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黒い心と純白の嘘  作者: えのぐふで
1/3

前編

短い作品を書きました。よろしければ見ていってください。

「先輩、私と一緒に海に行きましょう!」

「ふざけんじゃねえ」

 季節は冬に入り――どころか大雪の降りしきるある日に、俺は愛すべき後輩――犬崎(いぬさき)千歳(ちとせ)から海水浴の誘いを受けた。このときばかりは恥ずべき後輩だろう。

 授業が終わったとたんに俺の教室にやってきて、何の用かと思えばこれだ。

「馬鹿かお前は。今何月だと思ってる、1月だぞ?」

「先輩は分かっていませんねえ。1月だからですよ。これが7月や8月、というか1月以外なら先輩を海に誘っていません」

「大した嫌がらせをありがとう。いいよ行ってやる。俺はお前をどこの海に沈めればいいんだ?」

「冗談キツイなあ」

「知ってるか? 日本海は深いんだ」

「先輩キツイなあ」

 千歳は深くため息をつく。どうしてこんな対応をされなければいけないのか、理解ができない。

「いいですよ、本当のことを言います。私はですね先輩、思い出作りをしたいんですよ。何かこう……特別な感じの!」

「思いっきり私情じゃねえか。俺の都合も考えてくれ」

「いや先輩、まずは私の気持ちを考えてください。自分の都合と、とおぉぉっても可愛い後輩の都合、どっちが大事なんですか?」

「そういうことは自分で言うな。はぁ……」

 あきれた俺をよそに、千歳は話を続ける。

「私ですね、先輩。年が明けてから全くと言っていいほど思い出が作れていないんですよ。何の面白みもないつまらない年始を過ごして、何の刺激もない学校生活に戻ってしまっているんですよ。そんなの面白くないでしょう? だからまずは、年明け初、並びに人生初の寒中水泳に挑戦しようという魂胆ですよ。どうですか、面白そうでしょう?」

「ああ、面白そうだな。お前がガタガタと震えている姿が目に浮かぶ」

「嫌ですねえ、それを防ぐために先輩に一緒に来てもらうんじゃないですか。私が死んだら大変です」

「なんで俺がお前のヘルパーをしないといけないんだ」

「もしかしたらドクターになってもらうかもしれませんね」

「死にかけてんじゃねえか」

 冗談のキツイ後輩だ。やろうとしていることも中々キツイ。

「本当のことを言いますと、単純に先輩と遊びたいからですよ。一人より二人の方が楽しいです」

「……それはいいけど、何で海なんだよ? 遊ぶったって、もっと別のものがあるだろ」

「それはまあ、遊び心ですよ。変わったことした方が面白いじゃあないですか」

「まあ、分からんことはないが……」

 ロシアでは寒中水泳は盛んらしいが、日本ではあまり見ることはない。あんな寒い国でこそ流行っているというのは、中々恐ろしいものだが。

「というわけで先輩。早速、今度の日曜日に行きましょう」

「は? おい、ちょっと待て」

「大丈夫です。ルートは調べ済みで、プランは練り済みです」

「いや、そういう問題じゃあ――」

「なんですか、もしかして他にも行きたいところがあるんですか? まったく、我がままですねえ。まあ私は寛大な心を持つ後輩なので、多少の要望は快く承りますよ。えっへん!」

 勝手に話を進めて、勝手にふんぞり返っている。なんて勝手な女だ。

「――はあ、分かったよ。行ってやる。お前の要望通り、どこへなりともな」

 こうなるともう、俺が誘いに乗るまで千歳は引かないだろう。こうなってしまえば、この場は早めに収めておくのが正解だろう。後のことは後から考える。

「本当ですか? やったあ! 決まりですよ先輩、この会話は録音させてもらいましたからね! もう後から言っても遅いんですから!」

「無邪気なのか計算高いのかどっちかなんだよ……」

 全く甘い先輩だと、つくづく思ってしまう。

「一緒に楽しみましょうね、先輩!」

 どうやら俺は、可愛い後輩には少し弱いようだ。

 断じて、少しだけだが。

                  ※

 朝を告げる、大してやかましくもない鳥の声で目を覚ました。今日は日曜日、千歳と海に行く日だ。思い出すと、布団から出たくなってきてしまう。

「はぁ」

 だらだらと起き上がり、軽い朝食とともに準備をはじめた(ちなみに両親は俺が出かけることに合わせて、二人で温泉に行ってる。仲のいいもので、非常に羨ましいことだ。俺もそちらに行きたかった)。

 何の気なしにテレビをつけると、朝のニュースをやっていた。

『次のニュースです。昨日、市内の海に海水浴に来た八十代男性が死亡しているのが発見されました。原因は急激な体温の低下と見られており――』

「恐ぇ……」

 こんなニュースを見てしまうと、さらに行きたくなくなってしまう。

 しかしそんなことは許さないと、携帯電話が鳴った。

『先輩、今日のこと忘れてませんよね? 八時に集合ですからね!』

 心の声さえ聞きとる地獄耳に、俺の心は丸見え、もとい丸聞こえだった。

「……はぁ」

 より一層深いため息をついて、準備を終えた俺は家を出た。

 海についたら精々、準備運動を欠かさないことにしよう。 

                  ※

「いぇーーーい! 海だ―!」

 予想以上の喜びを爆発させた千歳とともに、俺は海にやってきた。当たり前だが、とてつもなく寒い。季節は冬だ。日差しこそ照っているが、そんなものは些細な温かさで、本当に寒い。

