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*初投稿です。よろしくお願いしますm(_ _)m
その日は柊の6歳の誕生日だった。
何時もとは違って、仕事で常に忙しくしている父親の才が今日は早めに切り上げて皆で一緒に夕食を食べようと言ってくれたので、必要以上に子供達には関わろうとしない母親の榛奈が料理を作ると言ってくれたのだ。その上、料理を作り終わったら柊を幼稚園に迎えに来てくれる約束までしてくれた。兄の夏目と茜も今日は早く帰ると約束してくれた。
柊は朝からずっと楽しみにしていて、幼稚園で過ごす間も頻繁に時計を見上げては、幼馴染みの日下部 秋羅に「落ち着け」と言われるくらいにはそわそわしっぱなしだった。
とは言っても、他の人には柊が時々時計を見上げる以外には特に普段と変わらないように見えていたみたいなので秋羅の言葉に職員の先生方はかなり驚いていたが……
何時もより長く感じた幼稚園がようやく終わり、柊は「さようなら」の挨拶もそこそこに門の側まで駆け付ける。寒さに震えながら門の側で待っていたけれど、何時も迎えが来るはずの時間になっても榛奈は姿を現さなかった。
一緒になって待っていてくれた秋羅と父親の天音が一緒に帰ろうかと声をかけてくれたが、柊は首を横に振って門の側にしゃがみ込み、ただじっと迎えに来るのを待ってた。
真っ赤な顔で鞄の紐を握りしめて道路の先を見つめる柊の様子に連れて帰るのを諦めた天音は、秋羅と柊に自動販売機で買ったホットココアを握らせて才の家に電話をかける。
呼び出し音は鳴っているが、いくら待ってみても誰も出る気配がない。
天音が諦めて電話を切った所で幼稚舎の中から園長先生が出て来て、柊達に声を掛ける。
「こんな寒い所にいたら風邪を引いてしまうわ、中に入りましょう?」
ふるふると首を振って拒絶する柊に天音が困ったように笑うと、園長先生は安心させるように微笑み返して柊の隣にしゃがみ込んだ。
「でも貴方がもし風邪を引いたら、迎えに来るお母様はきっと自分が悪かったのだと思ってしまわないかしら?心配なら門の見える桜組さんの教室で待っていたら良いわ」
柊は少し考え込んだ後、素直に立ち上がって差し出された園長先生の手を握った。
「この子は私が見てますから、お家の様子を見て連絡下さるかしら?」
「ありがとうございます。合鍵を預かっているので、反応がなかったら中を確認してお電話させて頂きますね」
「えぇそうね、そうして頂けるかしら?」
園長先生と一緒に待つ事になった柊に「会ったらきちんと声をかけておくからね」と約束して、秋羅と天音は帰っていった。二人が見えなくなるまで見送って柊も中に入る。
あの後天音から来た連絡では、部屋の中に作りかけの料理が残されている事は確認出来たが、榛奈の姿は見当たらないとの事だった。天音は「もう少し心当たりを探してみようと思う、何か分かったらまた連絡する」と言って電話を切った。園長先生が柊にその事を伝えると、柊は一度頷いてから読みかけの絵本に視線を戻した。
ガラス戸の側で膝の上に絵本を広げながら時々外に視線をやる柊を気にしつつ、園長先生は連絡が来たらすぐに分かるように机の上に携帯を置いて書類仕事を進める事にする。
*
結局、何時もより一時間近く遅れて迎えに来たのは、榛奈ではなく夏目と茜だった。
夏目は柊を茜に預けて園長先生を部屋の隅に連れて行き、何事かを告げると、園長先生は口元に手を当てて驚いた様子の後、ちらりと柊を見てから夏目の肩を優しく叩いた。
話を終えた夏目は茜に声を掛けてから、優しく柊の手を引いてタクシーに乗り込む。
夏目がタクシーの運転手に近くの総合病院の名前を告げると、車は静かに走り出した。
柊の右隣に座る夏目は何時もと違い何処か余裕の無い雰囲気を発しており、左隣にいる茜は窓の外を睨みつけるような表情で押し黙っている。
