♯67 再会
「まさに宗教的芸術ね。壮観壮観」
修道都市『サフレン』の内部の景観を眺めながら、ルインの行方を捜す。
あの格好なのだから割と探しやすいかもとは思ったが、如何せんサフレンの内部はあまりに広い。
ルインを探す一方で、見回りの兵士達をことごとく躱していく。
それほど多くはない為難しくはないが、やはり違和感を覚える。
なぜ警戒態勢をとらない?
疑問ばかりが残る。
「……誰かお探しかな?」
疑念に気を取られ気が付かなかった。
人混みの中、突然後ろから声を掛けられる。
聞き覚えのある、女性の声と節々で鳴る駆動音。
「バイパス・ロード、だったかしら?」
「せめてこっちを向いてほしいな。折角こうして出会えたんだ。お互い正面を向き合って会話すべきじゃあないかな?」
微塵の気配も感じさせず、こちらに近づいただけでなく、背後をも取る彼女の能力の高さ。
不気味なこの修道女にイリスは恐怖に近いなにかを感じ、そのまま動けなかった。
「フ、強情な奴め。安心しろ、衆人環視の前でコトを起こすつもりはないよ」
「じゃあなに? 書物庫で見逃してくれたのはありがたいとは思うけど……恩を返す気はないわ」
「そうだな、お前達と我々は敵同士だ。恩返しは結構。……役者は全員揃った。そろそろ動きを始める頃合いかと思ってね」
「それで最初がアタシってわけ」
ようやくこっちを向いたイリスににんまりと笑いかけるバイパス・ロードの表情からは歓喜しか読み取れない。
胡散臭さならフレイム・ダッチマンにも引けを取らないこの機械の女を睨みつける。
そちらから再びコンタクトを取って来た以上なにかを企んでいる、そうに違いない。
「その通りだイリス。しかし驚いた。まさか別行動を取ってくるとはな。無論私には奴等が今どこにいるかが手に取るようにわかる」
「……わかってて放置してるの?」
「生憎兵士達を自由には使えない状況でな。こうして私が現場に赴いて動くしかないのだよ。……さて、本題に入ろう。イリス・バージニア、私は君を聖女に会わせる為に来たのだ」
「聖女? 懺悔でもしろって?」
「そうではない……いや、ある意味ではそうかもしれんな。取りあえずついて来い。……きっと、面白いことが起きる」
重鈍な駆動音と共に踵を返し大聖堂の方まで歩く。
イリスも彼女の後ろに続いた。
普段ならこんな提案など跳ね除けるが、フレイムの行動や目の前を歩くバイパス・ロードのこともあり、ガラにもなく慎重だ。
それに、奴のいう面白いこととは一体なんであろうか?
自分達が来ていることを知っているのはこの女だけ。
敵側がサプライズを仕掛ける暇などあるはずがない。
「大聖堂の裏口から入るぞ」
「正面から入らないの?」
「……今はまだ、目立たせたくない。なんたって……私が聖女と"とある人物"へのサプライズとしてお前をこうして連れているのだからな」
なるほど。
この目の前の女は敵よりもまず味方を騙しているらしい。
全力で愉しみながら。
「血で血を洗う祭りは、序盤が大事だ……。私はセッティングをしてやっているだけに過ぎんよ」
「……なんの為に?」
「私の大事な目的の為だ」
一癖も二癖もあるこの機械の女は相変わらず掴み所が無い。
自分達を倒す以外にもなにか目的がある。
コイツは独自で自分の為に動いているのだ。
そこにはフレイムにも似た雰囲気があった。
「さぁ、もうすぐ裏口に着く。今回は変装はしなくていいから安心しろ?」
「修道服なんて二度と着ないわよ」
「そうか? 似合っていたぞ?」
一瞬殴ってやりたいとも考えたが、流石に手の骨が折れてしまいそうだ。
ぐっと堪え彼女についていく。
裏口からの通路はずっと薄暗く、夏にも関わらず空気がひんやりとしていた。
神聖な空間が醸し出す荘厳な佇まいが、妙に重圧的だ。
いるだけで息が詰まりそうになる。
通路を少し渡って見えてきたのは遥か上まで続く階段だった。
「さぁ階段を昇るぞ。ついてこい」
「おんぶしろ」
「嫌だ」
黙って階段を昇っていくが大聖堂の大きさも相俟って、階段の長さはかなりのものだ。
流石のイリスでもへたりそうになった。
「安心しろ、別に最上階まではいかないよ。……よし、この階だ」
ようやく長い階段が終わり、蝋燭の火で照らされる通路の先を見ると、煌びやかな扉が見えた。
あそこが目的地らしい。
「あそこに入るの?」
「あぁ、聖女とある人物を待たせてある。……きっとお前も喜ぶぞぉ」
またしても不気味な笑みを浮かべるバイパス・ロードに、怪訝そうに頷いて見せたイリス。
そして、扉を開いた先にいたのは……。
「……お前は、イリス・バージニアッ!」
「アンタは……」
ストラリオ国で出会った少年。
勇者にして世界の希望。
「……紹介しよう、こちらが聖女ユアンナ・アウイナイト。そして……お前も出会ったことがあるだろう? 勇者レイド・ザイルテンツァーだ」
バイパス・ロードの上半分を鋼鉄に覆われた顔から悍ましいまでの笑みが浮かぶ。
まるで、今から血生臭い戦いのスタートだと、狂人が歓喜するかのように。




