03
ふと、意識が浮上した。
ぼやけた視界で周りを見渡すと、どうやらソファーに寝かせられていたみたいだ。
「おっ、起きたか?」
「おはよう?」
「本読んでる途中で、電池切れるみたいにパッタリ眠ったんだよ。もう起きるか?」
「うん」
そう返事をしたら、抱き上げられた。灯はそのまま立ち上がって歩き出す。
「もうすぐ才が来るぞ」
「今、何時?」
「夕方の6時過ぎた頃だな」
「杏路と燕は?」
「出迎えと夕飯の準備があるからな、先に上げた」
「そう」
まだ少し眠いので、首筋に甘える様にすり寄ると、灯が背中を優しく叩く。
そのまま二度寝しそうになった所で、廊下の向こう側から杏路が歩いてきた。
「まだ眠そうですね」
「夕飯までは時間があるからな、もう少し寝かせても良いんだが」
「才様、ご到着されましたからね」
「で、あいつは?」
「二階へ着替えに行ってます」
おねむの柊を抱えて、才の部屋の奥の寝室まで突撃する。
「おー、入んぞ」
「せめて返事を聞いて入ってよ。まぁ良いや、久しぶり。元気そうだね」
「お陰様でな」
才が近づいて来て、柊ごと灯をハグをする。そのまま、腕の中に柊を引き取る。
「ひーちゃん、おねむ?」
「読書に夢中で、お昼ねの時間がずれましたので」
「そっか、起こしてごめんね」
そっと額にキスをして、側にあったベットに寝かせる。
「夕飯になったら起こすから、もう少し眠っていて良いよ。」
*
香坂の作った夕飯を終えて、大人組は酒盛りを始めた。
柊達がおつまみを分けてもらったりしつつ皆でテレビを見ながらゆっくりしていると、明日の準備をしに席を外していた杏路が、柊の着替えを手に戻って来た。
「お風呂の準備をして来ました。灯様からどうぞ」
「お、もうそんな時間か」
「柊様はそろそろお休みの時間ですので、早めに上がって下さると助かります」
「どうせだし、俺と一緒に入るか?柊」
「ん」
何時も家族や守役と入ってるので、人と入るのは実はあまり抵抗が無い。
家族全員でもまとめて入れそうな大きな浴室に案内される。
灯に慣れた手つきで頭や体を洗ってもらったので、柊もお返しに背中を流した。
何故か用意されていたアヒルを浮かべたり、水鉄砲のやり方を教わったり、肩まで浸かって一緒に数を数えたりして、楽しいお風呂タイムになった。
お風呂から上がった後は、脱衣所で髪を乾かしてもらった。
そのまま灯の部屋で寝る事になったので先に部屋に行く。
*
柊が先にベットに入って目を瞑っていたら、灯が部屋に入って来た。
灯は柊が眠っていると思ったのか、音を立てずにベットにいる柊の顔を覗き込む。
柊が何となく目を開けられずにいると、灯は柊の体にそっと布団をかけて、髪を優しく整える。おでこにそっとキスをして、柊の事を見詰めながら囁く様にポツリと呟いた。
「ごめんな」
零れ落ちた言葉には、柊に対する深い後悔や悲しみ、罪悪感などの感情が含まれていた。
柊は閉ざしていた瞼を開けて、自分の頭を撫でる灯の手にそっと触れる。
「起きてたのか?」
「お昼寝したから、あまり眠くなくて……」
「そうか」
灯はそう言って布団を捲ると、柊の横に寝転ぶ。
柊は迷った様に何度か小さく口を開いたり閉じたりしながら灯の事をそっと見詰める。
灯は柊の方に体を向けると、そのまま柊の体を自分の胸元に抱き込んだ。
「ごめんな」
「……どうして、謝るの?」
「もっと早く出会えていれば、お前がそこまで苦しむ事も無かったのかと思うとな」
その言葉に柊が不思議そうに腕の中から灯を見上げると、灯は少し困ったように笑った。
「任命式の時、どんなに苦しくても回線を切らなかったろ?」
押し黙る柊の頭を優しく撫でながら灯は話を続ける。
