♯66 始動
修道都市の片隅にある墓地。
街の賑わいから離れた、緑豊かで閑静な空気を孕んだ神聖な場所。
その奥にある林の中でイリスは仲間と合流を果たす。
しかし、厳密にいえばそこに居たのはミラのみであった。
「……フレイムは?」
「それが……着替えた途端神妙な顔つきでどこかに」
単独行動か。
これまでのフレイムの行動を鑑みると、異様なまでに早い。
彼は常に余裕を持って行動し冷静な目で周りを見通す。
だが、今回は自分達を置いてさっさと行ってしまった。
これだけみれば薄情ともとれるが……。
「もしかしたら、行動そのものがメッセージなのかもしれない」
「え?」
「奴にとってここは、最も重要な場所らしいわね。恐らくサキュバスの街で女神に会えないってわかったそのときから、ここへ行こうと決めていたんでしょう。以前いくつか候補を定めてるって言ってたけど……どうやら別に手当たり次第にってわけじゃあない。……特にここは悠長に宿に泊まってる暇はないみたい」
イリスは修道服を脱ぎ捨て、蒼鎧を着始める。
腰に倭刀を差し、髪を整えながら話した。
フレイムはもしかしたら、ここに叡智の果実の気配を感じ取っているのかもしれない。
「暗殺者を送ってきた割にここの警備がかなりザルよ。大聖堂でさえ兵士の動きにほとんど警戒の色はなかった。……逆に異常だわ」
「そう、ですか……」
――――犠牲者が出ないのならばそれでいい。
そんなことを表情に浮かべながら小さく答えるミラの傍らでイリスは考える。
バイパス・ロードだけが自分達の侵入を感知していた。
しかもそれを兵士達には告げようとしない。
それはなぜだ?
もしかしたら彼女のような幹部連中のみで動くつもりなのか。
可能性としてはありえるが、ここまで巨大な宗教組織がこんな杜撰なことをするとは思えない。
誰かの意図が絡んでいるのだろうか。
「……ま、どうでもいっか。奴等の意図がなんであれアタシには壁にもならない」
林を出ようとしたそのとき、ミラに突然手を握られる。
振り返れば目を潤ませながら、イリスをじっと見つめていた。
「お願い……無茶はしないで……無闇に、人の命をとらないで……ッ!」
ミラの心からの願い。
イリスは一瞬目を細めた後、深い息を吐く。
手から伝わる彼女の熱が、妙に心地よかった。
そのせいだろうか。
嫌だ、とは真正面からは言えなかった。
「……場合による」
イリスはミラの手を優しく払い、その場を後にしようとした。
そのとき、ふとあることを思い出した。
ルイン・フィーガのことである。
彼の姿が見えない。
「ねぇ、ルインはどこ?」
「それが……ここには来ていないんです」
「……は? 迷子?」
呆れ果てる。
どうやら、ルインを探す必要がありそうだ。
「まぁあのふざけた姿してりゃ嫌でも目立つから大丈夫でしょう。いいわ、見つけ次第こっちに行くよう言っておくから。アンタはここで待ってて」
「わかりました。……あの、ホントに気を付けて」
「わかったってば!」
小走り気味に街の方へ赴く。
フレイムもそうだろうが、彼は街のどこへ行ったのだろう。
彼がそこまで行動を早める理由は……。
このとき、イリスは知らなかった。
ルインの行方、そしてフレイムの恐ろしい思惑を――――。




