ルリエナ洋事変
ヨル=ウノアージン空軍 第53飛行隊 パルーガ第3編隊の隊長グライスマン中尉は、寮機15機を引き連れ目標と思われる艦艇を捕捉した。
「主砲塔5基の1万t級巡洋艦・・・。アレだと思うか?ティルテッド。」
後部銃座に座る相棒、ティルテッド軍曹に確認を取る。
「軍指令曰く、旗に白と赤しか使用していなければ間違い無しとのことですが・・・。」
マストには白色の長方形に中心点から僅かにずれた位置に赤い放射状に広がる線と丸の旗が掲げられていた。それを見た二人は太陽の第一印象を受け、同時に撃沈対象と確信を持った。
グライスマンは無線機を手に取り、部下達に通達する。
「全機、真下に艦艇が居る。」
部下の一人イーノイは機内からグライスマン隊長の言う艦艇を確認する。
「確認しました。」
「<アレが今回の得物だ。>」
海洋界統一戦争を戦った軍人の多くが退役し、グライスマンとティルテッド以外のパイロットは演習の成績こそ優秀であったが、実戦経験の無い新米ばかりであった。
「初の実戦だからってチビんじゃねぇぞ。」
そんな彼らを鼓舞するのに最も効果的なのは・・・。
「だが心配すんな。皆俺の尻にしっかり付いて来い。」
自ら先陣を切ること。
「全機攻撃開始!」
グライスマン機を先頭に、パルーガ16機は一列になって日本の巡洋艦に緩降下爆撃を開始した。
重巡洋艦 足柄・・・。
足柄の対空兵装は高角砲4門と機銃2丁と決して充分とはいえない。よって出来る事と言ったら・・・。
「敵機緩降下!単縦陣で突っ込んでくる!!」
「機関全速!面舵45!!」
艦を操って爆弾から回避することのみ。
緩降下爆撃は約60度の角度で目標に向かって降下し、高度500から1000で爆弾を投下し離脱する。敵編隊と同行戦の形を取れば、角度は浅くなり水平爆撃に近くなり命中率は下がる。
対空演習を繰り返してきた帝国海軍だからこそ取れる最良の行動であった。
「信管作動2000!射撃開始!!」
だが、ただ避けるだけでは効果は薄い。対空砲の牽制と合わせる必要が有った。
足柄は敵機の発するサイレンのような風切り音が木霊する中、対空戦闘と回避運動を始めた。
パルーガ グライスマン機・・・。
「目標まで3000!」
風切り音を轟かせ、先頭のグライスマン機は、エアブレーキを広げエンジン出力を最低にして、300km/hと言う低速で降下し、敵巡洋艦に襲いかかろうとしていた。
だが、突如敵艦から火花が上がった。
「誰が爆弾を?」
「まだ射程外-」
ボォオ
「「うわぁっ!?」」
機体の直ぐ近くで爆発がおき、砲弾の破片が主翼を貫通。大きさの違う穴を3つ開け、白い煙を噴き出していた。
「対空砲とでも言うのか!?」
「・・・。操縦系に以上は無い。各機、爆発に構わず降下しろ!」
「<6番機炎上!!>」
「何っ!?」
一列になっての降下は爆弾の命中率は上がるが、同じコースを通るので被撃墜率も上がる。
敵艦はそのコースに向けて対空砲を連発し、その後も3機が被弾し炎上したが、構うことなく降下し1000mを切った。
「投下!!」
10発、合計2500kmの爆弾が巡洋艦めっがけ降り注いだ。
重巡洋艦 足柄・・・。
高角砲で4機落としたが、止まる筈も無く敵機は爆撃を開始した。
「衝撃に備え!!」
全乗員は姿勢を低くする。
バゴォン バゴォン バゴォン
続けざまに10発の爆発がおきた。しかし、艦長、中澤の目論見どおり僅か2発の被弾だけで凌いだ。そしてその2発とも甲板を貫通することは無かった。
「左舷後部、右舷中央部に一発ずつ被弾!」
「初期な火災が発生しましたが、浸水は認められず。機関も異常無しです!」
「第二戦速、消火及び負傷者の手当てを急がせろ。」
足柄は18人の戦死者と40人の負傷者を出したものの、敵機の航続距離外への脱出に成功した。
ルリエナ洋事変
