艦隊集結
帝都 東京 大本営・・・。
ゼファージン洋とマーマガルハ洋の制海権を確保し南北から挟撃される可能性は無くなった。残すは東、ルリエナ洋方面。つまりはヨル聖皇国を残すのみとなった。
「さ~て、どうしたものか・・・。」
海軍の幹部達は、デスペルタル大陸に偵察に出した『伊号第八潜水艦(イ8)』からの報告に敵の大まかな隻数が記載されていた。数こそこれまで戦ったペル帝国・ゼル法国・キル共和国とほぼ同数であったが、問題とされたのは艦の質であった。
「五万トン級戦艦7、三万トン級巡洋戦艦5、巡洋艦31、駆逐艦多数。・・・か。」
「それに加え、蒸気帆船一万余隻。数だけは多い。」
「・・・妙だな。空母が居ない。」
「言われてみれば、確かに居ません。」
ヨル聖皇国は大和型や長門型に匹敵するほどの戦艦を保有している事が判明したが、海上での航空有利を得るための空母が見当たらなかった。どこかに隠されているかとも思ったが、足柄と敵航空隊が衝突した『ルリエナ洋事変』から様々な分析を行った。
「敵は船舶に対する航空攻撃が有効であることを理解している可能性が高い。」
「なら何故空母が居ない?海上で航空有利を決定付ける重要な艦ではないか。」
敵が、水上艦に対する航空攻撃が有効な手段であることを認識していると仮定した場合、足柄に対する攻撃は理にかなっているが、それなら集結中の艦隊の中に居てもおかしくない。
しかし、ここでペル帝国、ゼル法国、キル共和国との海戦を参考にすると・・・。
「装甲艦を相手にしたことが無い?」
「考えてもみろ?我が海軍だってこの世界に転移してからと言うもの、一度も装甲艦と相対したことが無い。
もしこの第1海洋界の中でヨル聖皇国のみの造船技術が発達していたとすれば。」
「それなら余計に空母を造るだろう?」
「他国が装甲艦を保有して居たらな。だが木造帆船が相手だったら?
駆逐艦の徹甲弾で十数隻貫通、機銃で処理可能というほどの装甲だ。戦艦なら一隻で数千を相手に出来る。現に長門がそうであったように。」
「確かに・・・。数を揃えられる木造帆船に対する航空攻撃は、空軍の隼が反復攻撃を行っても夜までに全滅させることは出来なかった。」
そして、海軍は結論を出した。
「足柄に対しては、即時攻撃可能な部隊のみが出撃した。」
「つまり奴等は、水上艦に対する航空攻撃の有効性に気付いていない。」
これに基づき、戦術は以下の通りにまとまった。
1、潜水艦隊を展開し敵の航路を算出。
2、機動艦隊の航続距離に長い艦載機で敵戦艦を集中攻撃。
3、駆逐艦を前衛に押し出し軽巡洋艦と共に超射程の酸素魚雷で雷撃。
4、回避行動を取る敵艦を重巡洋艦と戦艦の砲撃で殲滅する。
5、撤退する敵艦は再武装を終えた艦載機による追撃と潜水艦の待ち伏せで掃討する。
「全艦隊に告ぐ、艦隊は即座に東方の『ヴァーブレイア大陸』のノーグスパン泊地に集結せよ。」
ヨル=ウノアージン聖皇国 ルテレベーラ・・・。
総数一万を超える大艦隊が大日本帝国懲罰のために集結。だがやはり、その中でも一際目立つのはヨル聖皇国の戦艦『ビルピッツワーグ』級戦艦である。38cm主砲8門、15cm副砲16門で、舷側は16度に傾斜した実質300mmの装甲に加え、速力は脅威の24ノットと言う高速性を有している。それが7隻も参加している。更にこの艦の補助として5隻の『シャルローグゼナウ』級巡洋戦艦も参加していた。だがいずれの戦艦も対空兵器と言えば、デッキの手すりに後付される7.92mm機関銃だけであった。
「戦艦12隻とは流石に大袈裟ではないか?」
ヨル=ウノアージン海軍の参謀総長『ルッペ』元帥は、艦隊の総司令官に任命された『ガーデルス』提督に素朴な疑問を尋ねた。ルリエナ洋事変で日本が1万t級巡洋艦を保有していることが分かってはいたが、それでも20隻ある内の12隻が参加することに些か不満を抱いていたからだ。
「敵が何隻の1万t級巡洋艦を保有しているかは分かりませんが、12隻も投入すれば確実に勝利出来ましょう。それに、残る8隻だけでも充分に第1海洋界を守ることが出来ます。」
ルッペは、その自信はいったい何処から来るのかと思ったが、ここはあえて触れず別の質問をした。
「ニホンが海上で航空機を展開してきたら?」
ガーデルスはフッと鼻で笑った。
「ありえません。我が聖皇国ですら実現出来ていない事を、我々より技術が未発達なニホン如きができるはずありません。前回は偶々運が良かっただけ。今回は主力艦同士の艦隊決戦です。負けるはずが有りません。」
「そこまで言うなら、全ての責任は貴官がとるのだな?」
「無論です。必ずや勝利し、ディートリア大陸を総統閣下に献上します!」
『海洋界統一戦争』を決戦から局地的な戦闘まで、全勝無敗で集結させたこととで『内集団バイアス』という、自分達が優れ他者が劣っていると思い込む心理状態に加え、海軍内での権威争いに負けたくないという思いから、ガーデルスは威勢を張るしかなかった。
傍から見れば意気揚々のガーデルスとは対照的に、ルッペは言い知れぬ不安に苛まれていた。
だが、ガーデルスはそんなルッペのことを気に留めることもなく旗艦ビルピッツワーグに乗艦。1万を超える大艦隊は蒸気帆船の最高速力8ノットで一路ディートリア大陸を目指して西進する。