♯49 一夜の過ち、村長の過去
「あぁ~疲れた~」
イリスは村長が用意してくれた部屋で休んでいた。
鎧を脱ぎ、刀を傍らにおいてレオタード風のインナー姿のままベッドに寝転がる。
ミラはまだ村人達の手当てを行っているようでまだ帰っていない。
「また来るのよね……アイツ。恐らく、明日の夜、同じ時間に」
確かな根拠はない。
強いて言うなら剣士の勘である。
ン・ガイの剣もそうだが、奴そのものの実力は申し分ない。
恐らくあの剣がなくとも、十分に強いだろう。
「相手は化け物……さて、どうしたものかしら」
こうして考えるだけでウズウズする。
体が戦闘と血で疼いてしまうのだ。
「……そういや、戦闘と言えばあの保安官、ずっと戦いを見てたわね。保安官のくせに隠れるようにして……神託者なら表出て戦えっての……ッ!」
この家に戻るときもこちらをジッと見てきたので、睨み返してやった。
あの品定めをしているかのような上から目線は腹が立つ。
「あの保安官も、殺すか」
一度に2人も殺す相手が増えて、思わずにやけた。
だが、ふいにフレイム・ダッチマンの顔が浮かんでしまう。
いずれ殺しにかかる相手なのだが、タガが外れてしまった。
「我慢、デキなイ」
理性を失ったようにフラフラと隣の部屋へ。
右手には抜き身の刀を持ち、不気味な笑みを浮かべながら、ゆっくりと扉を開ける。
「フレイム……」
ルインはいない。
どこかをほっつき歩いているのだろう。
だが、そんなことはどうでもいい。
目的はこちらに未だ背中を見せているこの男。
「君から来るとは珍しい。一杯どうだ?」
そう言って振り向くや、酒の入ったグラスを2つ。
イリスの不穏な様子にはまるで目もくれない。
「……アタシは、アンタの血が欲しい」
切っ先を向けながら薄っすらと嗤うイリス。
「約束を破ってでも、君は自らの為に殺戮を?」
「そうよ」
強い目だった。
理屈や良心等の入る余地のない。
剣のように鋭い意志。
「やれやれ……いいつけを守れん悪い娘だ」
薄ら笑いを浮かべながら、近くにあった椅子を持ち出し、イリスと向かい合うように座る。
「随分余裕ね?」
「君は余裕がなさそうだ……」
悠長に酒を飲みつつもイリスを見据える。
この余裕がイリスにとっては腹立たしかった。
「もう、無理……アタシ我慢出来ないの」
身体が火照り、刃にともる光が艶やかに煌めく。
呼吸は乱れ、虚ろな瞳はフレイム以外の全てを遮断していた。
フレイムしか見えない。
フレイムの血飛沫しか想像出来ない。
しかし、フレイム・ダッチマンは慌てることなくイリスを見つめていた。
彼女の平坦ながらも無駄のない肉質。
鍛えられた身体からは少女とも女性とも取れない色気を放っている。
レオタード風のインナーが熱気と殺意で蒸れて、それがなんともいえない美しさを引き出していた。
イリスを女という目線で見たことのない彼にとっては思いもよらない収穫だ。
「アンタのせいだから……アンタのせいでアタシはこんなに変になっちゃったんだから……ッ!」
上段に構え一気に迫ってくる。
法悦に浸った笑みで、恋人に抱き着かんが勢いでの突進。
しかし、フレイム・ダッチマンは口元を緩めながら酒を呷る。
振り下ろされる刀を鉄甲で軽々と弾き飛ばし、その手でイリスの腰に腕を回し無理矢理引き寄せた。
「こ、このぉ……ッ!!」
突然のフレイムの行動に慌て、必死に抵抗するがフィジカル面でもイリスを上回る彼から離れることは叶わなかった。
嫌がるイリスを見て興が乗ったように、瓶ごと酒を飲み始める。
「良い顔をするじゃあないか……ッ、いっそこのまま抱いてやろうか? 今なら出来る気がする」
「……殺すッ!」
睨みつけるイリス。
抱き合う2人の間に漂うのは愉悦と殺意。
「……ところで君」
「……なによッ」
「中々いいインナーをつけている。この姿だったら、色んな男を誘惑できるぞ間違いない」
フレイムのこの発言で殺気は消え、イリスに冷静さが戻ってくる。
冷えた頭と目で今の自分の姿を見直すや、身を震わせながら急速に顔を赤らめていった。
「お、そういう表情も出来るのか。なんだそれなりに感情があるんじゃあないか」
体温の上昇。
心拍数増加。
そして目の前のものがグルグル回ったように変な感覚に襲われる。
部屋に響くは強烈なビンタの音と罵声と扉を勢いよく閉める音。
イリスは真っ赤な顔で部屋のベッドに包まってしまった。
「夜這いに来たのは……アイツだろうが……ッ!」
ぶたれた頬をさすりながら再び酒を呷る。
この理不尽には流石のフレイムも気落ちした。
一方、その下の階の応接室では2人の男が座っていた。
難しい表情をしてる。
重苦しい空気しか漂っていない。
「……村長、首のない女黒騎士ですが」
「わかっておる保安官よ。しかし……まさか、ありえんッ。"彼女"は死んだ……ワシが、処刑した」
「処刑もそうですが……捕らえた後、アナタが彼女に如何なることをしたかを……」
「言うなッ! あれは……あれは美しすぎた……ッ! 今朝来たあのミラという女性のようにッ!」
村長が声と呼吸を荒げる。
その事情を知っているのか保安官は頷きながら話を聞いていた。
「やっと収まってきたのに……。手を出したくなる……首がなくとも容易に想像できるあの至高の肉体。そして、それに被さるように……ミラという女性が、更に魅力的に映るのだ」
「……これは私の勘ですが、恐らくミラという女性は、サキュバスではないかと」
「なに?」
「ローブを深くかぶり過ぎている。恐らく無意識にだが……自分の正体がばれるのを怖がっている。きっとあのローブの下は……」
情欲に燃える村長には容易に想像できた。
最高のプロポーションに、それを引き立てるサキュバス特有の衣装。
胸は高鳴り、長きにわたって包み隠してきた独占欲が唸りを上げる。
「村長……いかがです? もしも、彼女を欲するなら……私の提案に乗る気はございませんか?」
「提案?」
「えぇ、アナタにとっても悪くない提案です」
コシュマール保安官は不気味な笑みを浮かべた。
そして悪魔のように甘美な提案を打ち明ける。




