09 *〜最終日
柊の眠る寝室に仕事場から戻った才と夏目と道場から戻って来ていた茜が尋ねて来た。夏目と茜が柊に駆け寄り様子を確かめる。才も心配そうに眠っている柊の側に近づく。
「まだ熱はありますが、気分が悪いとか吐き気とかは落ち着いたみたいなんで、大丈夫ですよ」
「ひーくん…」
「さっき計ったら、熱も38.2℃まで下がってましたし」
奏の言葉を聞き、才はようやく安堵した様に息を吐いた。
側で話している声が聞こえたのか、眠っていた柊の瞳がゆっくりと開かれる。
「……ん?」
「騒がしかったか?悪かったな柊、まだ眠っててもいいぞ」
返事をしようと口を開いたが、咳き込んでしまった柊の背中を、灯が優しく撫でる。
咳が落ち着いた所で、まだ力の入りにくい体で起き上がろうとする柊を、才が支えてゆっくりと起こしてあげる。
暫く口を開いたり閉じたりして感覚を確かめていた柊は、指先で軽く喉を抑えながら、掠れた声を出した。
「……どうして、ここ、に?」
いつの間に寝室に運ばれたのかが思い出せずに、柊は不思議そうに目を瞬かせながら、首を捻った。
昼寝をしている間に段々と具合が悪くなり意識が朦朧としてきて、上手く起き上がる事が出来ずに灯に倒れ込んだところまでは覚えているが、その先はあまり覚えてない。
「覚えてないか?まぁ、39℃近く熱があったからな……灯様が柊の様子がおかしい事に気付いて、寝室まで運んでくれたんだよ」
上手く声が出せないので、ベットの横に腰掛けた灯に、柊は返事の代わりに小さく頭を下げた。
「気にしなくて良い」
「そうそう、ひーちゃんは元気になることだけ考えてね」
そう言って才が優しく柊の額に唇を落とした。
柊は一瞬キョトンとしたかと思うと、嬉しそうにはにかんで頬笑みを浮かべる。
柊の柔らかく無防備な笑顔を見て、その場に居た全員の動きが一瞬止まった。
「?」
その様子に不思議そうに目を瞬かせた柊は、少しだけ首を傾げてから、部屋の時計を見上げる。時計の針は夜を示しており、随分長く眠っていた事が分かる。
「何か欲しい物はある?」
ぼうっと時計を眺める柊に、才が優しく尋ねる。
「ん、お水、欲しい」
用意しようと立ち上がった才の目の前に、水の入ったグラスがそっと差し出される。
グラスを差し出した奏にお礼を言ってから、柊が飲みやすい様に手伝う。
「……、ありがと。もう大丈夫」
「夕飯は食べれそう?」
「少しなら」
「では俺は、香坂さんから夕飯受け取ってきますんで」
スマホで何処かにメッセージを送っていた奏が柊の返事を聞いて部屋を出て行く。
「体調はどうだ?」
「ん、ちょっと頭がぼうっとするけど、それ以外は、大丈夫」
奏が運んで来た香坂さん特製の鮭とたまごのおじやを頂く。
その後は皆を見送ってから、奏に手伝ってもらって着替える。汗を拭いてさっぱりしたら、新しいシーツの敷かれたベットへ寝転ぶ。奏は柊の肩までしっかり布団を掛けた。
「今夜は側にいるから、夜中でも何かあったら遠慮せず声掛けろよ」
ベット脇のパネルで部屋の照明を操作し、完全に真っ暗にはしないでおく。
暫くすると、仄かに明るいベットライトが照らす室内には、柊の穏やかな寝息と奏のPCから聞こえる静かなタイピング音だけが響いていた。
***
―― GW 5日目
連休最終日なのに前日に引き続きまだ熱があるので、今日は1日安静にする。
軽い朝食後の柊のベットの側には、椅子と机のセットが置かれ、奏が控えている。
「あんま眠く無さそうだな」
そう言いながら、柊の額に掛かる前髪を優しくどかして、布団の位置を整える。
「まぁ、精神的なものから来る発熱だろうから、無理して眠らなくても良いけどな」
そう言って笑って、柊のスマホとタブレットを手に取りやすい位置に置いてくれる。
ちょうど杏路が交代に来たので、簡単な引き継ぎをして、持ち出す物をまとめる。
最後に柊の頭をひと撫でしてから、部屋の扉へ向かう。
「じゃあ、俺は行くけど、何かあったらすぐに呼べよー」
「ん、ありがと」
背中越しに緩く手を振りながら、奏は部屋を出て行った。
「おはよう、今朝の体調はいかがですか?」
「おはよ。昨日よりは、すっきりしてる」
「それなら良かったです」
そう言うと杏路は部屋へ入る時に持って来たワゴンから荷物を片付け始める。
前日からたっぷり眠っていたので、ベットの上から部屋の中を整えている杏路を眺める。
「?どうかしましたか」
「ううん、何でも無いよ」
柊の返事に杏路は一瞬不思議そうな表情をしたが、そのまま片付けを続ける。
その後は、才と夏目が出掛ける前の挨拶に来たのを送り出したり、道場へ行く前に寄った茜からお見舞いのプリンを貰ったり、出勤前の葉と灯が顔を出してくれたりした。
*
午後には熱も下がったので、ベットの上に用意されたふかふかのクッションにもたれ掛かりながら、灯がずっと寝てるだけは退屈だろうと言って持って来てくれた本を読む。
夕方に差し掛かる頃に、ベットの横の机でPCで仕事をしている杏路と一緒に休憩をして茜のお見舞いのプリンを食べていると、部屋のドアがノックされた。
杏路が開けた扉の向こう側には、荷物を手にした京が立っていた。
「すまない、熱が下がったと聞いたので、お見舞いにゼリーを持って来たんだが……」
「そうですか、ありがとうございます。今お茶を入れますので、そちらのソファーにどうぞ」
「ああ、いや、見舞い品を渡しに来ただけだからな。気にしなくて良い」
「柊がずっと眠ってばかりで退屈の様なので、お時間があれば話し相手をして下さると大変ありがたいのですが」
「そうか……では少しだけ、お邪魔させてもらおう」
わざわざお見舞いの品まで持って来て貰って、熱が下がった状態でベットの上から挨拶するのは流石に失礼になるだろう、と柊が自力で立ち上がろうとしたら、思ったより体力を消耗していたのか歩くのは少しばかり困難な様なので、無理せず杏路の手を借りる。
そのまま杏路に体を支えてもらって、柊は京の対面にあるソファーに座る。
「ありがと」
「病み上がりなのに無理をさせたようですまないな」
「大丈夫です。熱はもう下がったので」
「それは良かった。出来れば私にも、砕けて話してくれて構わない」
「ん」
柊がそう返すと、あまり表情の変わらない京の目元がほんのり綻んだ。
家族の事だったり、環境の事だったり、能力についてなんかを話したりしながら、杏路が入れた紅茶とお見舞いの動物の形のゼリーを3人で頂く。
30分程で京は退席し、少ししたら夕食の時間になる。
柊と杏路が食堂に行くと休暇中の燕も戻って来ていて、才や灯の守役とも合わさって、かなりの大人数になっていたので、皆でわいわい言いながら楽しく食事をする。
連休は今日で終わりなので、明日からは学校だ。明日の朝、柊の体調を見て氷歌と奏の2人から許可がでれば、本邸から直接学校へ向かう。
こうして、柊の長かったGWは終わった。
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