第二十四声 「今度と言う今度こそは、キツイお仕置きを覚悟してもらいます」
ヒメマオをお待ちいただいていた皆様。
お待たせです!
短めですが第24話できました!
雷鳴のごとく慟哭する。
意図せずとも内に秘めたる無尽の才が沸き立ちて、小さな体から溢れだした。
『ーーーーーー、ーーーーーー!』
哀しみによる叫びは大いなる衝撃波を幾重にも生み出した。
渇いた風が逆巻いて天を穿つ。
一帯の熱量が上昇し、あらゆる水分が干上がった。
森は瞬時に涸れ落ちて、激震する大地は砂埃を上げて砕ける。
砕けたクレバスからは烈紅の溶岩が推し進み、地上を炎の色に塗り替え始めた。
瞳は闇と黄金を両立させた。
暗黒の雷が帯のようにまとわりつく。
白銀の美髪は、涸れ果てた灰色の糸へと変貌を遂げている。
禍々しい山羊の角がうねり下る。
長身なれど痩せこけた醜い姿。
ひび割れた唇の奥から覗く乱杭歯。
胃から漂う魔界の風だ。
狼とも獅子ともとれない唸り声を上げて、姫魔王は四つん這いに爪を石煉瓦に突き立てた。
「姫よ、自我を保て! 戻れなくなるぞ」
『Ahaaaaaaaaaa!』
黄金の焔を燃ゆらせて、悪鬼と化した姫魔王が威嚇の咆哮を上げ、石煉瓦を握り潰す。
『なぜだ、、、なぜ彼女が殺されねばならないぃぃぃ!』
纏いし黒雷の放電が空間を歪ませ、姫魔王を中心に触るものの全てを分解に導いた。
『アレは殺す、、、欠片も残さぬ! 全てを滅ぼす!』
爪の一薙ぎ、二薙ぎが大魔術式に相当する威力。
大旋風、重力衝波。
近衛騎士といえども風圧と重力場に押し潰されては身動きもとれない。
《目覚めたるは常闇の冥王の器か。それにしても桁が違》
『失せろおぉぉぉ!』
喉の奥底からの閃光。
障気を凝固した高密度の純エネルギーが鬼面魔人の頭部を貫通し、地に伏させる。
『神の、、、使い神の使いかみのつかいカミノツカイ神のツカイ』
爪を振りかざし、居住地ごと境界区画を断裂する。
悪鬼なる姫魔王。
彼女は失われゆく自我の内側で、
ただ一人。穏やかに笑う聖女の顔を見続けている。
破壊は度を増して行く。
飛来する黒い雷撃が大地を次々に焼失へ導く。
分子分解。
破滅光雷が鳴り止むことはなかった。
誰もが恐怖する。
その日、世界は滅びの刻を迎えたのだろうと。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
天上の正しき天秤の守護者よ。
我が命と引き換えに、大いなる奇跡の御業をお与えください。
決して世界の為でなく、天秤の為でもなく。
我が親愛なる友人を、
悲しませない為に。
我が祈りと命と永劫の魂を以て、願いを聞き入れたまえ!
「神聖顕現、化身召喚」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
死が蝕んだ、黒い表情に赤みが差す。
失われた呼吸は徐々に速度を増し、胸を上下させ始めた。
枯れた藁のような髪は艶を取り戻し、肌にも潤いが満たされる。
淡くて心地よい聖なる光が、ベッドに横たわる女に吸い込まれた。
強固に編まれた高位の術式は、神でもなければ解呪不能なほどに完璧な有り様。
ゆえに、神なる存在の力を用いたのだ。
祈りは純粋なる願いと同義。
死病と引き換えに、全てを死に埋没させる非情の禁術。
自身を媒介に行使した憎悪は、奇しくも憎悪の原因となった者の祈りで浄化された。
副官魔女は微睡みの中で憎き人間の女を垣間見る。
琥珀の髪と、ふくよかな胸を持つ、聖なる装束を纏った女。
「虐殺、、、聖女」
聖女はただ一度、一層の笑みを浮かべて中空に融けて消える。
幻覚でも実物でもない、不吉でも善良ですらないものとして。
「あなたは、、、」
聖女のいた場所にいたは小柄な少年が涙を流しながら副官魔女の手をとる。
翡翠の髪色を持つ獣人の少年。
「翡翠獣人、、、いえ。翡翠のお兄ちゃん。久しぶりに会えましたね」
副官魔女は無意識に笑みを浮かべながら、傍らで見守ってくれた少年の姿を持つ守護者の頭を撫でて抱き寄せた。
「あたしね。ずっと夢を見てたみたいなの。人間のお姫様が魔王になって、あたしたちのことを幸せにしてくれるんだって。可笑しいよね。あたしたちは魔物なのに。お姫様を拐った悪者なのにね」
記憶の混濁。
自我の忘却。
今の彼女こそが翡翠獣人のよく知った賢者の娘そのもの。
再会は喜ばしくも、翡翠獣人は困惑する。
「本当にさ、バカだよね。あたしたちの為にいつも傷だらけになって。すぐに命を賭けちゃうなんて。本当に、、、」
副官魔女はシーツをめくり、足を下ろした。
「本当に愚かな姫魔王さま」
穏やかに緩んでいた表情がきりりと引き締まる。
「すぐに感情に流され、おバカなことをしでかして、後始末は自己犠牲だなんて冗談じゃない」
副官魔女は右手に魔力を込めながら術式を起動させる。
幾つかの基本魔術とさらに組み込んだ新たな力。
「すでに名実ともに魔王国が元首。世界連合政府へ向けたの公約を反故にしての世界崩壊なんてされたなら、我が国は一万年先にも悪鬼羅刹の暴国とのそしりは免れません」
精霊義手は正常に発現した。
副官魔女はそれを自身の胸に突き入れて、新たな術式を刻印する。
存在証明の自己改編。
翡翠獣人はただ信じて見守った。
彼の知る賢者の娘ならば、徒に無意味な死を求めるはずがないからだ。
苦悶の声音を吐きつつも、彼女は胸の奥を掻き回す。
幾度も幾度も。
涙を浮かべ、踞りながらも、術式を解くことはなかった。
ほんの十数分間が無限にも感じられた。
荒い息をつき、汗を滴らせる。
「なんとか巧くはできたみたい。問題は、あの無茶苦茶な姫魔王さまが聞く耳を持ってくれているかね」
翡翠の少年は聖獣たる姿へ転じて、まっすぐに副官魔女に応じた。
「ええ。ありがとう翡翠獣人。あなたとならばきっと成功するわ」
翡翠の鬣を撫でて彼女は笑う。
「目に物を見せて上げるわ姫魔王さま。今度と言う今度こそは、キツイお仕置きを覚悟してもらいます」
読了ありがとうございます!
次はもう少し早めに投稿します!(未定)




