第二声 「闇騎士なら急性の聖光過敏症で搬送された」
登場人物たち
・某国の姫
・魔王
・副官魔女
・魔王親衛隊の皆さん
『我は魔王だ』某国の姫は荘厳な玉座に腰掛ける青年の言葉に首をかしげたが、すぐに両手を胸の前で打ち合わせた。
「マオウ様。素敵なお名前にございますね」
『名ではない。魔王だ』
「マ・オウ様?」
『魔と王を区切るな。魔王だ!』
「マオウとお呼びしてもよろしいのですか?」
『呼び捨てにしていいと言いたいわけではない! 我は魔王だ、見ればわかるだろう!』
「……はぁ」姫は困惑しながらも眼前の青年に視線を向け「失礼いたします」と頭の先から爪先までをまじまじと観察してから向日葵が咲くような姫微笑を浮かべて一礼した。
「夜よりも艶やかな漆黒を結った黒髪は高貴なる者の嗜み。頭部を飾る角兜は威厳と武勇の象徴。尖った耳は妖精族の血に連なる証。なんて凛々しくて雄々しい眼。紫色の瞳も神秘的ですわ。お肌の色が黒いのは、きっと南国の出身なのですね。あちらは暑いと云われますものね。あと」
『もういい、黙れ』魔王は眉間にしわを寄せて、指をパチンと打ち鳴らした。
『『『ーーお呼びでしょうか、魔王様ーー』』』
姫と魔王と玉座しかない暗い空間に震えるような幾つもの声が響き、仄かに気配が揺らめいた。蜃気楼が立つように姫を取り囲んで現れたのは数十を超える魔物の群れで、愚かな某国の姫に赤く灯る不吉な視線を向けていた。小鬼、骸骨戦士、屍喰鬼、使役魔、動作死体、淫魔、夢魔、吸魂鬼、人喰鬼、闇妖精、人面獣、石化蜥蜴、吸血鬼、闇騎士、首無騎士、三頭犬、不死魔術師、奈落竜……他諸々の魔物の群れ。武器を鳴らし、牙を剥きだし、唸り声を上げ、荒く息を吐き、舌舐めずりをする。
「ぎぃぃやぁぁぁぁっ、いやぁ、いやぁっ!!!?」
船の帆を裂くような大絶叫に魔王はようやく溜飲を下げた。天然過ぎて破滅的に察しの悪い姫にコケにされた数秒は国ひとつを滅ぼしても足りないが、ひとまず魔王の面目は保たれた。傍らの副官魔女が葡萄酒を杯に注ぐ。姫の悲鳴を肴に魔王は杯に口をつけた。
「クモぉぉぉっ、クモいやァァァッ!!」
姫が涙目で狂乱していたのは魔王側近の親衛隊などではなく、近衛兵の出現に逃げ出した蜘蛛が彼女の肩を這いずったからだった。蜘蛛系の魔物を召喚した覚えもないままに葡萄酒を呷った魔王は思わず葡萄酒を吹き出していた。
直後に大閃光が生じて、荘厳な暗黒が支配する魔王の玉座は見晴らしの良いルーフバルコニーへと変貌してしまった。
◇◆◇◆◇
ひっくひっく、ずずずずー。某国の姫は不死魔術師の長衣の端で涙を拭いながら鼻水をかんでいた。夢魔が姫の頭をよしよしと撫で、人喰鬼は恐る恐る面白い変顔をして、人面獣は泣き止ませようと子守歌を歌い、小鬼はとにかく懸命にあやしていた。
周囲の見晴らしが良くなった魔王城ルーフバルコニーにから、澄み渡る晴天の空を見上げていた。かろうじて残されていたのは、現在魔王が腰掛けている背もたれが半分に両断され玉座だけだ。
「オリハルコン外壁は完全に蒸発している模様。この謁見の間より上階も消失しております。瓦礫が残っていないので分子分解されていると思われます。人間界の魔術師が千人単位でようやく行使できる儀式魔術と同格の威力と推定されます。魔王城上空に張り巡らせていた対空暗雲結界も機能していません。修復に要する期間はおよそ二ヶ月です。次に周辺区域の損害報告です」
副官魔女は淡々と羊皮紙の内容を読み進めていた。奈落竜の巣が山脈もろとも薙ぎ払われ、高地の鳥人、中腹の人馬獣、麓の獣人や巨大獣、の集落は壊滅的な被害を被った。黒い大地は大きく分断され、下級魔物の群棲地を二十~三十は滅ぼした。湖は領海まで貫通され、淡水系水棲種と海水系海洋種の魔物が撹拌され混濁となって大部分が生息不能に追いやられた。
「その中で最大の被害は瘴気の浄化です。魔王領内の各地域で聖なる波動を持つ生物が出現し始めました」
『聖獣か』
「まず間違いなく」
魔王は嘆息をつきながら惨事となった領内を眺め、広間を睥睨した。陽光に焼かれながら棺桶に避難した吸血鬼や不死鬼王。小脇に抱えていた頭部を探す首無騎士。閃光に焼かれた眼球を押さえてうずくまる奈落竜。ついに姫に長衣を剥ぎ取られた不死魔術師。
『酷いものだ』
「はい。しかし捨て置くこともできない案件です。某国よりこの姫を拐かさねば十数年後に史上最強の勇者が誕生することになることでしょう。この姫の血筋を色濃く受け継ぐ勇者です」
『均衡など無視して、因果さえも無効化しうるか。出鱈目な』
人喰鬼も人面獣も小鬼もぐずる姫をあやし疲れて倒れ、しがみつかれたままの夢魔は魔王や副官魔女に視線で救いを求める。
「魔王様、いけません!」
『善い』副官魔女の制止を躱し、魔王は夢魔から姫を引きはがして半壊した玉座に座らせた。
『まずは誤解を解いて頂こうか某国の姫よ。我は勇者ではなく人間ですらない。我は魔王だ。大陸東端一帯を征し人間どもから奪い取った、闇に与する英雄だ』
「闇の騎士様?」
『闇騎士なら急性の聖光過敏症で搬送された。そうではなく、我は魔に属する覇王。世界の闇の総てを統べる存在で、お前たち人間が忌み嫌う敵だ。そして某国の姫よ、お前は我ら魔王軍に囚われたのだ』
読了ありがとうございます!
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ちょっと文章長めを意識してノリを殺さないように一気に書ききるイメージで書いてますの。
読みにくい感じはありますがご容赦を。
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