♯42 首のない女黒騎士
フレイム、ルイン、そしてミラは下へと降り応接室へと入る。
そこには村長と見慣れぬ男がいた。
男が3人に一礼する。
「初めまして。この村の保安官を務めさせていただいているコシュマールと申します。村長からはアナタ方の話は聞いております。ようこそ、私達の村へ」
にこやかな態度で話すコシュマールに3人も軽く自己紹介をした。
イリスと出会ったときと比べるとコシュマールの表情はやや朗らかだ。
余程彼女との話は腸の煮えくり返るものだったのだろう。
その流れで握手の手を差し伸べようとしたとき、突如女中がノックもせずに慌てた様子で部屋に転がり込んできた。
「なにごとだ!?」
村長が立ち上がり怒鳴ると女中は息を切らしながら話す。
「大変です……ッ! "例の騎士"です! 奴がキャラバンを襲ったようなんです! 村の方が教えてくれて……」
村長とコシュマールの表情に緊張の色が宿る。
それを見たフレイムが訝しげに尋ねた。
「失礼だが……、例の騎士とは? 騎士が盗賊まがいなことでもしているのかね?」
「あ、いや、これは……」
村長とコシュマールは同時に口ごもるや返答に困ったような顔をした。
中々口を開かない2人を横に女中が語りだす。
「もう15年くらい前の話です。あまりの残虐さから国を追われた女黒騎士が、流れ着いたこの村で処刑されて……」
「コラ! 余計なことを言うんじゃあない!」
突然村長に怒鳴られ女中は肩を一瞬震わせるや、そのまま部屋を追い出されてしまった。
これには保安官コシュマールも苦い顔をする。
「なにか、お困りでも?」
ミラが心配そうな顔をしながら前に出る。
彼女の声に少し落ち着きを取り戻した村長は、女黒騎士のことを話し始めた。
「……客人にこんな話を聞かせるのは忍びないが。昔、ある国にいた女の黒騎士の話だ」
村長の話はこうだ。
ある国に、聖母のような顔立ちからは想像もできないほどに血に飢えた騎士がいた。
殺人鬼同然の残虐さで、チャリオットを操り戦火の中を疾走していたのだ。
討ち取った将の肉の片を戦利品として食すことからついた仇名は『血塗られた舌』
やがて、彼女の力と残虐さを恐れた国は突如現れた"魔術作家と名乗る男"の助言の元、彼女を追い詰めた。
命からがら逃走に成功した女黒騎士の行きついた場所が、この村だったのだ。
村人達は騎士を歓迎する振りをして、長きにわたる疲労と安息に油断した彼女を捕縛。
村は『魔女』として女黒騎士をギロチンにかけたという。
全ては男の助言を受け入れた国の執念深い根回しによる賜物だった。
しかし、数年前にその女黒騎士は復活したのだ。
首の無い状態で、異形の馬を先頭にしたチャリオットに乗りながら――。
「なるほど……その女黒騎士が、村の近くを通った者を襲っている、と」
「その通りだ……コシュマール保安官、早速で悪いが現場へ行って見てきてはくれないか?」
「わかりました……」
「……私もいっていいかな? 少しばかり興味がある」
こうしてコシュマールとフレイム・ダッチマンは村の離れにあるその現場へと向かった。
ルインとミラは各々の部屋へと戻る。
1人応接室にて気難しそうな顔を村長は大きく溜息をした。
陰鬱な空気が老体をきつく締め付ける。
なんとかしてこの雰囲気を紛らわしたいと思うや、丁度良いものを想起した。
――ミラ、だ。
あの聖女のように柔らかな微笑み、そしてローブに身を包み身体こそ見えなかったがきっと素晴らしいものだろうと思うと、少しばかり活力が湧いた。
そして、こうも思った。
あの女を自分のモノにしたい、かつてのように。
――と。
一方、イリスはエヴリンと一緒にコシュマール宅へと戻っていた。
まだ帰らぬコシュマールを待つ為にと、エヴリンの話し相手になっていたのだ。
エヴリンの尽きることないトークに疲れ切った顔で向かい合って座るイリス。
「ふふふ、こうして知らない人とおしゃべりするの楽しいわ」
「そりゃ光栄……」
一通りしゃべり倒したエヴリンは満足したように椅子から降り、イリスの傍まで寄る。
イリスは彼女の頭をやや乱暴ではあったが撫でてやった。
「ふふふ、頭を撫でられるなんて外の人では初めてよ?」
「……あの保安官にも撫でられたりすんの?」
「ん~、たまにかな。でも、私なんかより村の女の人がよく保安官さんに撫でられているのを見たわ」
イリスが怪訝な顔でエヴリンの話を聞く。
一気に雲行きが怪しくなった。
あの保安官なにかあるとは思っていたが。
「あのね、夜中のことなんだけどね」
「うん」
「この家の隣にある小屋が保安官さんの仕事場なんだけど、度々村の女の人がくるの」
「……うん」
「この前なんかは女の人が壁に両手をついた状態で、後ろから保安官さんが抱きついてたわ!」
「……へぇ」
「来る人来る人小屋では服を少し乱してたし、終わった後はとっても疲れていたわ」
「……」
エヴリンはキョトンとした顔でイリスの顔を覗き込む。
それほどまでにイリスの顔面は怒りで歪んでいた。
顔にはどんよりとした陰鬱な影が舞い降り、眉を八の字に曲げながらドス黒い感情の覇気を放っていた。
今にも抜刀しそうな斬鬼の形相だ。
「ありがと……アタシ戻るわ」
「もう戻るの? んー、名残惜しいけど……わかったわ。ありがとう!」
さっき斬られそうになったにも関わらず、それをまったく意に介していないこの奇妙な少女には度肝を抜かれるが、今はそういった気分ではない。
(アイツ、今夜あたり殺さないとダメね。うん、殺そう)
コシュマール宅を出て村長のところへ戻らんと歩くイリス。
その頭の中は、どう斬り刻むかを何百通りも考え抜く人斬り特有の鬱屈とした思考で埋め尽くされていた。




