近代VS紀元前
帝国海軍の圧勝に乗じ帝国陸軍は北部の『シドミストン』と南部の『サルミトル』に上陸を開始した。
シドミストン・・・。
博多から約2000kmの距離にあるペル帝国の港町。人口はおよそ1万。属国からの特産品が安値で取引され、ペル帝国以外の列強国の品々も手に入るペル帝国の経済都市であった。
そして、この町の自警団のメンバーである『クルス』はいつもと変わらない日常を送っていた。
「よぉ~クルス!新鮮な魚が手に入ったんだ。見ていかねぇか?」
「おぉっ!それじゃあ早速。」
自警団と言っても実態は軍隷下の軽装歩兵で、短剣や短槍、藤の盾を主武装としている。軍の要請に応じ、都市警備や反乱分子の監視など比較的危険度の低い任務が与えられる。
そして妙に町の人々がざわめき始めた。
魚の品定めとしていたクルスも何事かと思い顔を人々が向かう先、海のほうへ向けた。
「何かあったのかな?」
「ついさっき出てった海軍が戻ってきたんじゃねぇか?」
品定めを中止し、クルスもまた人の波に身を任すように海へと向かった。
湾の淵に付いたクルスであったが、そこには大きな人だかりが出来ており、湾内の様子は全くと言って良いほど見えない。だが、人々の目線を集める何かを実際に見なければ、自警団としても対応できないので、何としても確認したかったので、クルスは無理矢理人の壁を掻き分け・・・。
「-ッ!はぁ・・・。」
ようやく出られた。
そして彼の目に映ったのは、ペル帝国海軍の軍船ではなく、まるでヨル=ウノアージン聖皇国の鉄船に似た船であった。それも1隻だけでなく何隻も。しかも遠くにはそれらよりも巨大な鉄船も居た。
呆気にとられるクルスであったが、小型の軍船からカッターが現れ、こっちに向かって来る。
「上陸する気か!?」
敵と断定できないが、味方と言うわけでもないぐらいの殺気を感じ取り、クルスは仲間に戦闘体制を取るよう命じた。
そして、右手に剣を携えた男を先頭に30人ほどが桟橋に上がった。その中に一人だけ黒服を着た者も居た。
「私は大日本帝国陸軍第32連隊長、寺内孝信である。」
剣を携えた男、寺内の言った大日本帝国などクルスは聞いたことはなかったが、外交交渉に来たわけで無い事は上がってきた者達の目を見れば一目瞭然であった。明らかに殺気立っていた。
「俺はこの町の自警団員のクルスだ。
お前達何をしにきた?」
それでも、クルスは臆することなく寺内の前に立った。
寺内の後ろの、杖か槍かよくわからないものを持った兵士と思われる者の数人は、その剣先をクルスに向けようとしたが、寺内は止めた。
「この町の長に会わせよ。」
兵士をなだめた後、クルスに来航してきた目的を答えた。
クルスは、『蛮族のくせに何の断りも無く町長に会わせろだと!』と思い・・・。
「貴様らに会っていられるほど町長は暇じゃ-」
寺内の要求を拒否したが・・・。
ズゴンッ
突然シドミストン全域に広がる破裂音。その音の大きさに野次馬となっていた町民は悲鳴をあげ、頭を抱えて膝を折り蹲った。
クルスは微動だにしなかった。いや、正確には音を聴き体が膠着していただけであった。そして何気なく足元を見て、顎から汗をたらす。
「・・・っ!?」
何と石で出来た桟橋に小さいながらも穴が開いていた。それもクルスの両足の間に。もしどちらかに10cmずれていたら、穴が開いたのは桟橋ではなく足の甲だったであっただろう。
「もう一度言う。町長に会わせろ。」
クルスは顔を寺内の足先から徐々に顔が見えるところまで上げる。その最中寺内の右手には煙を発する鉄の筒が握られているのが見えた。
この筒が火を吹いたのか。俄かには信じがたいが、そうでもなければ説明が付かない。その筒は破裂音が鳴る前は寺内の手に握られていなかった。破裂音が鳴った直後から寺内の手に握られていたのだ。
「・・・うっ。」
クルスは息を呑んだ。一発目は脅しであろうが、二発目は確実に自分を狙っている。
だがここで少し考えた。コイツ等は町長に会いたいだけ。それさえ叶えば無事も無く引き帰すのではないかと。
「・・・会うだけだぞ。」
クルスは恐る恐る承諾。寺内たちを役所まで案内することになった。
その道中、武装を整えた自警団と一触即発の状態になりかけたが、日本軍の兵士達は寺内の命に従い横目に見るだけで隊列を乱すことなく後に続いた。
「構うな。我々は己が目的を果たすまでだ。」
そして、クルスは寺内たちを役場の前まで案内した。
寺内は左手を小さく上げわずか扇ぐ様に前に突き出した。
「第1小隊前へ!」「第2小隊前へ!」
日本兵は入り口のドアを蹴り破り、手当たり次第に内部屋の扉も蹴破り、悲鳴が外に待つクルス達にも伝わる。
寺内は黒服の男を連れ役場の中に入る。
「ま、待て!」
当然の如くクルスは止めたが、入り口の前で短槍を突きつけられ入ることは出来なかった。
役場の中では、廊下に紫色のローブを羽織った者達が並べられ、魔道帽を取り上げられ素顔を晒されていた。
その前を黒服の男を連れた寺内が歩き、一人ずつ「この男か?」「この男か?」と確認していく。だがなかなか捜している者が見つからないらしい。いくら進めど空振りに終わっていった。
だが一番奥の扉のドアを兵士が蹴破り、そこにも紫ローブの男が居た。その男の声に黒服の男は聞き覚えがあった。
「この男か?」
魔道帽を取り素顔を確認する。
「この男です。」
ローブの男も寺内の隣にいる黒服の男に見覚えがあった。
それは1ヶ月ほど前に国交樹立を無謀にも断った国の使者であった。
「お前はあの時の・・・!
