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某国のさらわれたお姫様が魔王になって、世界を幸せにするために奮闘する物語 prototype  作者: クグツ。
姫魔王が降りかかる火の粉から身を守るために、色々とやってしまう章
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第二十声 「慣れないので、軽めにを意識しませんと……さもないと」

皆様。毎日アクセスして下さっている皆様。

お待たせ(?)しましたのです。


 災厄。滅び。憎悪。嫉妬。そして業火。

 いくつもの負の感情が依り、捩れ、束ねられ、結ばれてより灼熱紅蓮の神槍は無垢なる大地を一瞬で焦土と化していた。

 爆発と衝撃。轟音と嵐。

 巻き起こる突風に抉られて岩盤すら鳥の如く軽やかで、稲妻を模して拡散し、世界の端々にまで轟きと熱と破壊を伝播させた。


「おーおー。やるじゃんやるじゃん処女バージン! なんだっけ。爆発槍ブラスト・スピア?」

「無礼なり下世話な童貞チェリー。ワレの術技を中級魔術と同列に見做すな。この御業は理力法術ロウ・エクステンドの高技、煉獄烈火槍インフェルノ・レイド

「おーおー! それそれそれそれ! それが出てこなかったんだよなオレちゃん」


 流星拳士は地面にどっかと座り込んで、歯をむき出しに笑っていた。

 浅黒く焼けた上半身を惜しげもなく白日の下に晒す。

 遠見では十代の少年を象っているが、肉体の造形は過酷なまでに研ぎ磨かれ作り上げられた、傷だらけの凶器そのものだ。

 あどけない顔立ちで、人懐っこく笑うが、隣の全身長衣の少女は「フン」と鼻を鳴らしただけで応じて、彼方の爆炎と猛煙を無感情に眺めていた。

「感度不調。精度、威力とも想定の六割程度。ワレは未だに未熟。不甲斐なし」

「あの日だからしゃーねーんじゃね?」

「……、……黙れ」


 大振りな樫の杖に寄り添い、少女は小さく息をついて呼吸を整えていた。

 年がら年中に纏っている長衣の下は蒼白い肌が秘められているが戒律により、他者に晒すことはできない。

 ぐっしょりと汗が纏わり付く。

 まるで登り坂を全力疾走したように膝は笑っているが、隣で寛ぐ無思慮な相方ーーー少女は不服だがーーーにだけは悟られまいと押し殺す。

 強すぎる自尊心に見合うだけの実力と実績はある、と聖槍導師は自負していた。


「なーなー。あれでさ、聖女のねーちゃんヤレたと思うか?」

「愚問。煉獄烈火槍インフェルノ・レイドが滅ぼしたのは最果て国と新生魔王国の狭間。境界」

「まー、わかるよ。姫魔王っての? さっすがにアレと友好条約を結んだゴミムシ王の国だとしても、いきなりブッパは無しだよな。聖公国的に」


 あくまで軽い言い回しの相棒パートナーに「無論」とだけ呟いた少女は、額に張り付いた前髪を左右に分けてから、定型的な祈りの文言を唱え始める。

 仕える神への感謝と懺悔を兼ねた言の葉だ。


「さぁってと、イクか!」

「ふ、ふぁっ!?」


 完全に尻をついて欠伸を吐き出していた半裸の少年・流星拳士が一呼吸もつかぬまに立ち上がって、疲労を押し隠す長衣の少女をズタ袋のように肩に担ぐ。


「しんどいんだろ? 運んでヤルぜ」

 ひょいと、仔猫をつまみ上げるくらいに手慣れた動作。長衣の内側に秘められた豊満な双丘を背に感じられる位置への調整も手慣れたもの。

 未だに顔を見たことがない少女が「止めろ、離せ、下ろせ」と樫の杖をコツコツ振るう度に、ふよふよと心地良い感触に嘖まれるのを流星拳士は愉しんでいた。

 暴れるのは最初だけで、すぐに大人しくなるのもいつものこと。

 聖槍導師とて、高度な術技の放出で無人の境界線上を焦土に変えた直後だ。心労過労は想像を絶する。


「……、……不服であるが感謝だけはしておいてやる」

「もっと単純に感謝シテくれよ。相棒」

 

