第九声 「殿方は存外に臆病で意気地が無いものですわ」
呼称を変更されたキャラクターです。大惨事です。
・メイガス 「副官魔女」 ➡ 「副官長女」
・サキュバス 「夢魔」 ➡ 「夢魔次女」
・リッチ 「不死魔術師」 ➡ 「骸骨村人」
最果ての国の東端と魔王国は国境を挟んで隣接しているのではなく、軍事境界区画により隔てられいる。この境界区画は大きくて広い。最果ての国の三分の一を縦に切り取り不可侵地帯として世界連合軍が接収した形になっていた。
この縦に長い軍事境界区画のすぐ傍を南北に並ぶように前線基地が四つ設けられて、その背後には対魔物用の要塞が静かに居を構えている。魔物の侵攻があっても先ず前線基地からの部隊が足止めし、要塞の神官戦士団が特殊退魔武装に身を包んで魔物を押し戻す。
しかし実際に最果ての国に対魔物用前線基地が設置されてからは人間と魔物による大きな衝突は起こっていない。兵士の士気・練度は下がる一方だ。それどころか、連合施設の財政的な維持すらままならない。
世界連合本部は前線基地の縮小及び撤退に踏み切るが、当事者である最果ての国は堪ったものではない。実際に魔物の脅威にさらされているのは最果ての国の国民だ。
最果ての国の王は、前線基地の維持を国費で賄う決断をし、財政は破綻した。
あらゆる友好国からの借金でのみ、最果ての国は存続していた。
民の税負担は増え、国を去る者も多い。
おまけに魔物の脅威から民衆を守る駐屯兵たちが率先して民衆の脅威となった。
そして責任を総ては魔物に押しつける。
最果ての国は人間自身の手で死につつあるのだ。
『金策だけならば問題なく最果ての国と友誼を結べたはずです。軍事境界区画を廃し、不可侵条約を秘密裏に結ぶことも可能でしたが、この国はもう手遅れです。民は絶望し、兵は国を蔑ろにする。このような国と関わる利点は微塵もありません。故に!』
元某国が第一王女、現姫魔王は高らかに宣言する。
『最果ての国の病巣を完全に取り除くのです!』
「要はこの国を救う、そういう話しだな姫」
『流石は元魔王さま。ご慧眼恐れ入ります』
副官長女は現統治者と前統治者が視線を交わす様子にやきもきしながらも、具体的な計画を脳内で走らせた。姫魔王が唱える「人間の法での裁き」を行うためには、裁く相手を用意する必要がある。最終的には判断を誤った最果ての国王が、姫魔王の裁く対象に入っているのかは不明だが、現時点での標的は確定している。
「元世界連合軍所属、現在は最果ての国前線基地、第二分砦の遊撃隊隊長と彼の子飼いの兵」
『相変わらず副官長女さんはお仕事が早くて助かります。流石は自慢のお姉さまですわ』
元魔王の青年が駐屯兵として現場での情報収集に勤しんでいたとき、三姉妹もただ酒場経営をしていたわけではなかった。
姫魔王が呼び寄せた使役魔十二鬼を副官長女が心身共有の魔術で同時制御し、最果ての国中に放っていたのだ。事件の頻度は高いが、対象の絞り込みには相応の期間を要し、結局は三ヶ月を酒場経営に費やすことになってしまう。
「時間をかけ過ぎました。犠牲者の四人には申し訳なく思います」
副官長女は強く拳を握る。使役魔を通じて視ていた事件の全貌を思い出し、義憤を覚えているのだ。無理やり乱暴された年端もいかない娘たち。雄と雌の匂い。汗と涙と血が混ざった味。怒号と嘲笑と下卑た命令、悲鳴と嗚咽と逆らうことができない恐怖と絶望。
姫魔王の『絶対に殺めてはなりませんよ』との勅命さえなければ、副官長女は総ての砦に濃酸降雨の術式を繰り出していただろう。
『副官長女さんは悪くありませんよ。悪いのは獣の如き悪漢共なのですから』
「物のように扱われた娘たちに罪も落ち度もありませんでした。それは殺された新任薬師の若者も同様です」
『副官長女さんはお優しいのですね』
姫魔王は自分よりも上背のある副官長女の頭を撫でてやろうと背伸びをしたが長くは保たず、夢魔次女が用意した椅子の上に靴を脱いで上がり、今度こそと慈愛顔で抱きしめた。
『よしよし、いい子いい子』
「ひ、め、魔王、さま?」
いつものように天然でふざけられているのかと勘ぐってしまう副官長女だったが、高位者から賜る抱擁は思いの外、心地良いものだった。
『人間って本当に面倒くさいんですよ。仮にわたくしたちが事件を解決し犯人らを断罪したとしましょう。でも、それでは何も変わらないんですよ。砦の兵が魔物に襲われたでお話しは終わりです。わたくしたちの義憤は解消されますが、別の誰かがまた同じことを繰り返すだけです。だから人間は人間の法で裁いて頂くのが一番なんですよ』
抱擁を解いて、姫魔王はちょこんと椅子に腰掛けて脱ぎ捨てた靴を履きなおす。それを夢魔次女が甲斐甲斐しく手伝う。
