*遠足
今日は初等部の1〜3年生が合同で、学園の所有するスポーツ施設へ遠足へ行く日だ。
早起きした柊は、杏路と一緒に必要な物の最終確認を手伝う。
6月なので雨が降った時用に、レインコートも忘れずに持って行く。
このレインコートは、柊の守役候補の日下部 祈の持つ洋服のブランドの物だ。
祈がデザイナーとして手掛ける「snow milk」は、四季グループの百貨店に入る事の出来る程のハイブランドだ。十家の子供や、桜ノ宮学園に通えるレベルの初等部生~大学部生の男女に非常に人気のブランドで、かなり熱狂的なファンも多い事で有名だ。
祈のデザインする服は全て、特別会員限定の販売だ。
設立時に招待した会員が本会員、その本会員から紹介されて初めて登録する事が出来る人間を準会員としていて、会員にならない限り購入する事が出来ない仕組みになっている。
ただ、朽木家の関係者以外の本会員は20人程しかおらず、本会員の紹介できる人数も1人に付き4人までなので、特別会員はかなり少ない。
紹介制度の事を知っていても探し出すのは難しく、見つけても身内で既に枠が埋まってる事の方が多いので、限定品の中には幻扱いされている物まである。
実は、面倒事が嫌いなので公表していないし、紹介された人間は皆黙っているのであまり知られてはいないが、朽木の人間なら主家も分家も関係なく全員が招待した人間を本会員として登録できる特別仕様の会員証を持っていたりするが。
なので、柊の服は下着から小物まで全て祈のデザインしたもので統一されている。
本人とはまだ直接話した事は無いが、任命式以来工房に引き蘢って柊の為の服や小物をガンガン送りつけてくるので、向こうの御眼鏡には適っているのだろう。
「確か、傘とブーツもセットで送られて来ていたと思いますよ」
「そっちは燕が車に積んでおくって持って行ったよ?」
「そうですか、では確認は以上ですね。お疲れ様でした」
「ん」
リビングで皆が起きてくるのを待ちながら、テレビを眺める。
全員が揃ったら、千春お手製のモーニングプレートに舌鼓を打ちながら、今日の予定や連絡事項を確認する。朝食の後は、仕事に行く才を3人で玄関で見送る。
その後は柊も夏目と茜に見送られ、家の前で待っていた秋羅と一緒に車に乗る。
学園へ到着して車から降りてからは、秋羅に手を繋がれながら昇降口まで送ってもらい、秋羅は通常口へ、柊は専用玄関へと別れる。
柊と杏路が鍵のまだ空いていない無人の保健室を横切りカウンセリングルームに入ると、中には机で作業する奏とブランケットを頭から被ってソファーで眠っている誰かのシルエットが目に入った。
「おはようさん」
「おはよ?」
奏は、ソファーが気になって疑問系で返した柊に笑って、寝ている人間から容赦なくブランケットをはぎ取る。
「あ"?……何だ、もう朝か」
「おう、残念ながらな」
低血圧なのかまだ眠たそうにゆっくりソファーから起き上がった所で、柊と目が合った。
起き上がった事ではっきりと見えた顔は、柊の担任の巫斯梛 蘇芳のものだった。
「はっ?」
蘇芳は柊と目が合った途端ピタリと硬直した体をぎこちなく動かし、室内を見回した後、時計を見上げる。一瞬目を見開いた後、立ち上がった筈のソファーに沈み込み、頭を抱えてしまった。
「マジか……」
「残念ながら、現実だ」
奏はそう言って、面白そうに入れたばかりのコーヒーを蘇芳の目の前に置いた。
後ろに立っていた杏路が、立ち尽くしていた柊を座らせて、奥の個室へ入って行く。
「何でもっと早く起こさないんだよ……!!!」
「アラームなら、自分で止めてたぞ」
テーブルの上に放り投げられたスマホを指差しながら、奏は反対側のソファーの前に柊の分の飲み物を置く。
「ホットミルクで良かったか?」
「ん、ありがと」
お礼を言って、白地に青で肉球の描かれたマグカップを両手で挟む様に持ち上げる。
その声にはっとした蘇芳が、柊の方を気まずそうに見つめる。
「あー、何だ……おはよう」
「おはようございます」
「朝からビックリさせたみたいで……その、騒がしくして悪かったな」
「大丈夫です」
目を彷徨わせながら言葉を探している蘇芳が口を開きかけたタイミングで、奥の部屋から杏路が戻って来て、蘇芳にそっと大きめの紙袋を手渡す。
「何だ?」
不思議そうに目を瞬いた蘇芳に一瞬首を傾げてから、杏路はそっと目線を下げる。
杏路の目線の先を追って自分の体を見下ろした蘇芳の視界に、上半身が裸で下着以外何も身に着けていない自分の姿が目に入って来て、再度硬直する。
「早く言えっ!!!!」
奏に向かって怒鳴りながら、慌てて杏路の差し出した洋服をひったくる様に受け取って個室に駆け込んだ蘇芳を見送った後の部屋には、奏の笑い声が響いた。
「貴方って人は……」
笑いの治まらない奏を呆れた様に見下ろしながら、杏路は溜め息をついた。そこに駐車場から戻って来た燕が入って来て、笑い転げている奏を不思議そうに見つめる。
呆れながら、杏路は燕に状況を説明する。
「いや~、パンイチで神妙な顔して柊に謝ってるもんだから、面白かったぞ。」
「ふはっ……、と。笑ったら失礼っすよね」
「もう少し早く来ればお前も見れたんだがな〜」
奏はにやにやしながら、ソファーに座る柊を自分の膝上に抱き込んだ。
「多分あいつ、今頃シャワー浴びながら頭抱えてんぞ」
「奏さん安定の鬼畜っすねー」
「そのうち愛想を尽かされますよ」
燕の分のコーヒーを机に置きながら杏路に忠告する。
奏は柊のお腹の前で組んだ腕を緩く引いて、後ろから柊の顔を覗き込んだ。
「『はぁ〜、全くあいつは……』って思ってるみたい」
「えっ!?別の場所に居んのに分かるんっすか?」
「家の中ぐらいの範囲なら、大体は?」
そう答えると、燕も杏路も驚いたようだった。
奏だけは診察の時に聞いて普通に知っていたので、驚いていなかったが。
「歴代でも特に 能力が強い方だとは聞いていましたが……」
「想像以上っすね」
そこに、シャワーを浴びて着替えをすませた蘇芳が戻って来た。
奏の頭を軽くはたいてから、扉の近くに控えていた杏路に軽く頭を下げる。
「すまん、助かった」
「いえ。それより、お時間の方は大丈夫ですか?」
「ありがとう。何とか間に合いそうだ」
蘇芳は時計を一瞥して、机の上に広げられた資料とノートパソコンを鞄に入れる。
「じゃあ悪いが、これから職員会議があるんでな」
「おう、いってら〜」
奏の緩い挨拶に送り出され、蘇芳は足早にカウンセリングルームから去って行った。
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