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*任命式


今日は柊の守役候補者達との顔合わせが行われる予定だ。


今の所柊が会った事のある守役候補者達は、実はそんなに多くは無い。

病院の送り迎えの時に緋野の人間には何人か会ったが、燕が付いてからは変わってないし、花森で会った事があるのは、病院で会う主治医の綾瀬(あやせ)とカウンセラーの(そう)の2人だけだ。日下部は隣の天音と秋羅の親子以外は会っていないし、草薙もガラス工房で会ったルナのみ。久遠に至っては未だに1人も会っていない状態なので。


今日行われる顔合わせはあくまでも仮の所属を決める任命式だ。


正式な異動は任命式の1年後〜高校入学の間に行われる承認式でのみ認められている。

通常と違って能力者の場合、承認式は力の落ち着く頃に行われる。


主家の人間の中では、極稀に分家の性質を持つ者や朽木家の性質を持たない者が生まれる場合がある。その逆に分家の中から能力者が確認される事もあるので、能力が発症する可能性のある12歳以下の人間に対しては任命式も証認式も行わない決まりになっている。


例外として、朽木家由来の能力持ちだと確実に確認出来た者達だけは特別に、12歳以下でも能力を確認できた時点で任命式を行う事が出来る。


柊が能力持ちかどうかの確認は知らない間に済んでいたみたいで、少し前に朽木家の当主から才に宛ててその結果が伝えられ、今回の任命式を行う事になったらしい。


分家の人間が自分に合った分野に特化した家へ入るには、12歳になるまでに各分野ごとに用意された試験に合格する必要がある。その試験の基準値が合格点に達した者だけが正式に異動願いを申請し、主を決めて仕える事ができるシステムになっている。


通常の任命式で候補者を決める場合、主を持たない人間と各分家の試験合格者の計2人が上げられる事になる。けれど今回のように正式に朽木家の性質を持つ事が確認されている能力者の任命式では、現在12歳以下の人間は試験に合格していたとしても対象外だ。


任命式や承認式などの特別な行事は大抵の場合、朽木家の本邸にある大広間で行われる為、柊は才と一緒に雀の運転する車に乗って、会場となる朽木家の本邸へと向かう。


柊が初めて訪れた本邸は、想像したものとは全然違った。


才からは「随分と古くてちょっと横長な、二階建て一軒家」としか説明されて無かったので、歴史的建造物のような古き良き伝統的な日本家屋が目に入って、柊は軽く混乱した。


車から降りたままの姿勢で本邸を見上げながら固まっていた柊を抱き上げた才は、まるで悪戯が成功したと言わんばかりの笑みを浮かべて柊の顔を覗き込んだ。


「ひーちゃん、驚いた?」


柊は態と怒ったように頬を膨らませてから才の首筋に抱きついた。

才は声を上げて笑いながら、自分の首筋にしがみつく柊の頭を宥めるように撫でる。


「ふふふ……じゃあ中に入ろうか」

「……ん」


才に抱っこされたまま中に入ると、中は木の温もりが溢れる作りになっていて、隅々まで綺麗に整えられていた。初めて来たはずなのに、何故か不思議と落ち着く感覚がする。


後から中に入った雀が柊の靴を丁寧に脱がして、才の靴と一緒に横にある靴箱へ入れた。

お礼を言う才と柊に微笑んで、雀は自分の脱いだ靴も隣に仕舞う。


長い廊下を進みながら雀がしてくれた話によると、朽木家の本邸はかなり確りとした作りになっている上に草薙が誇る最先端の警護システムと緋野が鍛え上げた人間で構成されている警備員のおかげで、日本一と言っても過言ではない程に安全な場所なんだとか。