そうか。対等な国交を結ぶ為今度は軍を連れてきたと言う訳か。だが、貴様らのようなみすぼらしい格好の軍ではこの町の自警団にすら敵わないだろうよ。」
その言葉のように、日本兵が慌てた様子で寺内のもとに駆けて来た。
「連隊長!門兵が突破され、武装した市民が多数侵入してきました!」
ローブの男は静かに、それでいて大きく笑みを浮かべたが・・・。
「射撃を許可する。追い出せ。」
寺内は冷静に対応した。
数分前・・・。
クルスは日本軍の役場への侵入を座して見ているだけであったが、事の重大さを認識した自警団約500人が来てくれた。
自警団は6人がかりで門兵2人を押しのけ、短剣を渡されたクルスを含めた残りのメンバーが役場に突入。藤の盾を前面に構える自警団と、杖のような短槍のようなよくわからない武器で立ちはだかる日本兵と各所で押し問答となる。
それを無視し奥へ奥へ進むと日本兵が隊列を組んでいた。クルスは突撃の準備隊形と思い、盾を持つものを前衛に迎撃の構えを取る。しかし日本兵の隊長と思われる人物が叫んだ一言が、自警団を敗北へと導く。
「撃てーー!!」
ローブの男は『射撃』の意味が分からず、笑みの表情を困惑に変えた。だが命令を受けた兵士が去った後赤魔法の基本魔術である炸裂魔法に似た大小の破裂音が連発。自警団員のものと思われる悲鳴も聞こえてきた。
「まっまさか貴様等全員、魔道士・・・!?」
「魔道士?なんだそれは?」
寺内は右腰につけていた鉄の筒を取り出しローブの男に向ける。
「これは外で兵士達が使っている武器と同類のものだ。」
この筒にどんな魔力が施されているか分からないが、とにかくこの筒が火を吹けばどうなるか・・・。
ローブの男は直感的に理解した。自分が死ぬと。
「・・・何が目的だ?」
ここで寺内の隣にいた黒服の男が口を開いた。
「ワイズマンと呼ばれる指導者の身柄を帝国に差しだせ。そして我が国に従うのだ。この国は、天皇陛下の名の下、我が帝国が支配する。」
まるで1ヶ月前に言ったことをそのまま言い返されたようだった。
その言葉に、ローブの男は言い知れぬ憤りを覚えた。まさかこんな蛮族共が求めるのが自分やシドミストンだけに留まらず、ワイズマンや帝国全土に及ぶものとは思わなかったのだ。
「蛮族共が!ワイズマンの名を軽々しく口にするな!!
