♯61 冴え渡る凶刃
イリス達があの忌まわしきダ・ウィッチ村から出発して2日目の夜。
野宿ということで川の近くにてキャンプをする。
「日が昇り次第出発する。それまで身体を休めておけ」
じゃんけんの結果、イリスが最初に見張りをすることとなった。
負けたのは不服だが、今夜は眠れそうもない。
目が冴えていているというか、神経が少し昂っているような気分だ。
「……もうすぐ日付が変わるわね。なんだろう……嫌な予感がする」
彼女の感覚が殺気を感じ取っていた。
皆はこの通り寝入っている。
いや、フレイムは起きているかもしれないが、恐らく手を貸すつもりはないだろう。
数は8か9ほど……倒せないほどじゃあない。
(サフレンからの暗殺者かな? ……丁度いい、腕試しの時間ね)
数多の戦闘により昇華した能力。
ダ・ウィッチ村でも更に強くなったような自覚はある。
傷も治っているので調子はいい。
これ以上ないチャンスだと、敵の気配を辿った。
――――川の方からだ。
イリスは立ち上がり、川の方へと歩く。
睨んだ通り、川の中から十字架の紋様をあしらった黒い装束に身を包んだ男衆が現れた。
両手には短刀を持ち、ジリジリと詰め寄ってくる。
「……問答無用、かかってきなさい」
イリスは余裕の表情で手招きをする。
鯉口すらも切ろうとせず、あくまで自然体で受けて立った。
サフレンからの暗殺者、その指揮をとっていた修道都市『サフレン』の聖職者ソォデ・ビィム。
本来、迎え撃つという姿勢を決めていた聖女やレイド達の命令を、彼はあえて無視した。
相手を早い目に摘んでおくというのもあるが、第一は敵の強さを知っておきたかったというのもある。
(さぁ見せてみろ。貴様等がどれほどの力を持っているのかを)
物陰に隠れながら、ソォデ・ビィムは事の顛末を見守る。
そして、如何に相手が強大な力を持つかを目の当たりにすした。
「ふっ!」
まず3人の暗殺者がイリスに斬りかかる。
抜刀せぬまま佇み、3人の刃がイリスの急所に食い込もうとした直後。
――――彼等の視界から消えた。
同時に、自分達の身体から大量の血液が噴き出してきたのを見た。
断末魔を上げることなくそのまま無惨に転がっていく。
(――――神速いッ! あのタイミングからの……抜刀術だと!?)
イリスの太刀筋とその身のこなしは完全に以前より格段に上がっていた。
奴等の動きが止まって見える。
刃が肉を斬った音すらも聞こえない。
飛び散った血と斬り開かれた肉体から漂う臓腑の臭いに酔いしれながら、残り6人の暗殺者に目を向けた。
「……なぁんだ、神託者じゃあないみたいね。それだったら、今の3倍くらいの人数欲しかったかな」
「ば……化け物ッ!」
暗殺者のひとりが堪らずそう呟く。
その言葉にイリスは歯を剥き出しにした笑みで答えた。
「アタシは……ただの人間よ? 神託者……とりわけ、異能者をぶち殺すことに特化した、ね?」
そして間髪入れず零縮地。
見切れるはずなどありはしない。
無音静寂にして気配も姿も見えはしない極意。
――――ひとり、またひとりと首と胴を刈られていく。
彼等の遺言は驚愕の表情のみとなった。
「ひ……ひぃ!?」
一瞬にしていなくなった先輩暗殺者達とイリスの強さに腰を抜かした新米がひとり。
後方にいたのでイリスからは見えなかった。
だが、こうして視認した以上、生かしてはおけない。
「お……お許しを、神の御慈悲をッ!」
「大きな声ださないで、皆寝てるのよ……?」
人差し指を唇に当て静粛を促すイリス。
だが、すぐに彼の胸倉を掴み刀を突き刺そうとした。
突如、背後からミラの声が聞こえる。
「イリスなにやってるの!?」
視線を後ろに向けると、ミラが悲し気な表情で駆け寄ってきていた。
ルインも後ろからついてきていて、フレイムは寝転がったままイリスを見ている。
「……殺したの? こんなにもッ」
「えぇ、殺したわ。神に仕える者でも殺しに来たら殺し返せ……これ常識でしょ?」
イリスの物言いにミラは顔を赤くし、再度制止をかける。
ミラはもうイリスに殺しをしてほしくなかった。
彼女が血に濡れ喜ぶ姿が嫌だった。
更生させる、とはいつか言ったが、今の彼女は更生どころではない。
「イリス……、その方を解放して? お願い良い子だから……」
ミラの言葉に救われたかのように新米暗殺者の表情に安堵の色が浮かぶ。
同時に、イリスの手が緩んだ。
だが、その動作にホッとしたのは束の間だった。
「ぐあッ!!? ……な、なん、で?」
倭刀の切っ先が彼の胸を貫く。
背後まで貫通した刃は血に濡れて綺麗な赤黒い液体を地面に滴り落としていった。
「アタシは殺すと決めたら殺す女なの……ごめんね?」
ニコリと優し気に笑んだ後、返り血が付かないように引き抜いて、噴き出す血液を避ける。
そして勢いよく血振りをしてからの納刀。
実に歯ごたえのない敵だった。
なにより神託者でなかったのが惜しい。
雑魚をいくら斬った所で、気持ちが晴れるわけでもないというに。
「な、なんで……どうしてアナタは……ッ!」
「……ミラ、アタシは斬るだけの女よ。その為だけに、今まで生きてきた」
すれ違いざま、ミラが悲しそうに自分を見つめているのが見えた。
今にも泣きそうに涙を浮かべ、口をつぐんでいた。
……他人にこうも思われるのは、初めて。
死んだ母親の面影、というのは流石にないが、どうも彼女とはやりづらい。
彼女と話すときだけ、自分が優しくなっているような気がする。
ふと、そんな思いがよぎった。
「……フレイム、変わって」
「うむ、いいだろう。いい剣捌きだったぞイリス。サフレンでは期待しているからな?」
「……フン」
相変わらず、この男だけは好きにはなれない。
今すぐにでも斬り刻みたいというに……。
ルインに連れられるミラを見ながら、フレイムは見張り番に徹する。
――――それと同時に、フレイムはソォデ・ビィムのいる物陰に視線を送り、不敵な笑みを浮かべて見せた。
「――――ッ!?」
ソォデ・ビィムは、背筋が凍るような感覚を覚え、その場から立ち去った。
彼にとって今夜の惨劇は、修道都市『サフレン』で起こるかもしれないひとつの未来を暗示するかのようだった。




