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♯7 アンジェスタリカ公国 ~酒と拳~

 航海に出て3日目。

 朝早くに目覚めたイリスは、甲板に立ちうっすらと見える目的地を見据える。

 遠目からでも良く栄える綺麗な港街だ。

 街を守る城壁は白く塗られており、清廉さと高潔さを海からの来訪者に感じさせる。


「港が見えてきた。……あそこがアンジェスタリカ公国」


 その様は真っ白な要塞にも見えた。

 港には帆を畳んだ軍船に商船、漁船に小船とぎっしり配置されている。

 城壁らしき巨大な壁には、大砲もいくつか見受けられた。


「ストラリオとは違って、落ち着いた国ね。ゆっくりごはんが食べられればいいけど」



 数分後、船は港につき荷物や船員達がゾロゾロと降りていく。

 船長が検視にきた兵士にそっと金を握らせると、荷物はスムーズに港の倉庫へと運ばれていった。


「美しい街だろう? 私には刺激がたらなさ過ぎてバカンスには適さないが……酒が美味いのでよしとしている」 


 船から降りるイリスの後に続いて、フレイムはにんまりとほころばせながら街を見渡す。


「……で、宿はどこをとってるの? まさか、あの奥に建ってるお城とか言うんじゃあないでしょうね?」


「バカ言うな。第一、まだ宿なんてとっていない」


「これから探すってこと? でも、ここらへんに高級な宿なんてないわ」


 フレイムは大げさに、ため息をついてみせる。


「ストラリオ国のときは、バカンスも兼ねて賞金稼ぎをしていた。だから、あの高級ホテルに宿泊していたんだ。普段は違う」


「今はバカンスじゃないから、安宿に泊まるってこと? 貴族なのに?」


「理解が早くて助かる。そしてその疑問は最もだ。だが、なぜだろうな。私は大富豪であるくせに、安宿が性に合っていると心底思っている」

 

 2人は街中へと足を運び宿を探した。

 歩いて5分ほどにあった小さな宿にたどり着くや、チェックインをして部屋に入る。

 一部屋しか空きがなかったため、必然的に相部屋となった。


「ユニットバス、か。まぁ仕方あるまい」


「なにが仕方ないのよ……覗かないでよ?」


「安心しろ、私は胸の大きい大人の女が好みだ。……少女という枠組みに対しては、まぁその場の雰囲気やら身体つきやらを総合的に判断する。つまり、今の所君には食指は動かんなぁ~?」