『わたくしたちは人間よりも大きな力を使うことができますよね? 副官長女が本気で魔術を行使すれば前線基地なんて、あっという間に壊せるでしょう? だからこそなんです! 力を持つ者は、ちゃんと使い方を考えないと大変なことを招くんですよ。わたくしたちにできるのは事件を解決するための、ほんの少しのお手伝い。いま夢魔次女ちゃんがやってくれているみたいな、靴紐を結んであげるようなことなんですよ』
勢いよく姫魔王が椅子を立ち、夢魔次女にも同じように抱擁する。
いつもの抱き枕にしか見えない旨を、副官長女は飲み込んだ。
『さてと、次はわたくしの行動順ですね。夢魔次女ちゃん上着を下さいな』
「姫魔王さま、どちらへ行かれるつもりですか?」
三ヶ月の接客給仕で着慣れた質素な布の服の上から、雨避けに着る外套を羽織った姫魔王はくるくると三回転してから「決まっているではないですか」と薄い胸を反らして、不器用に指を鳴らし、鳴らし損ねた。
決め姿勢のまま固まっている高位者に恥をかかせるわけにはいかないと、姫魔王の影から立ち込めた霧は大柄な長衣姿の骸骨へと変貌し、臣下の礼をとった。
不死魔術師だ。
そして不死魔術師は間もなく、高位者の命令で長衣を剥ぎ取られてしまった。
姫魔王が姫であった頃から不死魔術師が長衣を剥ぎ取られることは茶飯事なれど、事後の姿は単なる骸骨戦士と差は無く、判別するには魔力の多寡によるしかない。
姫魔王は予め用意していた変哲のない村人の作業着を不器用な手付きで骸骨に着せていく。世話好きの夢魔次女が仕事を見つけたとばかりに姫魔王に代わって骸骨村人を着付けていった。
姫魔王は酒場の厨房に無造作に置いてあった麦を保存する麻袋を、骸骨村人の頭蓋骨に被せる。よく研がれた果物ナイフを手の中で弄んでから、逆手で麻袋に突き刺した。ベロンとくり抜かれた麻袋の奥に、赤い眼が恐怖に爛々と輝く。もう片方の眼と口にも穴を開け、木炭で眉毛や髭、耳にほうれい線を描き加えることでることで麻の仮面が出来上がった。
◇◆◇◆◇
『あのですね骸骨村人さん。わたくしたちは一応これでもお忍び行脚なんですよ。隠密行動なんですよ? 地味で質素でそこはかとない生活を送る、酒場の清貧な三姉妹と常連の駐屯兵さんなんですよ。そんな普通で一般庶民のところに膝を着いて礼をする骸骨村人さんが現れたらどうなりますか。骸骨村人さんがわたくしの立場だったらどう思いますか? ちゃんと反省して下さい!』
骸骨村人は爛々と赤輝する眼を伏せ、高位者のお説教に対して真摯に耳を傾けながら自らの迂闊さを悔やんでいた。骸骨村人生活二百余年、出会う者総てに恐れられ憎まれ嫌われ忌避されてきた恐るべき魔術師の成れの果て。先々代の魔王から仕えて、人間達の魔手から魔王領を守護してきた。魔術師としては副官長女や魔王さえ凌ぐ腕前で、知識量は世界中の図書館が保有する蔵書の合計にも匹敵する。
それが生誕して十余念の小娘に、魔の存在証明を継承して三ヶ月強の姫魔王に使役されている。
それどころか夢魔次女や使役魔よりも酷い扱いを受けていた。
沸き上がる不満や憤懣や屈辱は当然あった。
ほんの数ヶ月前は確かにあったのだ。
『もう本当に骸骨村人さんの被虐趣味は仕方がないですね』
骸骨村人は、小柄で凹凸のない童顔娘に虐げられることが、ひたすらに幸福だった。
心身共有魔術を介して、使役魔の視覚で繋がった副官長女は心底詰まらない二人のやり取りを無感情に見守りながら自身の存在意義について真面目に考えていた。
この姫魔王はやはり致命的に阿呆だと再認識する。
そして偉大だと尊じ敬っていた骸骨村人に軽蔑の視線を使役魔越しに送っていた。
しかし、いくら阿呆な姫魔王でも加虐被虐漫才をするために骸骨村人を召喚したわけでないことは理解していた。偉大な魔術師である骸骨村人は、死者を呼び出す術にも長けていて、尚かつ支配できうるのだ。狙いはひとつしかない。
「新任薬師の若者が、殺められ捨て置かれた場所は、この茂みの先です」
『ありがとうございます、副官長女お姉さま。さあ骸骨村人おじさま、ふらふらと歩かず、まっすぐ歩いて下さいね!』
盲目でもあるまいし、と目出し帽子同然の被り物をした骸骨村人を叱咤し、姫魔王は茂みをかき分けて藪を迷わず進んでいた。
「あらあら、こんな夜更けにお出掛けなんて危ないわね。危ないわよ。悪いお兄さん方や、恐ろしい不死の魔物に出くわしてしまうかもしれないわ。小さなお嬢さん」
『それはご丁寧にありがとうございます、聖女さま。殿方は存外に臆病で意気地が無いものですわ。それに、本当に危険な存在とは不死の魔物などではなく、聖者の皮を被った冷徹な殺人者に他なりませんのよ』
姫魔王は歩みを止めて、にこりと冷たい姫微笑を浮かべて、スカートの裾を持ち上げた。
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