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♯46 怪物、現る

 軽快な楽器の演奏の中で村人達は料理に舌鼓を。

 娘達は音楽に合わせて楽し気に踊っていた。

 中にはエヴリンもいる。


 一方、イリスは肉と野菜とオレンジジュースを堪能しながらフレイムとルインの話に耳を傾けていた。

 

「保安官と現場へ行って見たが酷い有り様だったぞ。荷物も人間もグチャグチャだ。何度も何度も念入りに磨り潰したようにな」


「ふぅん、質の悪い轢き逃げ犯ね。そんなのが怪異なの?」


「ハハハ、轢き逃げときましたか! 実に面白い。……しかし妙ですな。騎士はどうして村を襲わないのでしょう? 村で処刑されたにも関わらずです。しかも行動範囲は村の周辺ときた」


 ルインはコップと氷の間で揺れるウイスキーを眺めながら考えを巡らせている。

 フレイムもそこは謎には感じていたが、こればかりは保安官に聞いてもわからなかったという。

 因みにイリスはすこぶるどうでもよさそうだ。


「村を孤立させる為? いや、考えにくいな。なにより行動が不可解だ」


「もしかしてこの村に入ろうにも入れない、とかではないですかな? 魔術的な結界はなさそうなので……そうですなぁ。ギロチンにされたトラウマが抜け出せず周りに当たり散らしてるとか? 行きたいけど生前の恐怖がよぎって入れないとか」


「怪異に苦手なモノ、ねぇ。やっぱり死んでもそういうのには振り回されるんだ……」


 イリスは呑気に肉に齧り付きながら呟く。

 自分も過去をふと思い出した。

 なにも出来ず最愛の母を蹂躙されたあの日を。

 

 しかし彼女はそれを振り払う。

 今考えても詮無きこと。

 変えられない過去を悔やんでも仕方がない。

 進んで外道に落ちた。

 ならこのまま突き進むしかない。


 その意思を込め、イリスは再度肉に齧り付く。


「よく食うなぁイリスは。……ときに保安官から風の噂ということで聞いたんだが。その女黒騎士はとんでもない武器を使うらしい」


「ほう、チャリオットだけでなく? なんですかな?」


「……『ン・ガイのつるぎ』と呼ぶんだが、そんなものは今までに聞いたことがない。知っているかね?」


「なにそれ、変な名前ね」 


 イリスも知らない。

 魔剣や聖剣の類は剣士所以か、大方は知っている。

 だがその剣の名は初めてだった。

 自分の知らない業物なのだろうか。


 すると、ルインが顎に手を当てながらなにか思い出したような表情で答える。


「ン・ガイの剣、ですかぁ。いやはや運命とはわからないものですなぁ。まさか本当に実在していたとは」


「知っているのかね?」


 えぇ、とルインは頷いて見せるやその剣のことについて話し始めた。


「ン・ガイの剣とは、かなり古い戯曲の題名でしてね。出版したはいいものの読んだ者を忽ち狂わせ破滅に導くその内容から、各地で上演禁止並びに出版物焼却という完全に闇の中へと葬られた禁断の作品です」


「ほぉう。となると内容まではわからないな……参考にしたいと思ってはいたんだが」


 フレイムは諦めたようにそういうと、ルインは口元を緩ませながら嬉々として語る。


「いやいや、断片的ではありますが……その剣に関しての情報はいくつか持っているんですよ」


「剣の情報かぁ。アタシも興味があるわ。教えて」


「いいでしょう。ン・ガイの剣とは……端的に言えば"人殺しの剣"でござる。あ、勘違いなさらぬよう。皮肉だとかふざけているとかそういうモノではありません。事実そうなのですよ……神殺しの剣に並ぶ”人間を殺すことに特化した剣”なのです」


 ルインの説明はこうだ。

 ン・ガイの剣は対人間において絶大な効果をもたらす魔剣であり、例え相手がどんな異能を持っていてもどんな兵器を駆使しても、人間である以上はその剣を持つ者に勝つことはできない。

 

 人外に対してはただの剣だが、こと人間相手においては無敵である。

 一対一であろうと、一対多数であろうと。

 剣の持ち主が素人であろうと、赤子であろうと。

 その剣を持つ者に挑んだ人間は勝てない。

 持ち主が殺意を持って斬りかかれば、大抵は死ぬだろう。


「……すごい力を秘めているけど、なんだろうね。欲しいと思えないのが不思議」


「まったくだ……だがそんな剣を本当に、しかも生前から使っているとしたら国もお手上げだろうな。全兵力を駆使したとしても血の海が出来るだけだ」


 2人は肩を竦めて見せてはいるが、内面では妙に燃え滾っていた。

 武芸者の血であろうか。

 もしもそんな存在と出会ったらと思うと、血が騒いで仕方がない。


(こんなものは取るに足らん妄想であるというに……どうも考えてしまう。……そういった相手が現れたとき、如何に戦うがよいかを)


