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♯4 嵐の予感、勇者の希望

 石造りの砕けた壁から砂ぼこりが舞う。

 むせ返るような臭いと色の中で、フレイムは何度も服と髪をはたいた。

 埃と塵が舞い、咳込みながら今の状況を把握する。


「ぐ、私としたことが、角度を見誤るとは……まぁいい、アクシデントはつきものだ。むしろ、よくもまぁ咄嗟にプランBなぞ浮かんだものだ。流石私」


 体を起こし周りの様子を確かめると、既に下に兵士が集まって来ていた。

 思った以上に行動が早い。

 流石のフレイムも、この状況にはお手上げだ。

 変に抵抗して事態が悪化すれば、それこそ旅に支障が出る。


「いかんな、目立ちすぎたか……。そう言えば、勇者一行が絡んでいるのだったな……。その勇者一行とやらはどこにいる?」


 兵士達が建物を囲んでいる中、1人の少年が前に躍り出て、フレイムのことを呼び止める。


「なぁ、いるんだろう? アンタに話がある」


 フレイムはゆっくりと下を見下ろす。

 そこに立つのは、マントを羽織り、剣士の装束を身に着けた黒髪の少年。

 恐らく、イリスとそう年齢は変わらないだろう。


 だが、最も驚くべきなのは彼の"声"だ。

 言葉遣いに少し荒々しさがみられるも、不思議と耳を傾けてしまうような声調。

 一言一句に聞き惚れる、というべきか。

 

「……なにかな? 今私は忙しいんだが」


「アンタに逃げ場はねぇ。俺はアンタと……"神託斬り"に用があるんだ!」


 その言葉を聞いた瞬間、フレイムの直感が、脳内でざわめく。


「私と……あのイリス・バージニアにか?」


「そうだ、どうしても会いたいんだ……まずはアンタと、話がしたい」


 真っ直ぐな瞳だった。

 正義と狂気が入り混じり、今にも燃え上がりそうな輝きを秘めている。

 

「……いいだろう! このフレイム・ダッチマン、名も知らぬ君の要望に応えよう!!」


 そういうと、軽やかに地に舞い降りる。

 フレイムの口角は不気味なまでに吊り上がっていた。

 無論、少年はその真意を知る術はない。

 

「話がしたいのだったな?」


「あぁ!」


「ならば、ここから1番近くのカフェでどうかな?」


「……わかった。ちょうど今、あのカフェに仲間がいるから。あそこでいいか?」


「君に任せよう」


 少年は踵を返し、兵隊長であろう人物に指示を出している。

 困り顔の兵隊長は暫く考えた後頷き、兵士達にその場を離れるよう指示した。

 これは撤退の指示だ。

 その少年は、兵隊長に命令したか頼んだかで、その指示を出させたのだと、フレイムは感じ取った。

 

「ほう、その歳で軍隊の命令系統の、かなり上位に食い込んでいるらしいな」


「俺は軍人じゃあねぇよ。普通の人間だよ、どこにでもいるな。あと、あの人は俺の死んだオヤジの部下だった人。昔からの知り合いでね……指示っていうかちょっとした頼みをしただけさ。」


 少年は疲れたように肩を鳴らす。

 妙なコネクションを持つこの少年にフレイムは興味を持った。

 どれだけ見ても、なんの変哲もない少年に、どうしてここまで魅力を感じたのか。

 ――――少し、確かめてみたくなった。


「……君の名を聞いていなかったな? さっきも言ったと思うが、私はフレイム・ダッチマン。貴族兼賞金稼ぎだ」


「……金があるのに賞金を稼ぐのか?」


「趣味だ、というか、暇潰しだ。……で? 君の名前は?」


 少年は立ち止まり、フレイムと真っ直ぐ向き合う。

 

「レイド・ザイルテンツァー。仲間と一緒に旅をしてる」


「レイド……、君はもしかして……『神託の光剣使い』と言われている……少年かね?」


「あ~……、うん、なんで言われるようになったかわかんないけど」

 

 この問いがフレイムを確信へと導いた。

 コイツが話題になった"勇者"であると。


「ほう、これはこれは……勇者殿であったか。この街にはどうして? 確かこの世の魔物を殲滅する為に旅をしているとは聞いていたが」


「まぁそんなところさ。だけど……イリスって奴に、俺の大切な仲間が……」


「そうだったか……これは失敬。……おや、兵士達の撤退も済んだようだ。では、我々も行こうじゃあないか」


 そう言って、仲間が待っているというカフェに足を踏み入れる。

 

「ほう……中々いいカフェだな」


 小洒落た雰囲気の内装に流れる小粋な音楽。

 自然と背筋が伸び、上品な時の流れを感じ取れる。

 