 電車に乗り、海からほど近いとは言えないような駅から歩き、2時間ほどかけてきたのが悔やまれる。

「先輩見てくださいよ、海ですよ海! いやあやっぱり良いですねえ、生命の神秘を感じます。綺麗なところをチョイスした甲斐がありました。ほら見てください、ここからでも海の中の砂が透けて見えますよ! こんなに良いところ中々無いんですから! 実は奥に行くと結構深かったり、絶好のダイビングスポットの崖とか、スリリングな面も完備してたりする完璧スポット何ですよ?私に感謝してくださいよね! あ、感謝って言っても、お返しにダイヤのネックレスとかやめてくださいね。重いですから。程々なプレゼントが結局はちょうど良いんですよ。さあというわけで早速遊びましょう! 着替えなら大丈夫です。前もってきちんと水着は着てきましたから。あ、先輩変な想像してないですよね? もう、仕方ない男ですねぇ! 可愛い後輩の可愛い水着姿を見れるからって、ヘラヘラしないでくださいよ? さあ、早く着替えてきてください! どうせ人なんていないんですから、そこらの茂みとかで着替えてきてもらって大丈夫ですよ? 私は先に泳いでますから大丈夫です!」

 元気すぎる、なんだこいつ。

「あんな長旅だった癖に、よくもそんなに元気でいられるもんだな……」

「そりゃあもう、念願の海ですから。というか、長旅になった原因の一端は先輩にもあるんですからね。本当ならバスに乗る予定だったんですから」

「まあ、それは……すまん」

「別にいいですよ。仕方のないことではありますから」

 俺は夏休み――それこそ海にはとっておきのシーズンだろうが――に、交通事故にあった。

 自転車で遊びに出かけていた途中、暴走したバスが歩道に侵入し、思い切りぶつかった。命に別状はなかったが、足と手を一本ずつ折ってしまった。そのため夏休みのほとんど、さらには二学期の初めの方を病院で暮らす羽目になってしまった。

 あれ以来俺は、バスに乗ることができない。半年ほど経とうというのにこの状態とは、案外弱い男だとあきれてしまう。どうしてもあの日の映像が、バスを見ただけで蘇ってしまう。

「あれだけ大きい事故で、今ぴんぴんしてられるのが本来奇跡みたいなもんなんですから、ここに来れてるってだけでも恩の字ですよ。良かったですね、こんなに可愛い女の子と海に来れて」

「……なあ、お前もしかして――」

「さー、遊びますよー! 先輩、早く着替えてきてください。いい加減この格好でじっとしてるのは寒いです」

「この格好って、まだ着替えてもない……って、いつの間に着替えてんだよ」

「先輩がかっこつけてしんみりしてる間にですよ」

「かっこつけて……」

 知らない間に千歳が上着を脱ぎ棄て、水着姿になっていた。女の子らしい小柄な身体に、可愛らしい色合いのビキニが装着されている。本当に下に着ていたようだ。

「先輩。今、後輩の水着姿に興奮しちゃってます? きゃー、いやらしいー」

「しねえよ。本当、準備が早い奴だな……。分かったよ。準備してくるから、先に遊んどけ。あ、準備体操はちゃんとしろよ」

「分かりました。早く来てくださいね!」

 千歳は元気そうに砂浜に走っていった。一つしか年は変わらないはずなのに、まるで小さな子供を見ている気分だ。あの元気さには敵わない。

 さあ、何にせよ海水浴だ。来てしまった以上は仕方がない。せいぜい楽しむとしよう。本当に人がいないようなので、そこらの岩陰で着替えてくることにしよう。

「うぎゃー! ゆ、指にサワガニがー! 地味に痛い!」

 ……本当に、元気なものだ。

                  ※

 着替え終わった俺は、パラソルの組み立てに取り掛かった。最低限のバカンス感を出そうという、千歳からの提案だ。

 シートを敷き、そこにパラソルを立てる。ここだけ見れば、気分は夏休みだ。

 次に荷物を移動した。お互いに荷物は少なく、持ち運びは簡単だった。

「……それにしても綺麗な海だな。夏に来れたら最高なんだが……」

 歩きながら何気なく海を見ると、とても綺麗な海が広がっている。

本当に残念だ。こんなに夏の似合うスポットはない。まあ、夏には来ようと思っても来られなかったわけだが。

 不意に、千歳が脱ぎ捨てた服のポケットから何かが落ちた。慌てて拾おうとしたところで、その手が止まった。

「……何だこれ?」

それは、ラベルの貼られたビンだった。仲は良くは見えないが、何が入っているかは大体想像がつく。

「薬……」

 何だかざわざわとした感覚が、俺の心を蝕んだ。

「せんぱーい! まだですかー?」

 遠くから千歳が大きな声で呼んでくる。

「おー、もう行く!」

 急いで準備を済ませて、俺は千歳のもとへと向かった。

                  続


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