第四声 「ネコちゃん、お急ぎ下さいませ」
「ーーAhaaaa!ーー」
同胞を消し飛ばされた蒼穹竜は大蛇が這いずる動きで空を駆け上がり一直線に魔王に迫った。元は大樹をも飲み砕く顎をもつ毒沼竜の体躯よりも大きく長く、そして速い。陸海空の区別なく、蒼穹竜は青く巨大な星となり体当たりを仕掛けた。
魔王が紙一重で避けるたびにオリハルコン外壁が食い破られる。城の至る箇所に大穴を穿ち、蒼穹竜は波と見紛う動作で暴れ狂い、轟音と爆風を撒き散らせた。
『疎ましい青蛇ごときが』
黒剣は刹那で十七度の剣線を描画するが、光速でのたうつ蒼穹竜の鱗が斬撃を総て受け流し決定打に至らなかった。蒼穹竜も怒りを露わにして全身を凶器に、小さな強敵を排するために攻撃の手を休めない。雷撃を吐き、咆哮し、牙を剥き、爪を振るい、翼で薙ぎ払い、背鰭を立て、蛇尾を打ちつける。
体の重心移動だけで回避していた魔王も、翼状の力場を纏い空中戦に臨むが蒼穹竜はーーーー聖獣は魔王を圧倒していた。
顎門と牙は魔王を肩口から黒剣を噛み千切り、不死鳥を消滅させた魔王の稲妻以上の雷撃を放出する。右腕を失い、雷撃で焼かれ墜ちる魔王を追撃し再度牙を突き立てた。
『善いだろう、認めよう聖獣の力。我が全力を以て灰燼に帰してやる』
半身を蒼穹竜に食まれながら、魔王は左手を聖獣の鼻先へかざし、不敵に嗤う。
『見よ蒼穹なる竜よ、そして味わうが善い。これが滅亡をもたらす魔王の力だ』蒼穹竜の鼻先から立ち上る闇紫の焔が三条の矢となって天の彼方に放たれた。
『黒夜流星群!』
晴天が黒一色に覆われ、陽光はなりを潜める。魔王の術式により領内のみが真の夜に支配された。真の夜から黒い雨が降り注ぐ。純粋な闇を孕む高密度の魔力の結晶は、闇に属さぬ総てを貫く針となる。
世界七大禁忌に指定された黒夜豪雨をさらに発展させた黒夜流星群が降らせるのは針ではなく魔力の塊そのものだ。闇の魔力塊は術者の意志に従い、破壊を実現する。
悲鳴すらかき消し、蒼穹竜は無数の魔力塊に打ち抜かれ、青鱗の欠片ひとつ残らず存在証明を失った。
『つくづく勇者というものは出鱈目だな』
呟くのが精一杯で、魔王は地上への落下を覚悟し、目を閉じた。
◇◆◇◆◇
某国の姫が瞳を曇らせたのも数えるほどの時間で、すぐに得意の姫微笑を浮かべて副官魔女に笑いかけた。一瞬姫を支配した哀しみはキレイに立ち消え、無邪気に白虎獣を抱きしめる。
副官魔女は戸惑いながらも、姫を夢魔と三頭犬に任せて姫の部屋を後にした。
「魔王様」現存統治者たる主の顔を思い浮かべ、唇を強く噛み締めた。魔王の許可さえあればすぐにでも始末するべき厄災の種だが、許可など下りるはずがない。
(よく抑えたな副官魔女)
念話による思考支配に彼女は身構えて周囲に目を走らせた。念話を行える魔物は上位種のみで、副官魔女
(メイガス)の思考に優先して割り込むことが可能な存在は限られている。
現存統治者の魔王。もしくは、
「魔王総体!?」副官魔女は慌てて膝をつき、最高位者への礼の姿勢をとった。
(気負わずとも善いぞ副官魔女。其方の主は現統治者であって我らではない。畏まらずとも構わぬよ)
深く頭を下げたままで応じる副官魔女が堅物だと認識して、念話相手は言葉を続けた。
(現統治者は世界天秤による均衡をよく理解している。初めはたかが小僧だと我らも冷視しておったのだが、数十年余りで現状の世界均衡を作り上げおった。才覚も手腕も歴代随一だ。魔の統治者としては、やや生温さも拭えないが保持する魔力も、存在証明もが我らに遜色ない器であった。現統治者は間もなく我らが魔王総体の列に加わり、第一主核として次代の魔王を導いていくであろう)