「……死ね」


「ハハハ! そう気を落とすな。気分治しに、これから狙う賞金首の話をしてやる」


 イリスが冷淡な視線を送る中、フレイムは簡素なインテリアチェアに座り、懐から手配書を取り出す。

 描かれているのは神父の服装をした若者だ。


「パプォリオ・ルネッサンス、23歳。5万7000パウロのならず者だ」


「……一人旅なら、そのくらいあれば当分は持つわね」


 パウロとはこの世界における通貨だ。

 貴族等の上級階級であればはした金だろうが、平民や自分のような崩れ者からすれば喉から手が出るほどに良い金額だろう。 


「自らの神託を『主の御意思』と仰ぐイカれた奴だ。まったく……、なぜ神父という職にはこういった面倒臭いのが度々生まれるのか」


「関係ないわ……。神託者の、ましてやクソ男なら斬るに越したことはない」


 イリスの揺るぎない覚悟に、にんまりと笑む。

 こういう判断が下せるところも、フレイムは気に入っているのだ。

 今回の仕事には丁度いい逸材だろう。


「だが、このパプォリオという男。中々姿を見せんのが厄介だ」


「どうすればいい?」


「簡単だ。騒ぎを起こして目立てばいい。コイツは意外性を好む」


「じゃあ、今から街の神託者を何人か殺せば、目立つんじゃない?」


 イリスの非人道的な提案。

 普通なら誰もが反対するこの提案をフレイムは軽く笑うだけで済ました。

 人殺しほどインパクトのあることはない。

 だがリスクが高すぎる。


「白昼堂々の殺しは流石にまずい。神託斬りとわかれば逆に出てこないかもしれん。……安心しろ、私に考えがある」


「どんな作戦?」


「……君、昼になったら、『アリアドネ』という酒場に行ってくれ。あそこはギルドの拠点としても使われている。店の規模は他と違って大きいから、すぐに見つかるだろう」


 酒場というワードに頭の上に疑問符が浮かぶ。

 イリスにとって縁のない場所だ。

 そんなところに行ってなにがあるのか。


「行けばわかる。1人で行き、適当な席に座れ。そこでジッとしていろ」


「ジッとしてなきゃいけないの?」


「あぁ、だがそこで刀は抜くな。……目付きが鋭く、こちらがどれほど問いかけても反応しない美少女剣士など、血生臭い男共の心を大いにくすぐるのに最適なのだから」


 いまいちフレイムの作戦の意図が理解できない。

 なぜ、自分がそこまでしなくてはならないのか。

 というか、一応美少女という枠組みでは見てくれていたのかと感心した。


「私が目立つためだ」


 作戦として絡まれたイリスに、フレイムが颯爽と現れ助けるというのが筋書らしい。


「あそこにはやたらと猛者が集うことで有名だ。そんな中で乱闘が起きれば、多くの人目につく。噂も流れる」


「ふーん、まぁいいけど。……精々返り討ちに合わないようにね」


「ヘマはしないさ。では、頼んだぞ? ……昼まで自由行動だ。私は叡智の果実の情報を探る。君は?」


「ごはん食べたらもっかい寝る。船は揺れが酷かったから」


「……寝過ごすなよ?」

 

 フレイムは立ち上がり部屋を出た。

 その後でイリスは宿を1度出て近くのカフェで朝食を取る。

 アツアツのブラックコーヒーに、キャベツや人参、パプリカを使ったサラダを堪能した。

 今朝採れたてであると言う野菜とコーヒーに舌鼓を打つ。

 久々にちゃんとした朝食を食べたかもしれない。

 代金を支払い、街を歩く。


 本当にのどかな所だ。

 こんなところに賞金首がいるのかと疑いたくなるくらいに。

 人々には笑みが零れ、異国の人間であるイリスにさえ気兼ねなく挨拶してきてくれる。

 

 それは、楽園にすら感じた。

 

 同時に、かつての母との暮らしを思い出す。

 決して裕福というわけではなかったが、この街に暮らす人々のように笑って生きていた。

 今の自分を死んだ母が知ったらどうなるだろうか?

 きっと大いに悲しむだろう。

 ふと、そんなことが頭によぎった。


 宿に戻ると、疲労がたまっていたのか眠気が襲う。

 部屋に入り、軽く伸びをしてからもう1度横になった。


(……お母さん)


 そして、時間は過ぎて昼の13時。

 イリスは酒場アリアドネに向かって歩き出した。

 少し寝すぎたようだ。

 フレイムになにか言われるだろうかと考えたが、特に気にはしなかった。


 ――――酒場『アリアドネ』

 朱塗りの一戸建てで、酒場に集まるのは屈強な男達や腕に覚えのありそうな女達。

 扉を開き中に入る。


「中も真っ赤……あと、お酒臭い」


 嫌そうな顔を浮かべ、入って左奥の席に座る。

 イリスはフレイムの言われた通り、なにもしないでじっとしていた。

 昼食を摂ろうとも考えたが、いかんせんこの酒場の空気の濁りは酷く、とてもなにかを食べようとは思えなかった。


「…………」


 時折チラつくのが、ナンパにいそしむ男共。

 やはり身体つきのいい女性がターゲットだ。

 このまま待っていても、自分に話しかけてくることはないのではないか。

 そう思っていた矢先。


「やぁお嬢さん」


「1人でなぁにしてんの?」


 男が9人。

 イリスを囲むように歩み寄り、逃げ場を閉ざさせる。


「ここじゃ見かけない顔だけど、君名前は? どこから来たの?」


「かわいいじゃん」


「お、君も剣使うの? 俺も剣士なんだよ。これって、運命じゃない」


 男達の下卑た笑みと荒い呼吸が、イリスに向けられる。

 だが、イリスは平静を保ち、フレイムの言った通りに、ずっと黙っていた。


「……おい、無視すんなよ」


 1人が苛立ち始める。

 周りの連中も、顔をしかめ始めた。

 フラストレーションがたまり、後ろに立っていた男がイリスに手を出そうとしたその時。


「やめんか若造共め……」


 フレイムの声だ。

 イリス共々、声のした方を向く。


「まったく……ウプッ、1人の女に集団で寄ってたかってとは、情けない奴め」


 瞳は虚ろで焦点があっていない。

 手には酒瓶。

 おぼつかない足取りで、柱にもたれながら9人の男をせせら笑うフレイム・ダッチマン。

 

「なんだこの酔っぱらい?」


「おい、おっさん。邪魔すんじゃねぇよ」


 敵意をむき出しにした男達は、フレイムを囲み始める。

 

(お酒そんなに飲んで……作戦は大丈夫なの?)