「あの時の柊からは微かな感情しか見えて来ねぇもんだから、俺は吃驚したんだぜ?あの時点では朽木の能力が一番強いのも、それを使いこなしているのも俺だと思っていたから、まだ能力が芽生えたばかりの子供から感情の欠片しか読み取れねぇ何て思ってもみなかったんだよ。……そうして見えて来た感情を繋ぎ合わせて、お前が他人の感情に脅えながらも確認せずにはいられないんだと理解して……何で俺は、もっと早くお前に会いに来てやれなかったんだと、酷く後悔した」
「……どうして?」
柊には、灯が後悔する理由が思い当たらなくて、不思議に思えてならなかった。
灯は柊の不思議そうな表情に眉間に皺を寄せて痛みに耐えるように呟いた。
「だってそうだろ?こんな力を勝手に持たされて、6歳の子供が誰にも言えずに絶望してんだぜ?その上、柊の苦しみに気付けるのが自分しかいねぇんだぞ?何でなんだって、思わずにはいらんねぇだろうが」
そう言って灯は、柊の体を強く抱き締めた。
そこでようやく柊は気付いた、今こんなにも灯を苦しめているのは、柊が心を閉ざしていたせいだという事に。……そして自分は、灯の思う柊では無い事に。
「違うよ……灯ちゃんのせいじゃないよ……」
張り付いた喉から絞り出すように、柊は震える声で呟いた。
「だって、悪いのは全部、僕なんだから……」
「柊?」
腕の中の柊の様子がおかしい事に気が付いた灯は体を離して柊の顔を覗き込む。自分の胸元を指先が白くなる程強く握りしめた柊は灯を見上げ、酷く苦しそうな表情を浮かべた。
「僕は、灯ちゃんの思う柊じゃ無いから……だからそんな風に、心配してもらう資格なんてないんだよ」
「……それは、どういう意味だ?」
柊は灯を見上げていた視線を自分の胸元に移し、まるで懺悔をするかのように告げる。
「だって僕は、”転生者”だから」
「転生者だと?……じゃあお前が苦しんでたのも絶望してたのも、能力じゃ無くて前世の記憶のせいって事か?」
「……そうだよ、だから」
「だから何だ?」
遮るように被せられた灯の言葉に脅えたように震えた柊の体を、灯は優しく抱き締めた。
「そんなもん、お前を心配すんのに何の関係があんだ?」
灯の言葉に驚いたように顔を上げた柊のおでこに、自分のおでこを合わる。
優しい瞳で柊を見詰めてから、灯はまるで安心させるように柔らかく笑いかけた。
「馬鹿だなぁ、お前。記憶が戻ってからずっと、そんな事に引っ掛かってたのか?」
「だって、」
「転生者だろうが何だろうが、全部含めてお前だろうが。誰が何と言おうと今この腕の中にいるのは朽木柊っつう人間で、俺の大事な大事な可愛い孫だ。……だからそんな理由で、自分の事を否定してやるなよ」
柊の背中を宥めるようにそっと大きな掌でポンポンと撫でて、灯は優しい声で囁いた。
「よく頑張ったな、もう大丈夫だ」
灯にそう言われた途端、柊の目からは自然と涙が溢れてきた。
訳も分からず感情が一遍に込み上げて、柊の頭の中でぐちゃぐちゃに混ざり合う。
柊は順序も脈絡も関係無く、ただ思い付いたままに記憶を吐き出して行く。
泣きながら支離滅裂に吐き出される水鷹の過去を、灯はただ黙って全部聞いてくれた。
柊の話を全部聞き終わった灯は、やりきれない怒りを押さえ込むように息を吐く。
灯の感情にビクリと震えた柊の体を自分の体の上に乗せ、灯は起き上がった。
きょとんと見上げる柊を膝の上に布団ごと抱えて、灯は小さく笑った。
「お前に怒った訳じゃねぇよ」
灯は乱れた柊の髪を優しく梳いて整えながら、少しずつ自分の能力の枷を外して行く。
「お前にだけ全部見せろって言うのは、フェアじゃねぇからな」
そう言って灯は、静かに自分の事について話し始める。
話を聞いている内に、お互いの感情がまるで溶け合うかのように一つになって行く。
その不思議な感覚に身を委ねていると、泣き疲れた体が自然と微睡み始める。
柊は気が付いたら、そのまま眠っていた。
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