 懸命に絞り出したであろう少女の礼だと流星拳士は考えている。

 よしよしと、肩口に乗っかった尻を撫でながら笑顔で応じた。


「……あんまり、そのような触り方は、するな」

「ムリ。だって優しいんだぜ、オレちゃん。いつでも抱いてヤルからな陰気インキ処女」

「……煩い。これは純潔の誓い。理力法術ロウ・エクステンドの効力を高める制約強化ハード・ギアスだ。お前の、、、貴様の童貞チェリーと同列に見做すな汚らわひぃぅ!?」

「威張るな処女バージン。結局は同じだろが。それにな、昔誰かが言ってたんだ。三十歳まで童貞を貫けば史上最高の魔術師になれるってな」


 キラキラと目を輝かせる少年。

 聖槍導師は哀れみと侮蔑を込めて汚物を見るように、フードの中で目を細めて嘆息をついた。


「迷信と冠するにも憚られる。蒙昧な妄言。傾聴に価しない」

「そうは思うけどよ、夢と希望とオッパイはデカイ方がいいってな。大魔術師になったらオレちゃん、世界中の女を全員まとめて巨乳爆乳にしてやるんだ。チチで世界を覆い隠してやる!」

「……、……もう沈黙せよ。盛りのついた駄犬」

「お前の巨乳も三倍にしてやるからな! そんときはちゃんと揉ませろよな」

「貴様程度が大魔術師とも成れるならば、ワレの総てをくれてやる。完全に不可能であるがな」

「よーっし約束だ。ウッソ吐いたらパイ千回揉~ます。チチつんつん!」

「貴様、やはりさっさと滅びよ」




 ※



 焼け焦げた煤が張り付いた城壁。

 未曾有の爆風がもたらした余波は城を黒く染め上げるだけで在るはずがなかった。

 最果ての国。鷹王が治世する国土。領域の東側からは大陸東端イースト・フィン、そこは人外の者が蔓延る闇の園。だった。


 檻とも揶揄される無法地帯は昨今、人間の世界に開かれた。

 解き放つ要因となったのが、件の鷹王だ。



 人魔交流特区。

 設立されて早、三ヶ月。

 人間社会からは、商魂たくましい好事家御用達の商い人。新たな刺激を求める芸術家やなんらかの達人。

 一部に歴とした戸籍を持たぬ者、過去においてなにがしかの罪状を得た者。

 帰るべき場所のない難民や流民などが住み処を求めては訪れた。


 国家公共に関わる一大事業ともなって特区管理の専念部署が新設され、壮年将軍が軍務と兼任で据えられた。


 新生魔王国側からは、領内の森の中程に村落群を形成していた獣人族が魔物側のとりまとめ役として抜擢される。


 獣人はもとより人に近い形態であり、必要に応じて元の獣の姿となる種族。

 現在の姫魔王が魔王位を継承した際に、新たな君主としての契約と共に姫魔王の「系譜」が伝わったために更に人間寄りの魔物へと変異を遂げたのだ。


 中でも鮮やかな翡翠ひすいの毛並みを持つ獅子の獣人は、一族の長となる証に、聖獣へと転身してみせた。普段であれば姫魔王ほどに小柄な体躯の少年の姿をとる。

 力も感覚もが常人以下でしかない翡翠獣人の少年が、一度聖獣の形をとればおよそ魔物で対抗できうる者は十人と存在しない。


 その翡翠獣人ジェイドこそが人魔交流特区の、新生魔王国の担当大臣だった。

 

