*夏休み
夏休みが始まった。
才と夏目と茜を親戚一同の集まる朽木家本邸へと送り出し、柊は守役の皆と家で留守番していると、スマホに葉からメッセージが届いた。
【灯の所有する避暑地へ行く気は無いか?】
スマホの画面をじっと眺める柊に、横で読書をしていた奏が声をかける。
「どうした?」
「灯ちゃんの避暑地に行かないかって」
「行きたくないのか?」
「ううん。ただ、灯ちゃんも来るのかなって」
「まあ、持ち主だしな」
「せっかく皆で集まってるのに、良いのかな?」
「ああ、なるほど。元々灯様は気が向いた時しか集まりにはいらっしゃらないから心配いらないと思うぞ」
「そう」
柊は手の中のスマホに視線を落とし、了承の返事を返す。
柊の横では奏も自分のスマホを取り出し守役で情報を共有している様だ。
「何時から行けるって?」
「既に灯ちゃんは着いてるみたいだから、何時からでも大丈夫みたい」
「了解」
奏は柊の頭を軽く撫でて、机の上のノートパソコンで出掛ける為の手配を始めた。
*
柊は車の窓に頭を預け、流れる風景をぼんやりと眺める。
奏が手早く手配を済ませて、その日の午後には出掛ける準備が整った。
今は買い出しに出ていた杏路が戻って来たので、灯の別荘へ向かっている車の中だ。
普段とは違う道を走る車の窓ガラス越しに見える景色には、徐々にビルやショッピングモールなどの施設が見えなくなり、代わりに緑が多くなって行く。
山間を抜け、長いトンネルを抜けると、目の前にコバルトブルーの海が見える。
ちょうど雲が途切れ日差しの差し込んだ水面が、キラキラと反射した。
眩しくなった窓から離れて、横に居る奏の腕にもたれる。
「ん?あぁ、もう海が見えるな」
タブレットで送られて来た論文を読んでいた奏が、窓の外に目をやって呟く。
「ここまで来たら、あと10分くらいで着くぞ」
「来た事あるの?」
「あぁ、分家に正式に配属になってから仕える相手が決まるまでは色んな部署の補佐として回されるからな」
「そうなんだ」
「別荘のすぐ側にはプライベートビーチもあるし、中庭にはプールもあるから、好きなだけ遊べるぞ。柊は泳げるんだっけか?」
「前は普通に泳げたけど、今はどうだろう?」
「まぁ、泳げなくても他に出来ることは沢山あるから心配はいらないけどな」
別荘付近の様子を聞いている内に、高台にある別荘へ着いた。
杏路がインターホン脇で何やら操作すると、門が開いた。
車に乗ったまま中に入ると、前方に豊かな自然に囲まれた真っ白な洋館が見える。
ロータリーで車から降りると、中から執事服を着た40代ぐらいの白髪の男性が出て来た。
「当館へようこそお越し下さいました」
「お世話になります」
「柊様と守役の方達ですね、旦那様からお話は伺っております。柊様とは初めましてですね、私この館の管理人でルイスと申します」
「はじめまして、朽木 柊です。よろしく御願いします」
柊は先に降りた奏の横に立って挨拶をする。
柊と目が合うとルイスのオレンジ色の瞳が、優しく緩められた。
「長時間の移動でお疲れでしょう、先に部屋へ案内致しますね」
「ありがとうございます」
玄関を入ってすぐの階段をルイスに先導されて上がり、二階の角部屋へ案内される。
「こちらの部屋は右隣の部屋と二間続きになっておりますので、守役の皆様はそちらに。向かいが旦那様のお部屋となっております」
案内された部屋の中には、カントリー風の木の温もりがあふれる空間が広がっていた。
部屋の中を見渡していると、ベットの横の2人掛けのソファーに柊の身長と同じくらいのサイズのテディベアが座っていて、首に大きなリボンが結ばれていた。
「そちらはナターリエ様より送られて来たものですね」
ルイスの言葉に柊が首を傾げると、後ろから見守っていた奏が教えてくれる。
「灯様の3番目の奥様の名前だ」
「あの方はとても子供好きでいらっしゃるので、柊様がこの館にいらっしゃると聞いて、ドイツから送ってこられたんですよ」
「後でお礼用のメッセージカード用意してやる」
「ありがと」
部屋の点検の終わった杏路も合流して、1階へ降りる。
「実は、この館は旦那様がナターリエ様の為に建てられたものなのです。あの部屋も元はナターリエ様のお部屋だったんですよ」
「僕が使っても、良いの?」
「えぇ、ナターリエ様の方から是非あのお部屋にご案内するよう言われておりますので」
柊の不思議そうな表情に笑いかけて、ルイスが続ける。
「ナターリエ様は事故で灯様のお子様を産む事が出来なくなってしまった事を今でも思い詰めておいでで、直系のお子様方は特別大切に思ってらっしゃるのです」
そう言って、辿り着いたリビングの扉を開けて、3人を中へ促す。
リビングに入ると、中から声が掛かった。
「よう、来たか」
広いリビングのソファーセットから灯が起き上がり、顔を出す。
「うおっ!脅かさないで下さいよ、灯様」
「あぁ?知るか。早かったな柊、こっち来い」
柊が灯に呼ばれるままにソファーまで近づくと、立ち上がった灯に腕に抱き上げられた。
「まだ上しか見てないだろ?案内してやるよ」
そう言って柊を抱き上げたまま、柊は館の中を案内して貰う。
ダイニングや遊戯室に書庫やプールなど、奏と杏路も一緒に色々な場所を見て回る。
最後に案内された別荘の裏手には、ガーデンパーティー用の広い庭が広がっていた。
隅には下のプライベートビーチに続く階段が設置してある。
「別荘には俺等しかいねぇから、下のビーチも気にせず好きに遊んで良いぞ」
「わかった」
「柊のとこは、まだ誰か来んのか?」
「燕と綾瀬が来るって」
「そうか」
2人の様子を嬉しそうに眺めながら、ルイスは庭のテーブルにティーセットを用意する。
「守役の皆様は2日後にはいらっしゃると伺っていますので、明後日の夕食はこちらでBBQを予定しています」
「おぉ、それは良いな」
「とても良いお肉を葉様より頂きましたので、楽しみにしていて下さいね」
庭から海を眺めながら、そのまま全員でルイスの入れた美味しいミルクティーを飲む。
「命から預かったデザートがあるんで、取ってきます」
奏がさっきダイニングで冷蔵庫に入れさせて貰ったお土産を急いで取って来る。
ミニデザートに舌鼓を打ちながら、穏やかな時間が過ぎて行った。
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