大日本帝国:撃沈なし、死者18人、負傷者40人
ヨル=ウノアージン聖皇国:撃墜4機、戦死8人、損傷7機
日本の戦略的勝利に終わった。
デスペルタル大陸西部 サガランローダ空軍基地・・・。
ガシャァン
損傷したパルーガの一機、イーノイ機が着陸直後にランニングギアが折れ転倒。逆ガル形状の主翼が屈折部から捥ぎ取れ、三枚のプロペラ全てが折れ曲がり、エンジンから白煙が上がった。
「救護班急げ!」
グライスマンは部下を助けたい気持ちを押さえ、司令室に向かった。
司令室では空軍大将ガーヴィンが待っていた。
「被撃墜4、損傷7・・・か。」
これは空軍の名誉を傷つける結果だと、改めて思い知った。
「それで、沈めたのか?」
「・・・撃沈はなりませんでした。敵艦は対空砲を-」
「対空砲だと!?」
ヨル聖皇国を除く他の列強国はおろか非列強国に航空戦の概念は無い。日本の艦艇が対空砲を使用していることは、日本の航空機の性能は不明なれど航空戦の概念が存在することを意味していた。
そしてその対空砲が艦艇で使われていることは、日本は航空機を海上で扱っていることになる。
「敵艦の写真はあるのか!?」
「ティルテッド軍曹が現像所に-」
「失礼します。」
基地の幹部が一枚の写真を持ってきた。
ガーヴィンはその写真を見るなり・・・。
「高射砲が・・・、4門。」
「ガーヴィン大将、アラドーラは爆撃機として完成させるべきと考えます。」
「無理だ、既に戦闘機として実機試験が行われている。今から爆撃機に用途変更したら、配備は遅れるだけだ。」
ヨル聖皇国のヴァリアン等の戦闘機は航続距離を犠牲にし、重武装と最高速度を重視している。パルーカ等の軽爆撃機は降下時の低速性と安定性を重視していた。
その点から考えれば最高速度800km/h、高初速の20mm機関砲4門を搭載するアラドーラを爆撃機に転用するには無理があった。
ベルマギーア・・・。
「日本の巡洋艦を取り逃がした・・・だと?」
ルリエナ洋事変の結果はヘッケラー総統の耳にも届いた。
「空軍大臣ゲスペル。君の兵士は1万t級の巡洋艦すら沈められないのかね?」
「おっ、お言葉ですが総統閣下。空軍創設以来、1万t級の船を相手にしたことが-」
「君は10分と掛からず沈めてみせると言ったのだぞ?それも意気揚々とな。」
それまでのヨル空軍の相手と言えば大きくて1000t未満の戦列艦であり、仮想敵の基準となっていた。なので、木製装甲の戦列艦10隻を確実に沈めれる編成で出撃させでいた。
どのように言い訳をしようか、額から滝のように汗をかいて考えていると・・・。
「まぁよい。過ぎた事をいつまでも引きずるわけにはいかん。」
「はっ・・・?」
言葉の意味は分からなかったが、自然と汗が引いた。
「ゲスペル、次にあの船と対峙したとき、どれほどの戦力なら撃沈は可能か?」
「・・・。敵艦は対空砲を使用していますので、2個編隊で挟撃すればおそらく。」
「良いだろう。ゲスペル、次は無いぞ?」
「ははぁっ!」
ヨル聖皇国は対日戦争でようやく軍拡の正当性を手に入れ、新兵器の量産を開始。大日本帝国との戦争に磐石な備えを整え始める。
5月 帝都東京・・・。
被弾した足柄は横須賀に帰港し、入渠。ルリエナ洋事変は『ヨルの騙まし討ち』として国内に衝撃が走り、国民に開戦機運が漂った。
しかし、陸軍の師団数がようやく30個まで回復し、海軍も赤城と加賀の改造が始まったばかりで、空軍でもようやく価値観の統一が成された感じだ。こんな状況で本土を防衛しつつ、一万数千km離れたところに攻め込むなど不可能であったが・・・。
「第2及び第7海洋界方面から大艦隊が接近しつつあります!」
ヨル=ウノアージンは、ゼル=ドスツバイ法国とキル=ズーベンオクト共和国を操り日本が治める第3海洋界に攻めてきた。
「艦隊を急行させよ。一兵たりとも上陸を許すな!」
「はっ!」