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♯68 斬撃と企みによる狼煙

 部屋の内部は石造りではあるが天井に吊るしてあるシャンデリアで隅々まで照らされ、これまでとは違った雰囲気を醸し出していた。


 丸いテーブルに向かい合うように座る聖女ユアンナ。

 そしてその隣に立つ男、勇者レイド。

 あとは近衛兵が2人ほど。


「バイパス・ロード、一体どういうつもりです!? なぜ彼女がここに!?」


「歩いている所を見つけました。なので……こうやって連れてきて差し上げた」


 バイパス・ロードの小馬鹿にしたような笑みにレイドが怒鳴る。


「アンタ状況わかってんのか!? こんな密室で人数がいないときに……コイツを連れてくるなんて!」


「そうです、一体なにを考えているのです!?」


「……変な動きを起こさない為に、私がこうして付いていてやっている。……それに、こうした方が面白くなると思ってね?」


 レイドもユアンナも絶句する。

 バイパス・ロードの笑みは聖職者としてのそれでなく、血に飢えた戦士のように歪んでいた。


「反骨の貴族フレイム・ダッチマンに神託斬りのイリス……そして我々。これほど上質な役者が揃っているというに、その()()の言う通りにただ待つだけなど勿体ない」


「……そんな理由で」


 レイドはバイパス・ロードの本性に呆れながらも、イリスを睨みつける。

 問題はこの目の前の少女だ。

 イリスがこうしている以上、いつ斬りかかってきてもおかしくない。


「イリス、俺はお前を許さない……。だから、こっちも勝てる算段はつけているんだ! この都市が、お前の墓場になるッ!」

 

 イリスへの宣戦布告。

 それは復讐者の意志を明確にした十全な殺意。

 だが、イリスの放った言葉はこれだ。


「……アンタ、誰?」


「なッ!?」


 冷めた瞳でイリスはレイドに告げる。

 無論、イリスはレイドのことを覚えていた。

 港街で感じた気配を思い出して今の彼と照合しても、レイドのものであるとわかる。


 知らぬふりをして煽っている。

 こちらに飛び掛かってこようモノなら、この場にいる諸共を斬ろうかとも考えていた。

 それが効いてか、レイドの表情がみるみる赤みを増していく。


 それを聖女ユアンナが宥めた。


「レイド様、ここは私に……。――――イリス・バージニア、アナタは誰かに殺されてももう文句のひとつも言えぬほどに罪状を重ねています」


「そうかもね」


「これは、我らが神『エスタファドル』の最後の慈悲であり警告です。もしも我々に降伏の意志や懺悔の意志があるのなら……その罪をこの場で浄化して差し上げます。」


「……なにが言いたいの?」


「確かにアナタは親愛なるレイド様の仇ではありますが……私は、仮にも聖女の立場を拝命させて頂いている身。敵であれ慈悲を見せるのもまた務め。……いかがです? 罪の浄化が済めば、もうアナタは剣を握る必要はありません。これからは神にのみ仕える者として生きるのです」



 つまり、断わればその場で殺すという解釈でいいのだろうか。

 目の前の憤怒に燃えるレイドに懺悔し、このサフレンと聖女、そして神に忠誠を誓えば命は助ける、と。

 

 まるで興味の無い話だ。

 こんな無駄な話を持ち掛ける為に自分をここまで呼び出したのだろうか。

 そう考えると無性に腹が立ってきた。

 だが表情や気配には出さない。

 狙いを定めるように彼奴等を見据えながら、率直に答えた。


「断る、改心とか懺悔とかそういうのはもういいから」


「イリスッ! お前……俺の大事な仲間だけじゃ足りず、まだ罪を重ねるってのか!?」


「そうよ、アタシには斬るしかない」


 後ろでクツクツと笑みながらバイパス・ロードが口を開く。

 神経を舐め回すような癪に障る口調でイリスに問うた。


「……多少ながら調べさせてもらった。神託者、特に男を中心に殺しているらしいな? なんだ、男の神託者を皆殺しにでもする気か?」


「……そうよ」


「無駄だな、この世界にいくらいると思っているんだ? 例え殺しても……次の神託者が生まれる。これは、女も殺さねばならないのではないかな? んん~~?」


「……」


「刀の一振りでなにが出来る?」


 イリスは目を細める。

 バイパス・ロードの言う通りだ。

 その点はイリスも自覚している。

 

 ならばなぜそれをし続けるのか?


 理由など理不尽なほどにシンプルだ。


 ――――やりたいからだ。

 自分がそう決め、自分の意志で刀を取ったからだ。

 過去の怨恨を忘れぬ為に。


「アンタ等、精神的に優位に立ちたいんなら、相手を間違えてるわ。『お前は間違っている』『人として恥ずべき行為』『汝、罪也』『神への冒涜』etc. ……大いに結構」


 レイドとユアンナの表情が畏怖で引きつる。

 彼女のあまりにも冷淡な表情と眼光に得体の知れない気配を感じた。

 バイパス・ロードはイリスの裏で、歯を剥き出しにするように嗤う。

 彼女の中の"鬼"を見て喜びを感じていた。


「神からの施しはいらない、見返りも求めない。……神の全て、アタシには必要ない」


 そう言い終えるや、鯉口を切り始める。

 ドス黒い剣気をまとった彼女は、視界に入る者全てを薙ぎ払わんと戦闘態勢に入った。


「バイパス・ロード!!」


 ユアンナが叫ぶが、彼女は動かない。

 初めからこれが目的だったというかのように。

 

 抜き即、電瞬が如し。

 鞘から飛び出た刀身がこちらに飛び掛かって来た近衛兵を斬り裂き、一瞬でレイドの懐に潜り込むや、そっ首を跳ね飛ばしたのだ。


「れ、レイ、ド……様?」


 清潔感ある聖女の出で立ちが真っ赤に染まる。

 部下と愛する人が目の前で凶刃に倒れた。

 それは聖女であっても、心が瓦解するには十分な光景である。


「嫌……イヤァアアアアアアアッ!!」


 ユアンナの絶叫が響き渡る。

 今までにない感情がユアンナの頭の中を破壊していった。


「次はアンタよ聖女様ッ!」


 上段から振り下ろさんと迫るイリス。

 だが、それをバイパス・ロードに阻まれた。

 彼女は自らの武器で倭刀の斬撃を受け止める。


「――――……『八斬刀』、アンタも大陸武術使うの?」


「そこの小僧は兎も角、流石に聖女をここで討たれるのはまずいなぁ」


 直後、バイパス・ロードの目にもとまらぬ剣捌きがイリスを薙ぎ払う。

 宙に浮かされるも、なんとかバランスを保ち着地するイリス。

 

「……聖女、いや。……この女はまだ使う」


 そう言って八斬刀を納め、壊れたように虚ろな瞳で放心しているユアンナを見る。

 このバイパス・ロードには忠誠というモノがないのだろうか?


「……どっちにしろ殺すけど?」


「まだ殺されるには早い。それに……戦えばきっと、お前も無事では済まんよ」


 暫くの睨み合い。

 イリスは刀を納め、踵を返す。

 その姿を見送り、バイパス・ロードは武者震いを起こした。



「ようやくだ……ようやく、この"呪わしい歴史"に幕を閉じれるッ! 終わるんだ……もうすぐ。……()()()()()()()()()()()


 そう呟くやバイパス・ロードは自らの内を循環する魔力を使い聖女に暗示をかけた。

 記憶の改竄と強い念を彼女の壊れた心に送り込む。


 これで全ては整った。



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