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02


柊は杏路の掛けてくれた膝掛けを握りしめながら窓の外を眺める。

車が信号に引っ掛かったタイミングで杏路は柊の椅子をそっと後ろに倒す。


「着いたら教えますので、眠っていても良いですよ」


そう言ってから杏路は膝掛けの位置を整えてから、自分の上着で柊の肩までを覆った。

柊は体を杏路の方へ向け、上着を口元まで引き上げる。


ぼうっと自分を眺める視線に杏路は前を見詰めながら少し笑みを零す。


「そんなに見られては、穴が開いてしまいそうですね」

「ふふっ」


小さく笑って上着に顔を埋めた柊を見て、時間表示が目に入った杏路が問いかける。


「何時もなら夕食の時間ですね、柊様はお腹空いてますか?」


すぐに何時もの態度に切り替えた杏路に、上着に顔を埋めたままで柊が小さく呟く。


「戻すの?」

「すみません、もう一度良いですか?」


柊の声を聞き逃した杏路が聞き返すと、柊は上着から片目だけ出して杏路を見詰める。


「もう、さっきみたいには、しないの?」

「さっきのまでの方が、良いですか?」

「うん」

「そうですか……では、これからはそうしますね」

「ん」


そう答えて、柊はゆっくりと目を閉じる。

杏路は静かに上下する柊の小さな体に掛かった上着と膝掛けをそっと掛け直した。



眠る柊の乗った車が家の前へ着くと、才が玄関の外で待っていた。


「おかえり」

「ただいま戻りました、遅くなりまして大変申し訳ありませんでした」


運転席から下りて来て頭を下げる杏路の肩をポンと叩いて、才は助手席を覗き込んだ。


「ひーちゃんは眠ってるみたいだね」

「……すみません」

「どうして杏路が謝るの?」

「いえ、その……」


杏路が何と言うべきか言葉を探していると、才が窓を覗き込みながらくすくすと笑った。


「ふふっ、そんなに困る事、ひーちゃんにしたの?」

「そうですね、酷く、泣かせてしまいました」

「そっか、……それなら良かった」


才はそう言うと、窓ガラスにそっと手を添えて柊を優しい瞳で見詰める。


「時々、どうして自分は能力者じゃないんだろうって、思ってしまうんだよね」

「才様……」

「思ってもどうしようもないんだけれどね?」


そう言って才は杏路の顔を見て静かに笑う。


「ひーちゃんが苦しんでる事に気付けても、きっと僕じゃ解決してあげられないだろうと思ったら、何て言ってあげれば良いのか分からなくなってしまってね……」


そう言って苦しそうに目を細める才に、杏路は安心させるように笑い掛けた。


「……抱き締めて差し上げれば、良いのではないでしょうか?」


不思議そうに見詰め返した才に、杏路は微笑んで言葉を続ける。


「言葉などなくとも、ただそれだけで分かる事もありますので」

「分かる事?」

「はい。少なくとも1人は、自分を気にかけ、心配してくれる存在が、側に居ると実感出来るだけで救われる事もあると、私は思います」

「そっか、そうだね……」


才はそう言ってドアを開けて眠っている柊の髪を整えて、そっと腕の中に抱き上げた。


「こんなに小さな体に、ひーちゃんは何を抱えているのかな」


才はそっと額にキスを落としてから、起こさないように柊の体を家の中へ運ぶ。


部屋のベットに柊の体をゆっくりと下ろすと、才は柊の体の上にそっと布団を掛ける。

柊の顔の横に自分の顔をポスンと置いて、柊の頬を指の背でふにふにした。


「どこから、起きてたの?」


才の言葉にピクリと体を震わせた柊は、諦めてゆっくりと目を開く。


「……どうして、わかったの?」

「さぁ、何でだろうね?」


そう言いながら才は柊の布団を捲って、横に潜り込んで寝転んだ。


「聞こえてなかったかもしれないから、改めて言うけれど……僕には、他の誰でもなく、ひーちゃんが必要だよ」

「うん」

「それにね、能力が無くても、ひーちゃんの眼を見れば分かる事もあるんだよ」

「何がわかるの?」

「んー、そうだなぁ。本人が気付けないような事とか、色々かな?」

「色々?」

「そうだよ。……だって僕は、君の父親だからね」


才は柊の体を抱き込んでそう言うと、そのまま柊の体を抱き上げて立ち上がる。


「さて、ご飯にしようか」


柊は才の首筋にぎゅっと抱き着いて肩口に顔を埋めた。



夕飯が終わったら才と一緒にお風呂に入り、あと残ってるのは明日の荷物の確認だけだ。

柊は一度部屋に戻ってランドセルを手にするとリビングへ戻る。


「ランドセル、持って来た」

「ありがとうひーちゃん、ソファーの所に置いておいてくれる?これが終わったら一緒にチェックするからね」


才はそう言って、ダイニングテーブルに広げられた仕事の資料をひらひらさせるので、柊は軽く頷いて返してから、才の言う通りランドセルをソファーに置いた。


柊が待っている間何をしようか考えていると、リビングの大画面で映画を堪能している茜がソファーの上から手招きしてくる。柊が側に近づいて行くと茜に膝の上へと抱え込まれたので、座り心地の良い場所を探してもぞもぞと体を動かす。


横で一緒に映画を見ていた夏目が、柊の分も飲み物を用意してくれた。

お礼を言って受け取って、柊も一緒に映画を見る事にする。


柊が映画に夢中になっている内に、才は仕事と持ち物チェックを終わらせて自分の分の飲み物を手に茜の隣に座ると、気が付いた柊の頭を撫でて画面に視線を向けた。


全員で映画を堪能した後は、明日に備えて早めに就寝する。

寝室に向かう為に茜の膝の上から柊を抱き上げた才が感慨深げに呟いた。


「ひーちゃんも、明日から小学生なんだよね」

「相変わらずちびのままだけどな」

「茜だって精々が真ん中辺りでしょう?」

「俺は大器晩成型なんだよ。足のサイズはでけぇから、これから伸びんの」

「ひーくんだってこれから伸びるかもよ?」

「……そうだね、僕も昔はクラスで一番小さかったけど、高等部に入ってから一気に伸びたしね」

「え、」

「そうなんですか?」

「そうそう、既に諦めかけてた頃だったから入学式と卒業式の写真が別人って今でも命に言われるしね」

「なら、可能性はありそうですね」

「ひぃは今のままで良い。……無理してでかくなんなくて良いからな?」


柊の頭を撫でながら茜がとても真剣な顔でそう言うので、柊は笑って頷いてあげた。

才と夏目は茜の様子を微笑ましげに眺めている。


「さてと……明日は朝早いし、二人も早く寝るんだよ?」

「はい、ここを片付けたら戻ります」

「じゃあなー、ひぃ」


柊はリビングに残った夏目と茜に小さく手を振っておやすみなさいの挨拶をする。

才は抱き上げた柊の髪を優しく梳いて頬に手を添えてから階段を上って行く。


「ひーちゃんは、どんな学園生活を送るのかな?」


そう呟きながら才は寝室の扉を開けて部屋の電気を付けた。


「楽しい時間になると良いね」

「うん」


柊の体をベッドへ下ろしルームシューズを脱がせてから才はそっと柊の額にキスをする。

才は手元のリモコンで照明を落としてベッドへ入り、柊の隣に潜り込んだ。


「忘れないでね?何があっても、僕は柊の味方だからね」


そう言って才は自分と柊の肩までしっかりと布団を引き上げて、優しく頭を撫でる。

柊は黙って目を閉じると才の胸元にゆっくり顔を埋めた。


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