(無敵……かぁ。そういう奴を斬るのも、悪くはない)


 殺気だった2人に苦笑いを浮かべるルイン。

 まさか戦闘意欲を高めることになるとはと、思いもよらなかった。


 


 一方、こうして賑わう中で村長はミラと話していた。


「如何かなミラ嬢。田舎料理がアナタのお口に合えばいいが……」


「いえ、美味しいですよ」


「ハハハ、それはよかった。……どうです? パーティが終わった後にでもワシの部屋で色んな話を聞かせてくれてはもらまいか? ひとつ、この老いぼれの為に」


 そう言ってミラの手を触ろうとしてきた。


「あ、いえ……。それよりも村長! 私もっとお酒が飲みたいですわ。……こんな席は久しぶりなもので」


「おぉ、そうかね! では持ってこよう。ここで待っていてくだされ」


 自分を見る村長の目には確かに情欲が宿っていた。

 ミラは困惑と同時に恐怖を覚える。

 あの目はサキュバスの街で出会ったカイウスに似ていたのだ。


(まさか……。でも彼は老人だし。そ、そうよね。そんなハズはないわ)


 村長という責任ある立場にいる人がそんなことを考えるはずかないと、そう自分に言い聞かせた。







 村長宅が盛り上がる中、外ではある人物とその取り巻きがウロウロしていた。


「なぁ坊ちゃん。ホントにパーティ参加しねぇのか?」


「そうだぜ、あぁ~料理美味そうだったなぁ」


 坊ちゃんと言われた男。

 イリスが昼間に出会った村長の孫である。


「ふん! あんな生意気女を祝うなんてやってられるかよ! それともなにか? 僕の言うことを聞かずにでもパーティに参加したいってか?」


「ひっ!? そ、そんなわけねぇって坊ちゃん! へへへ……」


 不機嫌な村長の孫におべっかを使う取り巻き。

 ふと、後ろを歩いていたその1人が森の方を見る。


「……おい、どうした?」


「いや……なぁ、森の方でなんか音が聞こえないか? こう……車みたいな」


「ハァ? 今の時間にあんな足場の悪い所で荷馬車でも走らせてるって言いたいのか? もっとマシなジョーク言えよ」


 しかし、彼の顔色がどんどん青くなっていっているのが分かる。


「でも……ホラ、音がッ!」


 直後、他の者達にも戦慄が走った。

 確かに聴こえる。

 硬く、そして重々しい鉄の音と木々を砕いていく音が。


「あ、……あぁ! 黒騎士だ! 首のない女黒騎士だぁあ!!」


 月明かりによってシルエットが露わになる。

 白い異形の姿をした馬のような怪物とチャリオット。

 全速力でこちらに向かってくる女黒騎士が、今まさに彼等を襲おうとしていた。

 腰の剣をスラリと引き抜き、命を刈り取る構えをとる。

 あれぞまさに、イリス達が聞いた『ン・ガイの剣』そのものだ。

 見た目は血と錆に塗れたロングソードだが、逆にそれが恐怖を煽る。


「う、撃て! 撃てぇええ!! 撃ちながら逃げろォ!!」


 取り巻き達が銃を引き抜き一斉に放つが、素人が雑に使って当たるものではない。

 逃げようとするも高速で走るチャリオットに追いつかれ、ひとりまたひとりと命を絶たれていく。


 この騒ぎで多くの人間が村長宅から出てくる。

 そして悲鳴と発狂が場を埋め尽くした。

 イリス達も駆けつけ首のない女黒騎士の元へ向かう。


「あれが……騎士ね。化け物退治は専門外だけど……相手してやるわ」


「……誰か、槍か長い棒を持ってこい! 私も戦おう!」


「お願いだ! 助けてくれぇ!!」


 運よく1人生き残った村長の孫がイリスに縋りついてきたが、イリスはソレを蹴り飛ばす。

 村長の孫は白目を向いて気絶してしまったが特に気にはしない。


「……この空気、たまんない!」


「ほう、立派な槍だ。……イリス、あの化け物をどちらが早く仕留めるか」


「えぇ……競争ね? まぁ、こういうのも悪くないわ」


 2人して邪悪な笑みを浮かべながら女黒騎士にゆっくりとした足取りで近づく。

 女黒騎士も剣を演武のように振り回し、強者と戦える喜びを表した。


 


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