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♯71 動き出すサフレン

「ひでぇ有り様だ……ボロ雑巾じゃあねぇか」


 大聖堂の裏口付近。

 規制によってさっきまでいた野次馬は退かされ、教会関係者のみがここに集っている。

 そこには石見銀三の姿もあった。


 死体ホトケの金瘡を調べる。

 急所への狙いは精確、それでいて凄まじい馬力だ。

 中には神託者もいただろうに……。


「――――いつの間にか忍び込んだイリスってガキが、聖女さんを殺そうとして失敗。代わりにレイドの奴をぶった斬った。それで裏口から出ると兵士がいたから、皆殺しにしたと。そういう訳だな?」


「はい、バイパス・ロード様が仰るには……。聖女様は今彼女のセラピーを受けています」


 報告をする兵士の傍らで、銀三は訝しげに顎を撫でる。

 忍び込んだ方法も気にはなった、だが、彼が違和感を覚えたのはこの裏口の事件だ。


 なぜ、裏口にこれだけの人数の兵士達がいた?

 しかも神託能力を持つ兵士まで。


 警備に来たというわりには武装が整いすぎている。

 この地点ではまだイリス達がこの都市に入り込んだなどという情報はなかったはずだ。


 そして、最大の謎。



 なぜ、バイパス・ロードはイリス・バージニアが忍び込んだとわかった?


 考えれば考えるほどにバイパス・ロードが怪しくなる。

 とりあえず現場を兵士達に任せ、彼女の元へ行った。


 外の騒ぎとは正反対にその厳かさを崩さない静かな空間を渡り歩く。

 敬虔な信者達は頭を軽く垂れるように歩き、神父や修道女達は書物を片手に堂々と歩いていた。


 あれほどの凄惨さと見比べるとあまりに普段と変わりなく、やや不気味な感じがする。

 彼等の脇を通りながら進むと、ひとつの部屋からバイパス・ロードが出てくるのが見えた。

 あの部屋でセラピーが終わったのか、どこかへ行こうとしている。


「……おい」


「おや、君か」


「君か、じゃあねぇだろうが。アンタどういうつもりだ?」


「なにがだね?」


 態度からしてしらばっくれていることが丸わかりだ。

 無論本人も自覚している。

 それがヤケに気に障った。


「裏口での事件……なんでイリス・バージニアだってわかったんだ?」


「……機械特有の精密演算による答えの算出、とだけ言っておこう」


「しゃらくせぇ言葉使いやがって……アンタ、奴等がすでにここに忍び込んでたのわかってたな!?」


「やれやれ、気が高ぶるのはわかるが……それでなんでもかんでも私のせいにしてもらっては困るな。……証拠はない。そしてなによりメリットがどこにある? 君に証明が可能かな?」


 したり顔で口元を歪めるバイパス・ロードに対し、銀三はなにも言えなかった。

 クロではあろうが、彼女の言う通り証拠もないし証明も出来ない。

 どちらにしろ、雇われの身である石見銀三自身に彼女を問い質す権限など持ち合わせていないのだ。


「……銀三、今はこんなことでもめている場合ではないぞ? イリスがいる以上、フレイム・ダッチマンもすでに入り込んでいる可能性は100パーセントに近い。ならば……」


「わかってる……見つけだして殺せ、だろ? ……だがな、その前に聞きてぇ」


「なにかな?」


「……レイドのガキ。アイツの死体はどうするんだ?」


 短い間柄ではあったが、銀三はレイドを弟分として見始めていた。

 そのときに、この惨状だ。

 まだそれほど絆は深めてはいないが、少し気になった。

 

「……安心したまえ、丁重に葬ろう。……あぁ、葬るとも。我らが絶対なる神エスタファドルに誓って」


 慈悲深い言葉とは真逆の笑みを浮かべる。

 思わず身震いするほどに狂気と愉悦に歪んでいた。


「……イリス・バージニアは俺が斬る。それでいいな?」


 余計なことは考えぬことにした。

 この女は内に恐ろしいものを孕んでいる。

 もしかしたら、奴等の言うイリスやフレイムに並ぶような……。


「好きにしたまえ。……あ、そうそう、10分後に兵士達の訓練所まで来てくれ。聖女ユアンナが戦力を集め直々に演説をされる」


「なんだと? ……その間大聖堂の警備は?」


「ソォデ・ビィムに一任する。……カルバートは君が殺してしまったからな」


「……」


 これ以上彼女とは話したくはない。

 そう言いたげに、大仰に踵を返した。

 銀三は胸の内に不安を覚える。


 今回の仕事、ただの仇討ち業程度に考えていたが……。


 自分の知らない所でなにかドス黒い意志が蠢いているのを感じたのだ。

 それも1つではない。


 無数、それはもう無数の……。






「フム、とても良い話を聞いた」


 陰で聞き耳を立てていた男がひとり。

 集合場所を設定していたにも関わらず、イリス達を置いてけぼりにした外道貴族。


「……10分後と言ったな。その間に、秘密の入り口を探すか……。伝承が本当なら、どこかにあるはずだ」


 フレイム・ダッチマン。

 しかし、口調とは裏腹にその表情は重く険しい。

 僅かではあるが殺気に満ちていた。

 

 彼の直感が告げる。


 ――――叡智の果実がここにある、と

 


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