「あのこの隅っこさ。おおい! お待たせ」


 隅のテーブルには、女性3人が肩を並べて座っていた。

 そして、レイドの姿を見るや、表情が変わる。


「あぁ、お兄様! お怪我はありませんか!?」


「レイド! また勝手に1人で歩き回って……ッ!」


 修道服と拳法服に身を包んだ少女2人が立ち上がる。

 見た感じ、修道女と格闘家だろう。

 修道女はレイドの妹なのか、お兄様と呼び慕っているようだ。

 そんな修道女は安堵の色を浮かべ、格闘家はこめかみを押さえながらため息を漏らしている。


「まぁまぁ、頭よりも先に身体が動く、というのはレイド君の本質。もう皆わかっているじゃない。だから、もう許してあげましょ? ね?」


 こちらは、落ち着いた雰囲気をもつ女性だ。

 年はパーティの中で最年長だろう。

 手に持っているのは古い魔術書だ。


「ご、ごめんよ皆。居てもたっても居られなくて。……神託斬りの関係者を連れてきた」


「ご機嫌麗しゅうレディ達。私はフレイム・ダッチマン。神託斬りのことを知っている男だ」


 彼女等がフレイムの姿を見た瞬間、場の雰囲気がガラリと変わった。

 気まずそうに俯く修道女と格闘家、そして、じっとフレイムを見定めるように見据える魔術師。


 しかし、そんな雰囲気は一切気にせず、近くに置いてあった椅子を持ってきて座る。


「随分と、女性が多いね? レイド、君の本命は誰だ? その人のスリーサイズは当然知っているんだろう? ん?」


「は!? アンタいきなりなに言うんだよ!」


「バババ、バッカじゃないの!? ……まだ知られて、ないわよね?」


「お、お兄様になら……別に」


「あらあら」


 場が変な意味で和む。

 非常に良し。

 とりあえず、簡単な自己紹介をしてくれた。

 修道女はレイドの妹で、名前をアイリという。

 格闘家はリャン。

 魔術師はハンナ。


 そして、数日前にイリスによって斬られたのは、ロイドというレイドにとっての大親友だった男らしい。


「なるほど、では目的は復讐かな?」


「いや、俺は復讐なんて望んじゃいない」


 レイドは即座に否定した。

 他3人もレイドに同調し頷く。

 強い眼差しだ。

 それだけで感じる。

 このレイドという少年との強い絆を。


「じゃあ、どうしたいんだ?」


 フレイムは笑みを絶やさず、そう聞いた。

 レイドは、さもそれが当然のように答える。


「決まってるだろ、あの娘に、神託斬りなんてやめてもらうんだ。あの娘の凶行を止めようと、ロイドは死んだ。すごく悔しいし、悲しい……。だが、あの娘がそうしてるのはきっと、なにかワケがある。それを突きとめて、やめさせる!」


 その言葉に、嘘偽りはなかった。

 聞いているだけでもわかる。

 仲間を殺されたにも関わらず、レイドはイリスの身を案じているのだ。

 そして、心底、イリスを救いたいと思っている。


「相手はきっと、君や仲間達に攻撃してくるだろう。それでもか?」


「それでもだ! 人殺しなんていう、間違った道を進んでる女の子を、俺は放ってはおけない!!」


 その為なら、どれだけ体を張ろうとも、命を張ることになっても、一切気にも留めない。

 自分よりも他人を重きにする精神。

 どうしようもないまでのお人よし。

 まさしく救済者にふさわしい気質だ。


「……君の神託で、イリス・バージニアを止めることが出来るか?」


「……やるしかねぇだろ」


 その瞳に迷いはない。

 自らの行動を絶対と判断し、何者にも屈しない意欲を燃やしていた。

 

(美しい……、血と欲の世界で、これほどの輝きをみせる人間がほかにいるだろうか?)


 しばらくレイドの瞳を見つめ、彼は思案を巡らせる。


 ――――イリスと出会わせれば、一体どうなるのだろうか?




「大丈夫ですわ! お兄様の神託は最強ですもの!」


「いやいや、流石に最強じゃないぞ? 攻撃力なんて無いに等しいし……」


「アンタねぇ。その神託でどれだけの人が救われたと思ってんの? 今回も大丈夫よ、イケるわ」


「無事に戦いが終わったら、お姉さんのスリーサイズ、教えてあげよっかな~?」

 

 ハンナの発言で、アイリとリャンがギャーギャー喚きだす。

 レイドは苦笑いを浮かべながら、両手に花と言った感じで、アイリとリャンに、腕を抱きしめられていた。


 その様子を見て、急にイラっときたフレイム。

 リャンの飲みかけのブラックコーヒーを手にとり、口に含むや。


 一気に4人に吹き付けてやった。


「うわっ! なにをするんだァーーーーッ!?」


「キャア! きったなーーい!!」


「あわわ、お兄様がコーヒーまみれにぃ~~!?」


「なにをするんですかもう!」


 4人の罵声に、フレイムは悪びれる様子すらなく、わざとらしく咳込む。


「あぁ~スマナイ、なぜか急に喉が渇いてね? それで近くにあったブラックコーヒーを飲んだんだが、実にまずい。砂糖の入れすぎじゃあないか? 甘ったるいったらありゃしない。つい吹き出しちゃったよ」


 その表情は、ザマを見ろ、と言わんばかりのしたり顔だった。


「まぁいい。……君達にそこまでの覚悟があるのなら、案内してやろう。イリス・バージニアがいるであろう場所に、ね?」


 フレイムは立ち上がり、出口に向かって踵を返す。


(丁度いい……、神託斬りの力がどこまで通じるか、この目で確かめさせてもらおう。相手は魔王から世界を救わんとする勇者様だ。相手にとって不足はあるまい?)


 彼は密かに笑みを零しながら外へ出て、海が広がる方向へと目を向けた。






 一方、海岸では。


「……よかった、あのままどこかに流されちゃうのかと思ったけど、この国の海岸にうまく流れ着いたみたいね」


 イリス・バージニアは生きていた。

 フレイム・ダッチマンに対する苛立ちを押さえながら。


「とりあえずアイツ探して文句言わなくちゃ……、いや、別に殺してもいいかな」


 ブツブツとぼやきながら、再度街の方へ入っていく。



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