本邸の裏は分家の活動拠点の中心部となっていて、色々な施設や設備があったり、まだ主の決まっていない分家の人間や既に守役を外れた者が集まって暮らす寮があるらしい。


そのまましばらく進んで行くと、目的の場所に到着したようだ。


「これからちょっと挨拶回りがあるんだよねぇ……。ひーちゃん、一緒に来る?」


才の言葉に柊が首を横に振ると、才は隣に立つ雀の方を見た。

柊は才が口を開く前に腕をタップして下ろしてもらい、雀に大広間までの道を尋ねる。


「えー、ひーちゃん一人で行くの?」

「ん」


しっかりと頷く柊の様子に才は一瞬困ったような表情を浮かべてから、諦めたように笑った。柊の持ち物にスマホがあるのを確認してから何かあったら連絡するように言う。


「じゃあ、後でね」


柊は心配そうに見送る才と雀に小さく手を振って、雀に教わった通りに廊下を進む。

特に迷ったりする事もなく、柊は任命式の会場となる大広間の扉を開ける。


大広間は外から中の音が聞こえない仕様になっていたみたいで、扉を開けた途端に沢山の人間が集まって話している姿が目に入った柊は扉を開いたまま入り口で立ち竦んだ。


その柊の姿に中の人間が気が付いたようで、扉の側から少しずつ静かになって行く。


柊が涙目になりながらコートの裾をぎゅっと握りしめて軽くパニックを起こしていると、人垣が割れて和服姿の年配の男性がゆっくり近づいて来た。


「人が多くて吃驚しただろう?大丈夫だから、こちらにおいで」


男性はそう言って、柊の体を優しく抱き上げて会場の奥へと歩き出す。


着物の襟から香るどこか落ち着くような香りと自分を抱き上げる人間の穏やかな空気に、ようやく柊は強張った体から力を抜いて、小さく息を吐いた。


「始まるまで裏で休んでいると良い」


柊がそう言いながら連れてこられた衝立ての裏には小さな机と座布団が置かれ、奥の方には子供用の布団が用意されているのが見える。そして、机の前には先客が座っていた。


「お、迷子のガキでも迷い込んだか?」


柊を抱える男性が呆れたように溜め息を吐いたので、柊は小さな声で自己紹介をする。


「初めまして、朽木柊です」

「おー、お前が柊か!才の馬鹿はどうした、一緒じゃないのか?」

「……置いて来た?」


柊が少し首を傾げてからそう答えると、目の前の男性は面白そうに笑い声を上げた。

その様子に柊を抱き上げている男性は深く溜め息を吐いてから、柊と目を合わせる。


「まずは自己紹介からだな……初めまして、私はこの家の当主で、朽木 葉と言う」

「俺はお前のじーさんで、朽木 灯だ。あと、ここには身内しかいねぇから堅苦しい態度は必要ねぇぞ」


柊は本当に大丈夫なのか分からなかったので、隣にある葉の顔を見上げる。


「ああ、気にしなくて良い。楽にしなさい」

「ん」


頷いた柊に優しく笑いかけて、葉はそっと灯の隣の座布団に柊の体をそっと下ろす。

葉はお茶を用意して机の上の茶菓子と一緒に柊の前に置くと、灯の向かい側に座った。


「俺の事は好きに呼んで良いぞ」

「……灯ちゃん?」


灯が楽しそうに言った言葉に柊が迷った末にそう返したら、何故か無言でじっと見つめられた。特に嫌な気配はしなかったので、柊もそのまま見つめ返す。


「ちびっ子なんて生意気なくそガキしかいねぇと思ってたが、何だ可愛いのもいんじゃねえか」


灯はそう言って脇の下に手を入れて柊の体を持ち上げると、自分の膝に座らせた。

大きな手が柊の頭を優しく撫でるのが心地よくて、柊はほっとしたように目を細める。


「何か困ったらすぐに俺に言うんだぞ、じーちゃんがなんとかしてやっからな」

「止めろ」

「嫌だって、見ろよこの可愛らしさ!流石俺の孫だけはあるな」

「お前の遺伝子は、どちらかと言えば生意気なくそガキの方だろう」

「いんや、この目元なんて俺にそっくりだぜ」

「はぁ……どうでも良いからしっかり休ませておけよ」

「おー、まかせとけ」


立ち上がった葉は衝立ての方に進めた足を戻して、柊の手に携帯をしっかりと握らせた。


「……柊、この携帯を預けておくから、何かあったらすぐに私に連絡しなさい」

「酷ぇな」


葉は灯の言葉を無視して、優しく柊の頭をひと撫でしてから衝立ての裏から出て行った。


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