♯51 月下の調べ
音色はギロチン台から聴こえてくる。
音楽には詳しくはないものの、夏の暑さを孕む風に乗ったその弦の音は、とても涼やかにか案じた。
音色に心を落ち着かせながら、ギロチン台へと赴く。
現在も手入れがしてあるのか、白刃の傾斜が月光で薄っすらと糸のように伸びていて綺麗に写った。
そのギロチンを見上げながら座り、竪琴を弾くルイン。
「なにしてんの?」
「弾き語りでござる。村の者から借りました。小生はこれでも竪琴とダンスとハイクには絶大な自信が……」
「詩人がダンスするの?」
「……それは言わないお約束」
今度は軽快な曲を奏でながら、イリスの元まで降りてくる。
こんな風を装ってはいるが、彼は彼で情報を集めていたようだ。
「あの女黒騎士は、このギロチンにて処刑されたらしいですぞ。しかしおかしい、実におかしい。丁重に葬られたのは胴体のみで、その首はどこかに消えたらしいのですぞ」
音楽に乗せて知り得たことを話していく。
イリスもまた疑問を浮かべた。
なぜ首がない。
誰かが持ち出したのか。
それはどうしてだろう、と。
「その首の表情ときたら……死して尚男達を暫く魅了し続けたのだとか!」
「げぇ……じゃあ、誰かが持ってったんじゃあないの?」
「フフフ、かもですな。例えば、あの村長とか」
「ありそうで怖い……この話やめにしましょ?」
そう言って踵を返そうとするや、急に呼び止められる。
「イリス殿」
「なに?」
「……アナタは、ダッチマン卿をどう思います?」
この質問にイリスは先程のことを思い出し、一気に顔を赤くする。
「どうしました?」
「うっさいバーカ!!」
「恥じらいながらの罵倒!?」
咳払いの後、イリスは簡単に述べた。
「……いずれ殺す男よ。それ以上でもそれ以下でもない」
「彼のあの思想に、なにか言いたいことは?」
「無い。そういうアンタは?」
ルインは演奏を止めた。
しっかりと竪琴を脇に抱えるや、自慢げに話し始める。
「神殺しの伝説はいくつも知っています。ですが……神を根本から否定するのは聞いたことがありませんので、正直驚いています。……なにせ、小生がかつて愛していたのは……ある女神でしたから」
「女神?」
「えぇ……、彼の言う所の『後に生まれた新しい神』に分類されるのでしょうが……。小生、少し傷心気味なのですぞ」
「にしては……アンタ怒らなかったわね」
「彼の話を嘘と断ずるにはどうもね……しかし、小生の愛した女神は紛れもない……本物でした」
「その女神様の名前は? その女神様に、不老不死身にさせられたの?」
ルインはニヒルな笑みを浮かべながらもう1度、竪琴を撫でるように鳴らす。
「……ヴィリアリトニス。かつては子孫繁栄を司る美と情愛の女神でしたが……後にサキュバスの女神となりました。いや、貶められたと言うべきか。人間の間では、半ば悪魔扱いでしたな」
それ以上はイリスも口出ししなかった。
どのような出会いを経て、現在に至ったのか。
それを聞くのは不粋だろうとと判断した。
「ダッチマン卿もまだ話していないことがあるように、小生にも話していないことが山ほどあります。……アナタになら、話してもよさそうですぞ。あ、ミラ殿には内緒で」
ミラに特別な気持ちがあるらしい。
イリスは目を伏せながら軽く笑みを零す。
「……明日ですな。小生は無力ゆえ、御武運を祈ることしか出来ません」
「それでいいわ。……ミラの側にいてあげて」
そう言って去っていった。
その後ろ姿を見ながら、ルインは微笑む。
「イリス殿も……大分表情がやわらかくなりましたな」
そうしてまた、竪琴を弾き始める。
かつて愛していた……しかし、裏切ってしまった彼女にいつか聴かせたこのメロディーを。




