♯44 アンチゴッド <Ⅰ>
「ゴリラかっこいいわよね」
「なぜ今それを私に言うんだね?」
時間は過ぎ、夜の18時半。
フレイム達の部屋に無理矢理入り込んだイリスは熱弁する。
「だって、あの筋肉凄いじゃない。鍛えてる側としてはあれは憧れね」
「筋肉が付きすぎるのもどうかと思うが……」
「ハハハ、大方ミラ殿にそれを言ったら怒られたとか? まぁ年頃の娘が、"ゴリラと言われて嬉しかった"と言ったらそれは心配になるでしょうに」
「だからってさぁ……」
イリスが愚痴を言おうとした直後。
この部屋の扉が勢いよく開けられる。
ミラだ。
「やっぱりここでしたわね。イリス、人の好みにとやかく言うつもりはありませんがやはり……」
「だぁー! もうわかったわようるさいわね!」
ミラのお節介に鬱陶しそうにするイリスを見てルインは新たな構想を得たのか、ページの上に筆を走らせる。
しかし、その様子に水をさすようにフレイムが突如口火を切った。
「時間的にも丁度いい……盛り上がっている所申し訳ないが、少しいいかね?」
3人に呼びかけると各々好きな場所に座らせる。
フレイム自身は立ったままで彼等を軽く見下ろしている状態だ。
「さて……今から言う話はあまりに荒唐無稽なことだろう。だが聞いてほしい。……これはこの旅にとって重要なことだ」
まずフレイムは、今朝ルインに話したことをミラとイリスに話した。
「そんな……。私は、信じられません」
「……」
ミラは明らかに動揺している。
イリスは否定も肯定もせずにそのまま聞いていた。
「フフ、まぁ無理もない。人間の上位に存在するはずの神が、実は偶然生まれただけの産物だったなんて……。誰が聞いても悪魔主義的な発言だろうさ」
フレイムはイリス達の反応を楽しんでいるようでもあった。
しかし彼は、だが……、と続ける。
「そうした神々はある宇宙の致命的なことに気づいてしまったのだ。彼等はそれに対してとんでもないほどの恐怖を抱いたのだ。それこそ人間以上に過剰な恐怖を」
彼は遂にその恐怖の正体を告げた。
「神の力にまで昇華させ、奴等は宇宙そのものを知ろうとした。……この凄まじくも美しいエネルギーそのものである我々はどうしてこの宇宙に生まれたのか。そして、宇宙とはなんぞやと」
その結論はこうだった。
『宇宙が生まれたのは誰かの意思でも必然なく、ただ偶発的に出来た暗黒の虚。その中身こそ宇宙と言われているもの』
『この虚は何度も滅んではまた同じ所に現れる。大きさも時間も、中身の概念も寸部の狂いなく出来ては消えるを繰り返している。即ち、永劫回帰であること』
『ゆえに、誰かが望んだような意味や価値などはない。あるはずなどない』
『今地上にその命を根付かせている人間達同様、自分達もまた価値も意味もない、ただ滅びを待つ産物であること』
これを聞いたとき、イリスですら絶句した。
木に稲妻が落ち、一気に焼き砕いたような衝撃だ。
「……神々はこれらを知ったとき、人間以上にもがき苦しんだ。自分達が無価値である無意味であるなど、人間以上に耐えられなかったからだ」
フレイムは自分のベッドの端に座り、3人を見渡す。
「飯を食ってやがては死ぬなどという地上の自然サイクルにまるで馴染みのない彼等にとっては、自らの偉大さこそが全てであり何万年何億年と丁寧に貼り続けてきた大事な鍍金だ」
「なるほど……神々にとっては新しい星が生まれては古い星が消えるなど……、身が震えるほどの地獄に見えたでしょうな」
「フフフ、地獄か。言い得て妙だな。その仮定にある生と死。いずれ己にも訪れるであろう結論。神々は人間以上に強大でありながらあまりにも"虚無"に対して臆病でもあったのだよ」