陛下か何か知らんが、お前らみたいな蛮族の王が、この国を治める!?笑い話にも-」
ズガンッ
ローブの男は自らが思ったことを一切の躊躇なく叫び散らす。
だが炸裂魔法に似た破裂音と共に右肩を激痛が襲う。
「我々だけでなく、天皇陛下に対する侮辱・・・。万死に値する!!」
ズガンズガンズガンッ
ローブの男は寺内によって射殺された。
役場に突入した自警団もクルスを含め全員が戦死。その様子を町の沖合いで見ていた船団から援軍も上陸し、町は帝国陸軍によって完全制圧された。
以後、シドミストンは帝国陸軍の橋頭堡となり、『重機関銃』『戦車』『野戦重砲』に弾薬燃料を陸揚げし、更なる攻勢を掛けんと準備を進めていった。
ペル=トリートリア帝国 首都ビルアラモス・・・。
敵が上陸して来る事はペル帝国にとって誤算であった。
「艦隊が全滅!?一隻も残ってないのか!?」
「沿岸警戒用のフリッグは残っていますが・・・、戦力に数えられるとは到底・・・。」
ペル帝国は一万隻もの船舶を保有していたが、外洋を航海できる船舶が全て撃沈された今、制海権の確保は不可能になっていた。更に外洋諸国の反乱は武力で抑えていたが、陸軍を輸送できる海軍が消失したので、革命を起こされたら止める手立ては無い。
「敵はシドミストンに上陸しましたが、動く気配が有りません。」
「なら好都合!陸軍全軍で押しつぶし、帝国の力を見せつけよ!」
ビルアラモスに駐屯していたのは5000人程であったが、通話魔法で各地に連絡、攻撃開始の前夜に集結できるように調整、予定される総兵力は・・・。
・重装歩兵75万
・弓兵20万
・魔道士5万
と言う大部隊であった。
サルミトル・・・。
こちらに上陸した帝国陸軍15万も10数名の損害だけで、町を制圧した後戦車等を陸揚げして反撃に備えていたが、兵が5万程少ないので北部の軍団より早く攻撃に動き出せる。
そして情報収集にも余念が無かった。
「指令、地図を入手しました。」
「そうか、見せてみよ。」
地図はこの大陸の全土が描かれ、周辺には幾つもの島が見え隠れしていた。そして、それには日本は描かれていない。
「何と読むのだ?」
「やはり読めませんか。この地図は降伏した者が保身の為にと差し出したものです。」
「言葉が分かったのか?」
「分かったというよりも、日本語を話すものですので。」
「言っている事が分かっても書いている事が分からない。何と言うか・・・。」
思っていることがあっても口にする事が出来ない。とにかく複雑な心境になる。
「捕虜に翻訳させろ。読めるものも少しは居るだろ?」
「はっ!直ちに。」
結果、南方軍団の現在地は南の海運町『サルミトル』と分かった、ここから北に300km進んだ所に、ペル=トリートリア帝国の首都ビルアラモスがあった。
進軍の道のりは簡単であったが、南方軍団は飛行場の建設を始めた。何ヶ月先になるかわからないが、飛行場の完成と航空隊の進出を待って進軍を開始する事となった。
数日後・・・。
シドミストンの西7kmの地点にペル帝国の大部隊約100万が集結した。だが、そんな数の軍勢を見落とすはずも無く、既に『ダクメーア平原』に塹壕やトーチカを設置し多重の防衛線が構築されていた。
「100万の大軍・・・、これまでに無く厳しい戦いになるだろうな。」
「海軍の戦艦群も航空隊も、出てくれと言われればいつでも動ける。手応えの無い敵ばかりで些か拍子抜けです。」
「それは陸軍も同じです。海軍に出番を与えるつもりは無い、そう言う気概で挑むまでです。」
ゥゥゥゥウウウウウウゥゥゥゥゥゥウウウウウウワァァァァァァアアアアアア
陣地中にサイレンが響き渡り、敵軍の接近を知らせた。
「戦闘よーーい!」
およそ14kmにも成る長大な塹壕でも、20万人もの将兵が入れるはずも無く、三個師団約5万人が防衛線を、残る15万は後方のシドミストンから支援する事となった。
「発射用意よし!」
『九六式15センチ榴弾砲』、『八九式15センチ加農砲』等の超射程の野戦重砲隊が榴弾を込め、前線からの要請一つで砲撃支援を行える。
前線にも『九二式重機関銃』を600丁に加え『九六式軽機関銃』2400丁が配備され、そう簡単には崩れない強固な陣地となっていた。
100万の大軍と言う前代未聞の敵を前に、俄然士気を高める帝国陸軍であったが、敵の姿を見た途端、一気に闘志が冷めた。
「長槍に、大盾・・・。」
「鎧は・・・青銅か?」
「今年って、何年だったけ?」
「『青琶16年』だったと思うぞ。」
目の前の敵は紀元前の武装で止まっている。近代兵器を揃える帝国陸軍が『負ける』という要素は皆無であった。
司令部の面々もこの光景を目にし、勝利を確信したか報告書の内容を考える始末であった。
「ファランクスを相手に・・・、こっからどう書けば良いと思う?」
「実弾演習でよろしいのではないかと。」
垂直に立てた長槍を水平に倒す。
いよいよ帝国陸軍20万対ペル帝国『魔道重装歩兵団』100万の『ダクメーア会戦』の幕が上がる。