♯50 動き出す村の闇
「提案……とは?」
「はい、あの旅人共には女黒騎士に殺されてもらいましょう」
コシュマール保安官が身を乗り出す。
「2対1でようやく互角。では、分断させればどうなるか……? 特にあのイリスとかいう小娘がその場にいないとき。恐らく劣勢になるでしょう」
「……騎士をフレイムにあてがい、君がイリスという娘を始末すると言うのかね?」
「その通り。あの騎士は生前から血に飢えている。恐らく奴がこの村に入り込んだのは、きっと戦いの血が騒いだからかと」
「君がイリスを殺し……あの女黒騎士がフレイムを殺す。その間に、ワシがミラを……」
村長の表情が決意で固まる。
その様を不敵に笑みながらコシュマールは続けた。
「……村長、昔貰ったという『サキュバス封じの枷』がありましたよね?」
「あれか! まさか、今になって使う日が来るとはな」
「そうです。……村長、困ったことがあればいつでも相談にのります。……ですので、これまで通り……」
「わかっておる。村娘でも人妻でも……好きに喰らうといい。なにかあればワシが弁護する」
「フフフ、感謝致します」
そういうや、コシュマール保安官は応接室を出る。
算段は出来ていた。
イリスをなんとかして誘き出し、分裂させる。
思案を巡らせながら村長の家から出ると、ある女性が待っていた。
イリス達が来る前に、不眠で悩んでいると相談を持ちかけた女性だ。
「イケない女だ。もう我慢出来ないのか」
誰にも見つからないように、女性を近くの林に連れていく。
強引に服を脱がさせ、勢いのままに、その肉体にがっついた。
官能と激情がぶつかり合い、女性は嬌声を上げ続ける。
コシュマール保安官の唯一の楽しみ。
この村の水がいいのか、食べ物がいいのか。
自分好みの発育の良い女ばかり。
好きなだけ喰らえるこの環境は、まさに楽園そのものだった。
(素晴らしい……ッ! この村の女は、私のモノだ!!)
絶頂と共に掲げるのは、自らの勝利絵図。
この戦いを制すのは、このコシュマールであると。
一方、イリスは未だ布団に包まったままだった。
勢いに任せるととんでもないことになるのだと、改めて思い知る。
「……最悪」
1人でブツブツボヤいていると、扉が開いた。
ブーツの音から察するにミラだ。
「どうしたのです? アナタらしくもない……」
心配そうにミラが覗き込む。
今は誰の顔も見たくない。
そう思ったのだがミラの声を聞くと、なぜか落ち着く。
ちょっとだけ顔を出した。
「ちょっと気分悪いだけ」
「……無理はしないように。アナタ、ここへ来てからかなり血走った目をするようになったから」
「それは多分元々よ」
溜め息混じりに布団からようやく起き上がる。
イリスの姿に赤面し、早速説教を始めるミラから逃げるように鎧をいつも通りに装着。
「外の空気吸ってくるわ」
「あ、コラまだ話が……、もうッ!!」
倭刀を差して窓から飛び降りる。
着地は成功した。
しかしその真ん前になんとエヴリンがいたのだ。
満面の微笑みで見ていたものだから、逆にイリスが驚いた。
「な、なによアンタ!」
「まずは"こんばんは"でしょ? まぁいいわ。そういえば言ってなかったわね。……村長さんの家の裏、私の練習場所にしてるの」
「え……れ、練習?」
エヴリンは目を伏せ、両の掌を合わせるようにかざす。
風が吹き、草が揺れ、花が散り、鳥が鳴く。
首のない女黒騎士との戦いで、傷ついた村を包むような月光が優しく降り注いでいった。
その中で彼女の掌に、あるエネルギーが集中していく。
イリスはこの感覚には覚えがあった。
規模は小さいが、確信がある。
「魔力ね」
「そう。私のお母さんは魔術師らしいのだけど……その名残かしらね。因みに、今このことを知ってるのは私とイリスさんだけよ」
幼い少女とは思えぬほどの妖艶な笑みをこぼしながら、掌の魔力を消失させる。
出会ったときからタダ者ではないとは思っていたが。
「へぇ、道理でアタシに刀向けられても……騎士との戦いで大勢死んでも、顔色ひとつ変えないわけね」
「あら、私だって死を悼んでるわ。本当に可哀想な人達……天国でも仲良くね」
微笑みを崩さずに言ってのけるエヴリンに、イリスは寒気を覚えた。
自分も人のことは言えないとはいえ、本当に不気味だ。
ひょっとして、この世界にロクなやつはいないんじゃあないかと、ふと考えてみる。
「アタシは散歩するけど……アンタはどうする?」
「私はまだここにいるわ。あ、そういえば……髭のおじさんがギロチン台の方に歩いていくのが見えたわ。覚えてる? 村の北東にある場所よ。行ってみたら?」
ギロチン台。
あの女黒騎士が処刑された場所だ。
「行ってみるか……」
言われた通り北東へ進んだ。
民家は少なくなっていき、閑散とした雰囲気が漂う中、ギロチン台が見えてくる。
そこから、不思議な音色が聴こえてきた。




