っていた体から力を抜く。
柊の体から力が抜けたのが分かったのか目の前の人間がほっとした様に息を吐く。
柊を膝の上に乗せたままその人間がテディベアに背中から倒れ込んだ所で、続き部屋の扉と柊の部屋の扉が乱暴に開かれた。
「「「柊っ!!!」」」
続き部屋の扉からは奏と杏路が、部屋の扉からは灯が部屋の中に飛び込んで来た。
柊を抱き込んでテディベアに埋もれている人間を見て、全員が安心した様に息を吐いた。
「なんだよ、お前かよ」
「何故ここに居るんですか?祈さん」
杏路の言葉通りなら、どうやら柊を抱き込んでいるのは守役の日下部 祈の様だ。
杏路は柊を反対側のソファーに移動させ、奏と一緒に祈に何があったのか聞き出す。
「綾瀬がここに柊が来るって話してたの聞いて」
「聞いてって……」
「そもそも、どうやってこの部屋に入ったんですか?」
「ルイスに柊の守役だって言ったら普通にここに通されたけど」
「で、それが何でこんな事に?」
「起きたら目の前にいて、抱きしめようとしたから?」
その後、柊からも話を聞き、全部の話を聞き終えた奏と杏路が同時に頭を抱える。
すると、ずっと黙って成り行きを見守っていた灯の声が静かに響いた。
「柊、お前がした判断は間違いだ。この部屋に知らねぇ気配があった時点で、お前は守役でも俺でも、誰か人を呼ぶべきだった」
灯がソファーに座っている柊の前にかがみ込んだ。
灯の言葉に一瞬で能力を閉ざした柊の頬に手を当て、優しく上を向かせる。
「怒ってる訳じゃねぇ。ただ、お前が傷つけば同じだけ傷つく人間が居る事を覚えとけ」
灯は柊と自分の額をゆっくりと合わせて、優しく声をかける。
「大切な人間を傷つけたくねぇんだったら、柊はまず最初に、自分を大切にしてやる事を覚えねぇとな」
「……じぶんを、たいせつに」
「あぁ、そうだ。前がどうだったかは知らねぇが、今お前の周りに居る奴らは、柊が害されるのが一番こたえるからな」
分かっている筈の事なのに、何故だか上手く情報を飲み込めなかった。
灯はそう言って柊の額にそっとキスをして、小さな体を抱き上げる。
「どんな記憶があろうと、お前は柊だ。そんでまだ、6年しか生きてねぇ子供だ」
灯から伝わる感情を受け止めて初めて、6才の子供である事を、水鷹の記憶を持つ今の自分を、一番受け入れられていないのは柊だったのだと自覚した。
水鷹の記憶が戻る前の柊は、ただ息をするだけの人形だった。母親から存在を無視され、時々堰を切った様に零れる呪いの言葉を、ただじっと聞いているだけの人形。
家族は優しかったけど、誰も柊を暴走する母親からは助けてくれなかった。
何も感じないでいる事だけが自分を守る唯一の方法だと、柊は無意識に理解していた。
だから、どんなに自分に言い聞かせた所で、思い込もうとした所で、柊は心の奥底では周りの人間を完全に信じ切れていないのだ。
「言ったろ?起こった事は変わらねぇし、柊が我慢する事なんか1つもねぇんだ。俺等が大切に思ってんのは他の誰でもなく、今俺の目の前にいるお前だ。」
そうだ、杏路も言っていた。他の誰でもないあなたを守りたいと。
水鷹の記憶でも、柊の感情でもなく、今ここにいる自分を、受け入れてくれた。
あの時思った筈だ、この世界を、今の自分を、愛せる様になれる気がすると。
そう考えて、ようやく柊は思い至った。……あぁそうか、これが水鷹が家族に、柊が母親に、どんなに知りたいと望んでも、得られなかった愛なのか。
「もしもお前が物語の主人公なら、柊には愛される義務がある。大切にされる権利がある。我が儘を言う資格がある。だからもう、自分が苦しんでる事を認めて、許してやれ。」
そうして語りかける灯の方が、柊よりもよっぽど苦しんでるみたいだった。
柊を見つめる灯の瞳にはGWの夜と同じ感情が宿っていた。
悲しさと憤りと後悔と、水鷹も柊も知らなかった柔らかく温かな感情。
「とりあえず、遅いからもう寝ろ」
声も無く涙を零す柊を抱えたまま、灯はベットに潜り込む。
あやす様に柊の背中を撫でる灯の掌越しに、知らない体温が伝わった。
「って、なんでお前ぇもベットに入って来てんだよ、祈」
柊の頭上で灯が呆れた様に、柊の後ろに滑り込んだ祈の頭を軽くはたいた。
「3日くらい寝るの忘れてたから一緒に寝ようと思って……」
祈はそう言うと、柊の体に後ろから手を回して自分の腕の中に抱き込んだ。
「話、終わったんでしょ?」
灯は何か言おうとしたが、結局何も言わずに祈ごと柊を抱きしめた。
奏と杏路も諦めたのか、そのまま柊におやすみの挨拶をして、部屋を出て行った。
灯と祈の体温に包まれて微睡む体に、柊は自然と意識を手放していた。
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