♯52 決戦前
次の日、18時半前。
再度の襲撃に備え家の中に籠る者。
避難場所として薄ら高い丘の上に移動する者。
村人達の身の安全を守る準備は出来ていた。
夏である為日の入りはまだだ。
ほんのりと明るさの残るこの時間帯に、村長の家の前で準備をしていたイリスとフレイム。
「丸投げね」
「仕方がないだろう。他に脅威に立ち向かえる者がいないのだ」
槍の手入れをしながら、隣で人参をかじるイリスにフレイムは肩を竦めて見せる。
威張り散らしていた村長の孫までも、部屋の中に閉じこもってしまったという。
それほどまでに、この村はそれなりにのどかだったのか。
しかし、それを今言っても仕方がない。
女黒騎士を、イリスもフレイムも確実に仕留める気でいた。
静かなる意気込みを胸に秘める中、コシュマールがイリスに近づいてくる。
「……なに?」
「失礼、イリスさん。この村の保安官として今度は私も戦う。その為にだね……是非とも君と2人で話し合いがしたいんだ。……他の誰でもない君と」
突然の来訪のみならずこの提案にイリスは度肝を抜いた。
だが、彼女にとってこれは好都合だ。
この男を殺すことが出来る。
殺した後に女黒騎士の方へ行けばいいだろうとも考えた。
「……まぁいいけど。フレイムはそれでいい?」
「……あぁ、構わんが。こういうのはもっと早くにしていただきたいな。……なるべく早くに終わらせてくれ」
「……了解した。北の林の近くに小屋がある。5分後にそこまで来てくれ。私も準備するから」
そう言って足早にコシュマールは去っていった。
イリスはずっと不信の眼差しで見ていたが、とりあえず行ってみることに。
(殺した後は……まぁ適当に埋めて、"逃げ出した"って言っておこうかな。まぁ言い訳くらいなんとかなるでしょ)
5分後、のそのそと歩きながら林の近くにある小屋へと移動する。
小屋にしては少し洒落てはいるが、別段怪しいという所は見受けられない。
ドアを開くと玄関があり、奥の扉に続いている。
「……ほあんかーん?」
間延びした声掛けをしながら奥の扉へ行くと、直前で足が止まる。
内部から人の気配がしない。
あまりにも静かすぎるのだ。
(……なるほど、そっちもうって出てきたってわけね)
左手を刀に添え、親指で鯉口を切る。
舌なめずりの後、勢いよくドアを蹴り破った。
その瞬間を狙ったのか、3発の銃弾がイリスに翔ぶ。
「ハハハ、罠ってわけね!」
廊下の壁に張り付き、その場でやり過ごす。
「フン! そちらもノコノコついて来たあたり……私を殺す気だったのだろう?」
コシュマールの嘲笑の入り交じった罵声が部屋の奥から響く。
「残念だが……君には死んでもらう。女黒騎士はあの貴族1人で戦うことになるだろうがな!」
「アンタをこの場で即死させりゃすぐよ」
「フフフ、果たして出来るかな!?」
コシュマールが奥へと走り、扉を開けて外へ出る音がした。
すかさず追いかけるイリスは、彼が向かった林の中へと駆けていく。
ホームグラウンドゆえか、コシュマールの方が速い。
だがイリスも負けていない。
「ふん、なら……これならどうだ!」
林から森へ。
木々が行く手に生い茂る中、コシュマールは煙幕を破裂させた。
視界が塞がれ、イリスは足止めを喰らう。
「く……この煙ッ!」
辺りが白く曇っていく。
だがそれ以上に奇妙なことが起きていた。
「煙が晴れない……いや、煙が木々にぶつかったりして、行ったり来たりを繰り返してるッ! まるで、反射しているみたいに……ッ!」
生き物のような動きを見せる煙は、イリス周辺の煙の濃度を一定にしている。
振り払おうとするが、これは払えそうにない。
「……奴の神託か」
イリスは調子に乗って深追いしたことを後悔した。
見事に敵の術中に嵌ってしまったのだから。
「フフフ、平地で戦えば私は君に勝てないだろう。……だが、ここは私が最も得意とする戦場!」
コシュマールの声が響く。
声まで木であちこちに反射しているのか、右からも左からも聞こえた。
これでは場所の特定が困難だ。
しかも、無闇に動けない。
「我が神託、『セックス・オン・ザ・ビーチ』の真の恐ろしさはこれからだ!」
ダ・ウィッチ村の欲深い保安官コシュマールの毒牙が、今イリスに向けれる。