 魔物としての適正薄い少年の姿でも生きた年数は壮年将軍とも等しい。

 適材適所。臨機応変。

 本人の才覚は小さくなくとも、姫魔王の秘書たる副官魔女メイガス使役魔インプを介したやり取りがあってこその成果。


 現在、翡翠獣人ジェイド副官魔女メイガスとの共通認識ホットラインは存在していなかった。

 それが怠慢でも叛意ええもないことは魔王国の誰もが知る事実。


 


 ーーー副官魔女メイガスは絶対君主の姫魔王を守るために、自身に死を撒く呪いを科したのだーーー




 絶対君主は存在証明を持った母たる姫魔王に他ならねども、近しき上官への思いもまた真実。

 そして現実。



 魔の者に年功序列など在って無き物。

 力を有する者が総てを司り、総ての権利を持つ。


 前統治者は、魔王総体デモン・ロードに見込まれ据えられた新参の人間奴隷。

 しかし器は本物。絵に描いた、歌に語られるほどの闇の英雄として破格の王であった。


 副官魔女メイガスとて、冷徹で高圧的な真の魔賢者と恐れられた才女。


 現在に至っては言うまでもない。

 魔物は、魔王の存在証明の影響を過分に受けて、変異し進化する生命。


 前向きで深謀で、オリハルコン製の芯が通った現統治者・姫魔王。かの影響下では魔物は種としての存在意義を大きく揺るがされることばかりだ。


 人間社会と上手に共存する。


 この進化は果たして、誰が望んだものであろうか。




 翡翠獣人ジェイドは常に考える。

 次はどうする? 何をすれば良いのか?

 

 ーーーそれは誰にとってなのか?ーーー


 自身にため。

 集落のため。

 種族のため

 新生魔王国のため。

 副官魔女メイガスのため。

 前統治者のため。

 魔王総体デモン・ロード

 姫魔王のため。

 姫魔王の目的のため。

 


 ーーーそれらは、一体何のために?ーーー


 彼が魔の者としてある理由。


 統治者に引き摺られて、聖獣としての業として背負ってしまったこと。


 比肩しうる存在も限られて、優越感と疎外感の狭間にある。

 この感情に名称は在るのか。

 故に問い続ける。


 この身は、なんであるかを。


 魔の身に宿った聖なる力。

 対峙して、決して交わり得ぬ異端同士との認識。

 答えはでない。



 なれば。

 前統治者も、このような不可思議な感情を身籠もっているのだろうか。

 副官魔女メイガスの変容も、これが発端ではあるまいか。


 母である絶対君主の姫魔王。

 人間のーーーそれも聖なる力を孕んだーーー幼い娘子も、魔の統治者と変わった自身に戸惑いを覚えているのだろうか?



 ーーーあまりにも不敬な問いだーーー


 翡翠獣人ジェイドは首を大きく振って、思考の迷路より現界した。


 考えることは多かれど、今はその時ではない。

 彼は人魔交流特区・新生魔王国側の監理者。


 彼の第一義目的は、この特区を成功に導くための地均ぢならしなのだから。




 ※




 ーーー、ーーー!!?