「お待ち下さい魔王総体、その言い様ではまるで現存統治者が滅びるようにも聞こえます!」
副官魔女は遠見の魔眼を魔王の動向に合わせて青ざめた。
幻魔黒剣を振るい輝双翼の展開・飛翔状態で迫りくる蒼穹竜を迎え撃ち、応戦している。
「第二段階まで解放しているのに!?」
(かの聖獣は創世級に値する力を持ち合わせておる。単独で世界を造り替えることも可能であろう。現統治者でも危うい難敵だ)
「そんな」
(実力は伯仲だが、敗北の公算もある。副官魔女よ、其方には次期統治者として継承の儀を受けてもらう。常世の祭壇は既に整っている)
副官魔女は未だに聖獣と死闘を演じる魔王に視点を合わせたままで、主君を無い者と扱う魔王総体に内心で悪態つき虚空を睨み付けた。姿はないがかの存在は魔王領の総てを知り得る。副官魔女の不服の態度を見通していることも、今の彼女にはどうでも良いことだった。
「魔王様、どうか」
遠見の魔眼に強く念じながら、副官魔女は離宮の外に走る。
強大な魔力波動が領空を濃く覆い、黒い恵みの雨を大地に注いだ。魔王の秘術のひとつ「黒夜流星群」の余波が、魔物達に活力を与えている。
同時に、悲鳴とも咆哮ともとれる聖なる光の断末魔が起こり、蒼穹竜は痕跡すら失う。
そして魔力を維持できなくなった魔王は地表への落下に身を任せた。
◇◆◇◆◇
「魔王様っ!!」
副官魔女は叫んで飛行魔術を全解放で宙を舞った。
(止めろ副官魔女、魔王に近づくな。屠られたとはいえ聖獣の影響は皆無ではない)
「黙りなさい!」念話に対して抵抗魔術をぶつけて妨害しながら、手の中で魔力で魔王を受け止めるための落下制御の術式を正確に編み込んでいく。
「間に合わない!」
最優先で構築する力場形成が仇となり飛行速度が上がらず、魔王総体からの要請が頭痛のように響き集中が乱される。魔眼を含めて四種魔術の同時行使に苦はないが、魔王を失うかもしれない恐怖と焦燥が副官魔女の実力を阻害していたのだ。
だから気付けなかった。背後に色濃く迫る聖なる波動と、その騎乗者に腕を引き上げられるまで、副官魔女は遙か上空から墜ちる魔王のみを視ていたのだから。
「副官魔女さん、受け止められますか!?」
黒い雨に打たれて尚、姫は蒼白な顔色を感じさせない穏やかな笑みで副官魔女の手を、彼女が振り落とされぬように握りしめていた。姫は白い聖獣を駆り、全開飛行の副官魔女の速度すら超える速度に耐えながら笑うのだ。
「可能ですか?」
「必ず受け止める!」
「お任せ致します。ネコちゃん、お急ぎ下さいませ」
「ー-Gruuuu-ー」姫の語りかけに呼応し、成獣化した白虎獣が光を纏い跳躍だ。
一秒未満の急加速。二人は魔王の真下にあった。
瞬間移動の衝撃が二人を吹き飛ばさんと襲うが、姫は聖獣の首にしがみついたまま副官魔女の手を離すことはなかった。
そして副官魔女が落下制御の魔術を途切れさせることもない。
見えない手で受け止められたように緩やかな下降を始めた魔王の姿に副官魔女は、あと少しと自身に言い聞かせながら術を制御した。
そして黒い雨に弱りながら彼女の手を離さず強く握り続ける某国の姫の手を、軽く握り返した。
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