第二十六声 「あなたが以前やって見せたことを、あなたにする日が来るなんてね」
ヒメマオ物語、いよいよのクライマックスです!
魔の族とは高位の魔力を内包して、知性と理性を有した天秤の秩序に従う天上視点をもつ人類を指した概念。力は人類のそれを越える。
彼らを従えるものが魔王。
三種の秘術を授かり、行使できる器とカリスマ。
冷徹なる自律心。
膨大な存在証明に呑まれないだけの意志が不可欠。
元が人間であろうが条件を満たして資格を得れば、それは叶う。
世界の深層に積み重なった過去の魔王たちの記憶の混同共存系、魔王総体が認めさえすればよい。
凡人でも貴族でも、獣や羽虫にさえも機会はある。
数千年の暦を過ぎて尚、存在が途切れたことはない。
いくつかの例外を含んだこともあったが、概ね歯車の巡りは噛み合い、世界を影から支えて保ち、緩やかな輪廻を回し続けていた。
その輪廻は今まさに崩れ落ちていく。
世界の命運と、万象の未来と、天秤の秩序もろともに。
彼女は彼女ではない。
案惨たる混沌を材料に折り重なり、形成された恐怖と絶望と狂気の集合概念。
魔物ですら表現には生温い。
馬でも丸呑みにできる蛇と竜の顎。巨木の根のような首が伸びる。
蜘蛛の胴体と八つの節脚を生やし、蠍の尾は無限にも届きうる長さ。
胴体から上方に暗黒の茎。
青灰の大葉と、赤紫に中葉。
銀とも闇とも取れない霞んでくすんだ薔薇の大輪。
中央からは彼女が上半身を剥き出しに、呪いの眼で破滅を具現化させていた。
超音波を孕んだ不協和音。可聴音域を超越してただ破壊を付与する。
節脚の一歩が大地に漆黒の膜を敷く。命あるものを奪い、ただの影に帰すために。
彼女の部分から名残る髪はいっそ神々しい。
天より降り注がれる破滅の雷光は、
天地創造の際に神が鳴らしたとされる鎚の一撃にも等しかった。
彼女はただ意思もなく嘆くのみ。
感情は破滅。
表現も破滅。
目的も破壊。
手段も破滅。
そこにある意味すら破滅。
顕在化した破滅が、彼女。
彼女こそが破滅なのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
天上の雷光が迸り、不可視の衝撃波。
闇の秋雨が猛威を振るうが、翡翠の鬣を数本断ち切れただけだ。
四本の獣脚が疾走天駆する。
一歩一歩が瞬間移動。
黄金の波動を立ち上らせる翡翠獅子が冷静に破滅の気配を辿り、秒未満の回避を幾度も繰り返した。
聖なる獣として力を内在する身なれど、加護はある。
神のものでも、魔のものでもない、賢人のもたらす奇跡。
「四術拡張、絶対守殻」
清麗の歌声。唱えられた力強い呪文は、最強無比の盾を同時に四枚重ねる独自配合されたオリジナルの術技。
聖剣、魔刃と称されども貫くのは用意ではない。
が、
黒銀の稲光は四枚重なった最強の盾をいとも簡単に貫き通し、存在を虚空に滑り込ませた。
「まったく出鱈目ね、姫魔王さま。術式ごとの魔力分解。いいえ概念分解とでも定義付ければいいの?」
思考を走らせつつも副官魔女は破滅を行使する化身を苦々しく見据えて対応を検討していた。
そして結論は即座に副官魔女の手の中で織り上げられる。
「破滅の化身であれば」と。
固有魔術の四術詠唱を、両方の手で練合する。
「構成要素、集約。破砕、劣化、消耗、擦過。断裂、分離、歪曲、圧壊」
似て非なる八つの要素が矛盾なく、等価値で混合配置。
ガラスに細工を施すように繊細で、同時に大胆に構築し上げる。
光の速度で翡翠の獅子が残光だけを撒き散らす。
乗り手たる賢人の末裔たる魔女は、思い付く限りの術技を組み上げては放つ。
それでも破滅の化身は留まるを知らなかった。
副官魔女の数多の術技を、漆黒の樹林は飲み込んで無に還元する。
「これでもダメか。ならば何度でもぶつけてさしあげるわ! 姫魔王さまの無茶苦茶が始まったのは初めてあった日からなにひとつ変わらないのだから!」
構成要素と呟いて、魔女は新たに材料を加味する。
片方の手の、指一本につき四術詠唱。
合計要素は二十練合。
破滅原理でさえも破滅に誘う、虚無の原点。
「いい加減にお静まりなさい! 本気でこの世界を滅ぼすつもりですか!?」
烈火の如く胎動する魔女の絶技が放たれる。
破滅の化身は身に纏った黒い森を展開して何もかもを分解して、雷雨を降らせる。
悪夢は未だに終わる気配がなかった。
「この、、、強情なわがまま主人!」
回復したはずの魔女の存在証明が過負荷に耐えきれずに焼き切れて、右腕には激痛が明滅していた。左腕はまだ生きているが、二十練合でさえも無効化する化け物に二度目が通じる由もない。
「あなたがどれだけ悲しんで、この世界を破壊しようとも虐殺聖女は生き返ったりはしないのよ!」
衝撃波の嵐。
地獄の業火。
大地の凶鳴。
暗黒の樹林。
悪鬼の泣き声を代弁する豪雷。
意思も意図も見受けられない。
破滅を体現した姫魔王は、破壊を撒き散らす。
「毎度毎度の制御不能。世話が焼けるったらない!」
悪態をついても打てる手だては思い付かない。
対象を凌駕する魔力は捻出できない。
左手だけが稼動できる。
時間にも命にも限りはある。
世界の命運とてその範疇にある。
「、、、あなたが以前やって見せたことを、あなたにする日が来るなんてね」
副官魔女は人獣一体の騎乗補助術式をかけ直して、新たな術技を構築する。
「精霊義手」
虹の光彩を再現した魔女の左腕。
「滅びなど恐れるに足りない。この世界は初めからわたしを拒絶していたのだから!」
感覚の少ない手で翡翠獅子を撫でる。
聖なる四足獣は光さえも置き去りにして、跳躍した。
副官魔女は僅かに微笑んでから、一撃必殺の左腕ごと、破滅の化身へ突き進む。
黒い森。螺旋状の憎悪。荊と棘。
触れるだけで滅びを付与する、この世ならざる無法の術。
翡翠獅子は空を掴み蹴り、幾億もの滅びの先端をかわしきる。
騎乗補助の術式は解かれた。
慣性に弾き飛ばされるように副官魔女は最強の刃を内に秘めたまま、姫魔王の残る部位に、胸に精霊義手が抉る。
「・・・・・・悲鳴のひとつ。苦悶の一言もなしですか。常々あなたは痛みに強すぎますね」
悪鬼の眼差しはどこかしらの虚空を彷徨ったままだ。
「いい加減に悪夢から目覚めなさい」
精霊義手が探る。
姫の、魔王たる証を。
『uuuuuuuuuuuu』極黒の双眸が見下ろす先には魔女が不敵に笑う。
「ようやくこちらを向きましたね。それともお話をする気になりましたか?」
ぐい。
奥底の岩じみた塊に爪を立てる度に、破滅は嘆く。
「御しきれない力であれば有する資格はありません。返してもらいます、統治者の印を!」
完全なる終焉が巻き起こったが、世界は滅びることはなかった。
悪鬼の胸を裂く器は、神聖なる波動に満ちた刀身を生み出して、
それらの一切合切を浄化せしめる。
「十字聖剣!」
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