他人の感情に敏感な柊が横にある二人の手を握ると、夏目は何も言わずにそっと柊の体を抱きしめ、茜は少し強めに握り返してくれた。
タクシーが病院まで向かう間、そのまま誰も口を開かなかった。
タクシーから降りて病院の緊急搬送用の入り口にいる警備員に夏目が話しかけようとした所で、仕事先から慌てて駆け付けて来た才の車が到着した。
車から降りて来た才は二人の雰囲気に当てられて不安そうに瞳を揺らす柊を優しく抱き上げてから夏目と茜の頭を優しく撫でると、あらかじめ電話で聞いていた受付へ向かう。
受付窓口の女性に名前と用件を伝える。女性は受付カウンターの前にある長椅子を手で示し、そちらの椅子にかけて少々お待ちくださいと言って手早く何処かへ連絡し始めた。
才は礼を言って、勧められた通りに側にある長椅子に座って待つことにした。
暫く待っていると茜が喉が渇いたと言うので、重い空気の中で緊張状態に置かれて疲れたのか腕の中でうとうとし出した柊を起こさないように、才は隣にいる夏目に財布を渡して全員分の飲み物を買うように頼む。頷いた夏目が茜の手を引いて側にある自動販売機に向かった所で、通路の方から警察官がやって来るのが見えた。
「朽木 榛奈さんのご家族の方ですか?」
「はい。朽木 榛奈の夫で朽木 才と言います」
「私は南中央署の者で、前田 一志と言います」
柊を抱き上げながら名刺を交換していると、飲み物を持って夏目と茜が戻って来た。
「子供達は大きい子から順に、夏目、茜、柊です」
「そうですか……、旦那さんには詳しい事情をお話ししたいので、申し訳ありませんがすぐそこの談話スペースまで宜しいですか?」
「分かりました」
才の返事を聞いた前田は子供達の前に屈んで夏目と茜の顔をしっかり見ながら「坊主達は悪いがおじさんの話が終わるまでここで待っててくれるか?」と聞いた。
「お気遣い頂いた事はありがたいですが、既に話の内容はある程度察しています。父と前田様との話し合いのお邪魔は決して致しませんので、どういう経緯でそういう結果に至ったのか教えていただきたく思います。ですのでどうか、話し合いの席に私も同席させてください」
夏目の子供らしからぬ言い分に少しだけ目を見張ってから、前田は真剣な顔でうなずいた。
「子供扱いして悪かった。おまえさんが大丈夫なら構わない。一緒に話そう」
それまで黙って下話を聞いていた茜が目の前にいる前田の目を睨み付けながら口を開く。
「、っ俺も聞く!!」
その茜の声に才の腕の中で眠っていた柊の体がビクリと震えた。
しまったと言う顔をして咄嗟に口元を押さえた茜の頭を優しく撫でて、才は腕の中の柊に小さく声をかけながら優しく揺らす。柊はすぐにまた小さく寝息をたて始めた。
才は確認の意味で自分を見つめる前田に大丈夫の意味を込めて軽く頷く。
「……わかった。そうだな、自分の母親の話だもんな。じゃあ、談話スペースで全員で話そうか」
全員で休憩スペースの奥にある衝立てが立ててある小さなスペースへ移った。
中に入った夏目は備え付けてあるウォーターサーバーから用意した水を前田の前に置く。
前田は小さく夏目に感謝を告げて少しだけ口を湿らせた後、右手に持っていた資料を机の上に並べながら静かに話始めた。
才の腕の中で微睡んでいる柊の耳に、不思議な程鮮明に前田の声が聞こえて来た。
「……ご家族の皆様には非常に残念な事ですが、榛奈さんは買い物の帰りに信号を渡る途中で後ろから来た大型車両に追突され、本日午後4時45分頃に亡くなりました。追突したのが大型車両であった事やその車のスピードがかなり出ていた事、おとといの積雪で路面が凍結していた等の様々な悪条件が重なった結果、榛奈さんは即死であったと推測されます。遺体の方はのちほど――」
前田の話す言葉の意味を理解した途端、柊の頭の中に知らない記憶が溢れ出す。
才の腕の中から飛び起きた柊は両手で耳元を押さえながら、そのまま意識を失った。
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