02
静かに歩く葉の後ろ姿を見送って、柊は灯を見上げて目を合わせる。
「酷ぇジジイだぜ、全く」
「……優しいよ?」
柊が首を傾げながらそう言うと、灯は思い出したように呟いた。
「そういや、お前も能力持ちだってな?俺とお揃いだぞ」
「お揃い」
「お前、携帯持ってるか?お、スマホか!貸してみ……よしっ、能力の事で何か困ったら、俺に連絡してこいよ」
「ありがと」
灯はついでに葉の置いて行った携帯のアドレスも柊のスマホに登録しておく。
「家族や親戚関係で何か困った時はこっちな」
「怒られない?」
「その心配はいらねぇよ」
「わかった」
柊はスマホをテーブルの上に置き、着ているコートのボタンをちまちまと外して行く。
見かねた灯は後ろから手早く外して脱がせると、畳んで空いている座布団の上に置いた。
「で、才は本当は何処に居んだ?」
「挨拶回り」
「なるほど、それで置いて来たのか」
「うん」
灯はそう言って笑ってから、柊の体を抱き上げて奥に敷いてある子供用の布団に向かう。
「まだ30分近くもあんだし、一緒に昼寝でもするか」
柊には大きいが灯には少し狭い子供用の布団に一緒に寝転がった。灯は柊の肩までしっかりと掛け布団を引き上げて、自分は葉の置いて行った羽織りを勝手に布団代わりにする。
「おやすみ」
灯にリズム良く腰の辺りをポンポンと叩かれながら、柊はいつの間にか眠っていた。
*
そっと体を揺すられて目を覚ますと、戻って来ていた葉の姿が柊の目に入った。
「折角気持ち良く眠っていた所を起こして悪いが、そろそろ開始の時刻だ」
柊が葉の言葉に頷いて起き上がると、隣で眠っていた灯ものそりと体を起こした。
葉は灯の体に掛かっている自分の羽織りに一瞬呆れたような視線をやったが、何も言わずに衝立ての向こう側へ差し出した。すぐに別の羽織りが届けられる。
届けられた羽織りに腕を通して机の上を確認している葉に、柊は携帯を手に近づく。
「あぁ、忘れていたな」
「ありがと」
「いや、使う場面が無くて何よりだ」
そう言って笑って受け取った葉に促されて柊は用意されていたふかふかの座布団に座る。
隣に座った灯が、柊の膝にもこもこのブランケットを掛けてくれた。
「なるべく手短に終わらせるつもりだが、我慢はしなくて良い。無理だと思ったら隣に座る私か灯に言いなさい」
「遠慮しなくて良いからな」
「うん」
「では、始めよう」
葉が声を掛けると同時に部屋の脇にひっそりと控えていた人の手によって目の前の衝立てが退けられると、先ほどよりも人数が増えて、各家ごとに綺麗に整列して座っていた。
「まだ目覚めたばかりの能力持ちにこの空間は辛いだろうから、手短に行くぞ」
「これより、柊付き従者の任命式を始める」
葉は立ち上がって一歩前へ出ると、手に持ったファイルを開いて内容を読み上げる。
「今の時点で正式な異動願いが出てるのは、緋野 杏路、緋野 燕、花森 奏の3名となっているが、違い無いな?」
「「「ありません」」」
「では該当の3名は前へ」
「「「はい」」」
3人が名前の呼ばれた順に立ち上がり、柊が座っている机の前へ横一列に並んだ。
葉が机の上に乗っている赤い証書ファイルを一人ずつ渡して行く。
柊と目の合った燕がこっそりウィンクを飛ばして来たので、柊は小さく頷いた。
隣に座った灯はその様子を見て、面白そうに忍び笑いを漏らしている。
「今渡したのは異動願いの提出証明書だ。各自無くさず、大切に保管しておくように」
「「「はい」」」
「後ほど確認し、正式な同意が無ければ申請は却下する。また柊は能力持ちの為、お互いの同意がなされた場合でも、正式な異動は承認式の時になるのでそのつもりで」
「「「はい」」」
3人が座ったのを確認してから、葉は手に持っているファイルのページを捲った。
「次に、候補として名前の挙がっている者を読み上げるので、該当者は前へ出るように。久遠は今回、年齢が基準値に達している者がいない為、該当者無し。花森から綾瀬、日下部から柘榴と祈、草薙から珊瑚と杏。以上5名」
柊の目の前へ先に並んで座っていた3人の後ろに、名前の呼ばれた5人が並ぶ。
「今回の結果に、何か異論のある者は?」
並んでいる人間も呼ばれなかった人間も、誰も声を上げない事をしっかりと確認した葉は、机の上から青い証書ファイルを取り一人ずつ渡して行く。