 そうこうしているうちに、フレイムの挑発に業を煮やした男の1人が拳を振り上げ殴りかかった。

 フレイムはおぼつかない足取りのまま、その男を迎え撃つ。

 緩慢な動きからなる掌底が、男の水月にあたるや否や。


「グワッ!」


 凄まじい音を立て、男は3m先にあったテーブルに吹っ飛び突き破る。

 男は完全に気を失っていた。

 周りの客達が悲鳴を上げ仲間が唖然とする中、イリスはフレイムの一撃に生唾を飲んだ。


(あれって……もしかして"拳法"?)


 間違いない。

 あれは功夫による一撃だ。

 おぼつかない足取り。

 見るからに頼りなさそうなふらつきから放たれる技。

 その一撃の威力に、イリスは目を見張る。

 

「こ、このヤロウ!」


「かまわねぇ、膾斬りにしちまえ!!」


 男達が武器を引き抜く。

 フレイムはニヤリと口角を歪め、酒瓶を持ったままフラフラと拳法の構えをとった。


「うらぁ!」


「やぁ!」


 一斉にフレイムに斬りかかる中、酔っぱらい特有のトリッキーな動きが凶刃すべてを躱す。

 1番の脅威は躱しながらの攻撃だ。

 裏拳に足払い、受け流しからの発勁。

 喉に、下腹に、脛に、顔面に痛烈な攻撃をいれていく。


「ふっ!」


 急に地面に尻餅をついたと思いきや、その勢いを利用し飛び上がる。

 それと同時に繰り出した、竜巻のような連続蹴りが男達を吹っ飛ばしていく。

 例え地面に倒れてもその状態から攻撃につなげることが出来る彼の動きは、見事という他あるまい。

 

「ん~、酒が足りんな。もっと飲むか」


 酒瓶を傾けるフレイムは上機嫌で口を開け、喉に流し込む。

 その時、イリスは気づいた。

 

(フレイム……アナタ本当は酔ってない? 酔ったふりをしてるのね)


 酒を飲み、更にふらつく彼は、見るからに泥酔状態の頼りなさそうな男だ。

 だが、それはあくまでフリ。

 敵を欺き、虚をつく。

 動きで惑わし、容赦ない一撃を見舞う拳法。


「――――酔拳、か」


 イリスがそう呟いた後、立ち上がった男達に再度攻撃を仕掛けられるフレイム。

 だが、泥酔状態の滅裂な動きにも見える技に、1人また1人と倒れていく。


「さ、酒だ! 酒をとりあげろ!」


 今度は酒を取り上げようと一斉に掴みかかるが、フレイムは酒瓶で彼等を弄ぶ。

 宙で回し、股下に潜らせ、ときに振り回し。

 足の甲に乗っけるや、華麗なリフティングをも披露。

 酒瓶に気をとられる彼等の足を払い、顔を殴り、次々と昏倒させていく。

 ついには、男達は1人残らず倒れてしまった。


「ふん、口ほどにもない奴等め」


 酔ったふりをやめ、普段通りの態度で酒を飲み干すフレイム。

 周りからはサーカスでも見たような拍手喝采。

 

「まったく調子に乗っちゃって……」

 

 一気に目立って上機嫌なフレイムを眺めているイリス。

 しかし、そのとき、イリスは酒場の入り口で見覚えのある顔を見つけた。


 それは、手配書に書かれた男。

 神父服をまとったパプォリオが、興味深そうに、フレイムを見ていたのを。

 そして、奴はそのまま去っていった。


(見つけたわ……パプォリオ・ルネッサンスッ!)


 直後、イリスの人斬りの血が騒ぎ出した。


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