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♯72 聖女変態

 聖女ユアンナは今持っている戦力を訓練所にある広場に集めた。

 バイパス・ロードにセラピーを受けた彼女は、鋭い目つきで彼等を見渡し、そしてこう告げる。


「私のしもべ達、……神の申し子達よ」


 いつになく冷淡な口調に集まった兵士達は一瞬戸惑う。

 あの穏やかで優しい彼女の面影は完全に消えていた。


「私は聖女である。だが、それと同時に、絶対の神であるエスタファドルそのものである。……私は今日この日、完全なる覚醒を遂げたのだッ!」


 狼が吠え立てるが如く強い言葉に場の緊張が高まる。

 

 いつもの聖女と違う、まるで別人だ……。


 誰もがそんなことを思う中、バイパス・ロードは密かに口角を歪めていた。

 彼女の隣で、石見銀三は怒りにも似た感情を覚える。


(この機械女……一体なにしやがった。あれじゃあただの洗脳か暗示の類じゃあねぇかッ!)


 聖女ユアンナの変貌の原因が隣の女であるとすぐにわかった。

 壊れた心を癒し修復したのではない。

 更に複雑に組み込み、その中に凶悪な精神を埋め込んでいる。


 ――――ユアンナは完全に狂気に取り込まれていた。


 だが、それを指摘する者や止める者はいない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……。 



「行動を起こすときが来た!! 今、この修道都市サフレンの秩序が乱されようとしている! フレイム・ダッチマンとイリス・バージニア。双方凶悪極まりない悪魔の使徒だ! 彼奴等を探し出し、神の名の下に……処断せよ!」


 鬼のような形相でここに集う者達に演説する聖女。

 彼女の姿に圧倒され、誰もが恐怖した。

 普段の彼女はこんな恐ろしいことをいう人ではない。

 少なくとも根絶主義者ではないはずだ。


「その他にもサフレンの平穏と秩序を乱す者は全て排除せよ! そうすることで……この都市は清く美しいこの世の楽園となるだろう!!」


 こんな……卑屈な正義を謳う楽園主義者でもないはず。

 彼女の教義は、このサフレンの教義は完全にカルト教団のテロリズムに近いものと化していた。


 命令系統が狂えば、あとは連鎖的に狂っていく。

 目の前にいる兵士達だけではなく、この修道都市の住人さえも。

 銀三は額に嫌な汗をかく。

 

 自分は今、宗教が生む呪いの歴史に関与しようとしているのだ。


 一通り喋った聖女ユアンナは不気味な笑みを浮かべたまま、踵を返し去っていった。

 兵士達その他戦力は動揺しつつも各々持ち場へと戻っていく。

 最初はこんな感じだろう、そして徐々に狂っていくのだ、緩やかに。


 去り際、銀三はバイパス・ロードにこんなことを言われた。



「民族・国家・宗教問わず、組織や集団というものが発明した歴史上最大の欠陥を知っているか? ――――人の上に立つ器でない者がちょっとした理由でその立ち位置についてしまうことだよ。それはとても不幸なことだ。たったひとつの不幸が、多くの不幸を招き寄せてしまう」


 彼女の前では顔色ひとつ変えず、そのまま通り過ぎはしたが、途中で内からくる憤怒を抑えきれなくなった。


「しゃらくせぇ……ッ!」


 聖女をあんな風にしたのはお前だろうが。 

 叫びたい気持ちを押し殺す代わりに、血が滲むほどに拳を握る。

 

 あの聖女はまだ若く、未熟さがまだ抜け切れていない。

 それでも下の者を気遣い、慈しむ感情はあった。

 彼にとってはそれだけでも上等だ。

 彼女のあの清廉さが、この都市に住む者達を安心させる。

 アレクサンド新陰流が気に入らないという個人的な理由はあれど、彼女とこの都市の為に剣を振るうのもまた一興。


 だが、それは最早叶わない。

 気を落としつつも1人廊下を歩き、キセルをふかそうとした直後、後ろから気配無く取り上げられる。


「……ここでの喫煙は禁じられております。石見銀三」


 それは、先ほどどこぞへと歩いていった聖女ユアンナだった。

 護衛も付けず、彼女ひとりが銀三と向き合う。


(コイツ……ッ! 俺からこうも軽々とキセルを)


 自慢ではないが、後ろから不意をつかれそうになったり、寝込みを襲われたりすることは今までに多々あった。

 それを難なく薙ぎ払い今日まで生き残って来たのが剣豪たる自分だ。

 しかし、聖女ユアンナの動きは刺客や暗殺者のそれとは違う。

 気配を微塵も感じさせずに銀三の背後を取るだけでなく、軽々とキセルを取り上げてしまったのだ。

 背中に冷たいものを感じた銀三はバツが悪そうに黙っている。


「銀三……アナタも私のしもべ。であるのなら立ち場というものをわきまえなさい」


「ちょい待ちな。しもべだぁ? 俺はただの雇われ人だ。金さえ貰えりゃあ誰だって斬る剣客……、そういうことだったはずだ。改宗するなんざ条件にねぇはずだぜ?」


「お黙りなさい、私がこの都市における戒律であり神です。逆らうことは断じて許しません。……逃げようとしても無駄ですよ? アナタはずぅっとここにいなければならないのですから。もしも逃げたりしたら……背信者として、抹殺します」


 あの優しい笑顔はなく、代わりに氷のような眼光を向けながら、指の力だけでキセルを圧し折る。

 あまりの異様さに銀三は思わず口をつぐんだ。

 

「フフフ、安心してください。別にぞんざいに扱うつもりはありません……むしろ、幹部としてこれからも働いて頂きたいのですから。……期待していますので、どうか裏切らないでくださいね? じゃないと、きっと殺しちゃうから」


 そう言うや呆気にとられる銀蔵を残し、またどこかへと歩き去っていった。

 足元には先ほど圧し折られたキセルが、灯りに照らされて虚しく影を作っている。


「……えれぇことになりやがった」


 雇われた先が自分を縛るであろう牢獄になるなぞ、笑い話にもならない。

 落ち込んだ気分が重しとなって背中に乗っかる。

 

 しかし、すぐにそれは吹き飛んだ。

 今度は確実に背後からの気配を捉えた。


「……誰でぇ」


 振り向きこそしないが、鯉口を少し切り、次の動作に備えた。

 聖女ユアンナやバイパス・ロードとはまた違う雰囲気が薄暗闇から靴音を響かせる。

 気配はより強くなり、間合い3間ほどまで近づいてきた。




「……石見銀三、富士見新陰流の使い手と聞いている。……なるほど、イリスにとっては先輩にあたる存在であるというわけだ。これは面白い」


 薄気味悪い笑みを浮かべながら背後の男は銀三を見据える。

 敵対意志はないが、それ以上に邪悪な意志を秘めているのを感じた。


「初めまして、……私がフレイム・ダッチマンだ」


「なに?」


「随分と不機嫌そうだ……だが、聞いてくれ。大事な話だ。恐らく君にとっても損はないだろう」


 そう言って突如現れたフレイムは石見銀三と対峙した。



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