「誰も異論は無いようなので、このまま勧める事とする。今渡したのは仮所属の辞令書だ。正式な異動の際に必要となるので大切に扱うように」
「「「はい」」」
葉はきりっとした表情から少し目元を和らげて、柊と目を合わせる。
「今目の前に並んでいる者達が今後、柊付きとして仮所属の扱いになるので覚えておいてくれるか?」
「はい」
柊の返事を聞くと、葉は表情を戻して手の中のファイルを閉じた。
「該当者及び関係者は各自速やかに情報を共有し、確認をしておくように」
葉は会場の中をゆっくりと見渡して、口を開いた。
「これにて任命式を終わりとする。解散」
これで任命式は終わりになるようだ。
大広間に集まっていた人達が全員部屋から出て行って、部屋には柊と関係者だけになる。
灯はさっさとよそ行きの顔を仕舞い込んで、柊を膝の上に抱き上げた。
「はぁー、面倒くせぇ」
「言葉遣いを改めろ」
「そう言うジジイだって、人の事言えねぇだろうが、なぁ?」
灯がそう言ってニヤニヤしながら柊の顔を覗き込んで来たので、柊は灯の頬を小さな手できゅっと挟んだ。背後で驚きに息を飲む人間が何人かいたようだが、今は無視をする。
灯はそのまま顔を下ろして、柊の額に音を立ててキスをした。
柊が笑って手を離すと、いつの間にか近づいて来ていた葉に後ろから抱き上げられた。
「馬鹿な事やらせていないで、いい加減本題に入るぞ」
「はいよ」
残った柊の守り役達の方を向いて、葉は話を進める。
「全員、楽にして良い」
葉の言葉に各々足を崩したり首を回したりし始める。
「さて、知っている者も知らない者も居るとは思うが、今日は名前だけ覚えておけば良い。どうせこれから、幾らでも会う機会はあるからな」
「はい」
柊が葉の言葉にしっかりと頷くと、灯が葉の膝の上にいる柊の顔を覗き込んできた。
「別に敬語とか意識しなくて良いんだぜ?」
「?」
「ここで一番偉いのは朽木で、その中でも特に偉いのが能力者だからな」
「流石にその言い分は暴論だと思うが、概ね間違ってはいない所がな……」
「まぁ、つまりは、朽木とその分家には敬語も畏まった態度も必要ねぇって事だな」
「もちろん、灯のようにTPOを弁えずに行動する事を推奨している訳では無いぞ?あくまで身内と接する時にまで肩肘張らずに過ごすと良いと言う話だ」
「ん、わかった」
「って訳だから、柊はもう帰って良いぞ」
「……良いの?」
「あぁ、後はこいつらが勝手にどうにかするからな」
「「「お疲れ様でした」」」
灯はコートを取りに戻ろうとした柊を抱き上げて、杏路の腕に渡した。
「とりあえず、そろそろ限界だからな……才の馬鹿捕まえて、さっさと引き上げさせて来い」
灯の言葉に気が付いていた奏と杏路と燕以外の守役は驚いたように柊を見た。
柊は咄嗟に杏路の首に抱きついて顔を埋める。
「本当は俺が行きてぇんだが、あいつにはまだ退院した事言ってねぇんだよなぁ」
「言ってないって、……まさか、何も言わずに抜け出して来た訳じゃ無いだろうな?」
「あー?どうだったか忘れたな」
杏路は冷気を発し出した葉を横目に素早く柊のコートとスマホを確認すると、柊を抱えて大広間を後にした。人の気配の少ない道を歩きながら才のいる場所まで進んで行く。
才を見つけた杏路は柊のコートのフードをしっかり下し、足早に近づいて行く。
気が付いて振り返った才は杏路の腕の中の柊の様子を見て、慌てて駆け寄って来た。
才は部屋の隅に移動させると、腕の中の柊を覗き込んでそっと頬に手を添える。
「ひーちゃん、どこが苦しい?」
「……気持ち悪い」
才は杏路の腕の中からそっと、柊の体を抱きかかえる。
才の後ろにいた雀が知り合いの医師に連絡を入れていた通話を切ってこちらを向く。
「私は表に車を回してきますね」
「うん、よろしくね」
「大広間は人が沢山居たましたから、少し酔ってしまわれたのかもしれません……」
「そっか、ここまで連れて来てくれてありがとうね」
「いえ……では、私はこれで失礼致します」
「うん、本当にありがとう」
杏路の姿を見送って才は柊の体を揺らさないように気を付けながらロータリーへ向かう。
何時でも発車出来るように整えられていた車に乗り込み、雀の運転で家に帰った。
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