 翡翠獣人ジェイドの眼差しが生来持ち合わせる魔の眷族のものと豹変した。


 まだ映りもしない、遙か彼方から立ち上る膨大な熱線。

 魔術でもなければ、聖なる波動の類でもない。


 お行儀良く煌びやかな外気を纏わせても、内実は悪意と呪い。

 魔の者を以てさえ、歪で禍々しい。

 ドス黒い、粘つく不幸を振り撒く凶火まがりび



 翡翠獣人ジェイドは考える。

 そして本能は、ただ反射反応に従って変容する。


 筋肉の繊維が隆起と断裂、修復を経て極限に発達する。

 増強された鋼の一本一本に相当する肉体の筋と腱。

 力は過重となって少年の姿を跪かせるが、それでも彼は先にある不吉な凶火まがりびを射たままだ。

 四つん這い。

 骨は軋む。

 全身の悲鳴は苦痛となって表現する。


 鮮やかな翡翠の毛髪が伸びて、蔦を模して体を覆う。身はもう人の形態を逸脱している。

 獣のように、ーーー否。

 また獣に戻るだけのことだ。


 緑柱岩エメラルドの瞳。

 濃淡揺らめく翡翠色の琴線が束となった体毛。

 爪牙は金剛石ダイヤモンド

 少年の仮姿は痕跡残さず失われて、湧き上がる黄金の聖波動を惜しげもなく晒した巨躯の九角獅子ナインホルン・レオが雄々しく生まれ出でる。



 ーーーGruuuuuu!ーーー



 刹那に降り注ぐ灼熱の戦槍。

 厄災の一矢は襲雨となる。

 天空の星が降り注ぐ如し!

 広大な人魔交流特区を余すことなく撃ち尽くす。


 

 聖なる獅子の咆哮が不可視の壁を構築する。

 半球状に拡大し、空へ天へと上がりゆく。

 壁の一枚で終わりではない。

 二重三重、同様の守護防壁を重ねては折り重ねる。


 消耗される体内の魔力マナも厭わない。

 九角獅子ナインホルン・レオは存在の総てを行使した。



 ーーー自身は、今このためにあったのだーーーと、個を尽くした。



 それは走馬灯であったのか、誰にも判らない。


 爆発と爆裂。

 轟音、熱風と衝撃が壁に遮られて水平方向へと放射閃光を描いた。


 雷撃の直撃よりも数段上の破滅。


 幾層もの守護防壁に亀裂が走る。

 溶岩流が流入して、大地を融解せしめた。

 


 聖なる波動の膜も圧倒的な魔力マナの奔流に拮抗すれど、届かなかった。


 九角獅子ナインホルン・レオの、翡翠獣人ジェイドだった頃の記憶。

 脳裏を過ぎるったのは、最も深層にあった、彼自身も忘却していた思い出だ。



 翡翠獣人ジェイドは少年の姿で以て尚、幼い小柄な人間の子供を背負って暗闇の森を征く。

 幼子はきゃっきゃと喜びを表したので、彼も嬉しくなった。


 魔王総体デモン・ロードに渡すべきか躊躇した挙げ句に、どこからか漏れた。

 幼子には類い稀な魔術の才覚があって、城で教育されることになったのだ。


 以来、幼子と会うことはなく数十年を過ごす。


 前統治者が即位した折に、一人の魔女が魔王の副官として就いたことが伝えられる。


 初めて見たはずなのに懐かしさを覚える。


 魔女は才によって自らの地位を勝ち取ったのだから、羨むことも妬むこともない。

 毅然とした態度と慎ましやかな佇まいの魔女に、


 翡翠獣人ジェイドは、心を奪われていたのだ。



 ※




 一瞬未満の白昼夢デイドリーム

 最期を悟った九角獅子ナインホルン・レオは、ようやく思考することにも幕を下ろす刻の近いことを知る。



 全力を出しても防ぎ得ないなら、現統治者も赦してくれるだろう。

 せめて、悔いがひとつあるとすれば、


 ーーーあの娘にもうひと目、だけーーー



 儚い想いを胸に仕舞い込んで、彼は果てる決意を固めたが、


『往生際が良すぎるのはダメですよ。めっ!』


 雪が舞い散るよう、忽然と姿を顕した人物を見間違うはずがない。


副官魔女メイガスさんからの伝言を預かっていますが、言うのは止めておきますね』


 白銀の長い髪。

 水晶をはめ込んだ瞳。

 新雪よりも純白な頬には桃色がさしていた。


 姫魔王ーーー。

 彼女は悠然たる動作で若木然とした手を、天より堕ちた災禍にかざす。


『慣れないので、軽めにを意識しませんと……さもないと』


 水晶の眼が、闇銀の殻を被る。

 口元がひしゃげて、眉根も歪みを見せた。



『いろいろ壊しすぎてしまいますものね』


読了ありがとうございます!

感謝感謝でーす!

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