「ちょっと待って下さい!」
突然ミラが立ち上がり、強い口調でフレイムに反論した。
「アナタは先程から……神々を侮辱するようなことばかり仰せですわ! それは間違いです。アナタは地上に住みながら地上を常に見守り、恩恵を与えてくださっている主やその他神話に存在する神々がどれだけ素晴らしいものなのかを全くわかっていない」
「ほう」
「神が地上に降り立ち、人間にあらゆる叡智や異能を与えたとき、人間文明は著しい発展を遂げました。その分戦争や貧困は絶えませんでしたでしょうが……それでも! 今我々が存在出来るのは神様の御蔭ではないですか? そして我々は信仰と崇拝を絶やさぬことで礼を返し続けることが、地上に生きる者の義務でしょう?」
ミラは決して譲らぬ意志でフレイム・ダッチマンにくってかかる。
「仮に……アナタの言う宇宙のソレが真実であったとしても、尚も地上を見守ることを決断し、それを真っ当しようとするあらゆる神々に私は敬意を表します。我が崇め奉る主は自らに降り掛かる困難にさえ寛大な精神をお持ちなのだと……改めて実感出来ました。そういう意味ではアナタの意見を聞いて良かったと思っていますわダッチマン卿」
ミラは言い終えると、腕を組みそっぽを向くようにイリスの隣に座る。
しかして尚、フレイム・ダッチマンは揺るがなかった。
「そうか……君はそう考えているのか。なるほどまさに宗教的だ。神から与えられる恩恵や試練に感謝をせずにはいられない。敬虔ではあるが、あまりにも盲目的だ」
「おやダッチマン卿、ミラ殿の意見が不服……というわけではなさそうですが……、まだなにかあるのですか?」
ミラが横目で彼を見る中、今度はフレイムが問うた。
「ミラ、君は神を随分美化しているようだが……私の話、覚えているだろう?」
「なにをです?」
「――"神々が宇宙を創ったというのは、神々が地上の生命共を騙し支配する為に作った真っ赤な嘘だ"、と。それが私達に伝えられている神話であり聖典、教典であると」
彼は今朝ルインに話して先程皆に話した一節を告げる。
その瞬間、ミラの内側にとんでもない嫌悪感が走り抜いた。
我慢出来ず今にも飛び掛かりそうになったとき、既の所でイリスが制止する。
「イリス……この手を退けて……ッ!」
「……神様云々に関しちゃアタシは知ったことじゃあない。でもここで変な殴り合いは鬱陶しいから止めて。じゃなきゃアンタも斬るよ?」
イリスに凄まれ一旦沈黙するミラ。
フレイムは眉間に指を当てながらこう語った。
「考えても見ろ……自分達こそ宇宙で最も優れた存在だと信じて疑わなかった神々が、なぜ他の動物より少しばかり知能の高い人間を優遇せにゃならんのだね? この宇宙と言われている虚に意味も価値もない筈なのにだ」
「い、一体なにを言って……?」
困難するミラの隣でイリスが口を開いた。
「その理由って、さっきアンタが言ったことじゃないの?」
「ほう、イリス殿はわかったと?」
「わかった……って言うより、コイツの言いたいことそのまんまでしょ? 神様は人間を支配して優越感を持ちたかったから、じゃない?」
イリスの発言にミラは瞳孔を収縮させるほどの衝撃を受ける。
その答えに対してフレイムは苦笑いで返した。
「正解……には近いかもしれない。だが優越感という言葉は些か品がないな。奴等が欲しかったのは『証』だよ」
――証。
地上の生き物達が自分達を崇め奉ることによって、自分達が正当なる上位者であると言う証明が得られる。
その為に、神々は人間になんでもした。
「そう、奴等が地上に振りまいたのは……奴等が長い間陥ってきたデカダンスによる……悍ましい"呪い"だったのだ!!」




