♯41 仄暗さの前触れ
イリスとエヴリンが丘の木陰で寛ぐ中、村長の話が終わり指定された部屋へと入った3人。
村長の配慮で男女で2部屋に分かれており、ミラはイリスの帰りを部屋で待つことにした。
簡素な内装であったが休むには十分すぎる。
フレイムとルインも一息つくことにした。
「男女混同部屋ではないとは……」
「イリスにブチのめされる覚悟があるなら女部屋で寝るといい。……いや、あのミラという女、夜這いのし甲斐のある身体つきだ。危険を冒してでも行く価値があるかもしれんな」
などと、妙なジョークを交わしながら彼等は各々のベッドに腰掛ける。
そしてフレイムはベッドの上で座禅を。
ルインは分厚いメモ帳を懐から取り出し万年筆を走らせ始める。
この間には小鳥達の鳴き声と木漏れ日だけが、静寂の中を穏やかに通り過ぎていった。
「……座禅の最中に申し訳ないが、1つよろしいでござるか?」
「なにかな?」
突如ルインが万年筆を止め、未だ目を伏したままのフレイムに話しかける。
その姿勢は聞き取りを行う記者のような雰囲気だ。
「ダッチマン卿の目的は、叡智の果実を手に入れること。その中で気になることがありまして」
「……まずは言ってみたまえ」
フレイムは目を開きルインと目を合わせる。
その表情に一切の動揺は見られない。
鋭くも穏やかな視線で彼の姿を捉える。
「……動機ですよ」
「なに?」
「アナタが"人間の認識を超え神を克服する"という目的、即ち、超人を志そうとしたその動機でございます。なにゆえに、神に怒りを覚えなさるのか。なにゆえに、神の恩恵を拒もうとされるのか。アナタの過去に触れるかも知れないことでしょうが……フフフ、職業柄どうも気になってしまい」
ルインは本気だ。
フレイム・ダッチマンの目指す『超人』という目的。
それがこの世界において不可解な生き方であるからこそ、知的好奇心をそそられるのだ。
対する彼は視線を下に向け、しばらく黙った。
まずなにから話せばよいかと迷うような仕草で。
胡坐から端座位に。
そして、彼らしくない貧乏ゆすりをしながら。
「……?」
ルインは怪訝な表情で見るが突如として貧乏ゆすりが止まったのを見て目を見張った。
フレイムは視線を上げルインを見つめ、ようやく口を開いたのだ。
「物書きの君よ。君は、神々と宇宙にどういった関係があると思う?」
「か、関係ですか? ふぅむ……過去の神話では宇宙創造の神が存在し、目的地である修道都市の信仰対象である全知全能の神が宇宙の全てを作ったなど世界各地で関連性の深い伝承は多々ありましたが……現代魔術や神との交信術で証明したことを総合すれば、まず少数の神々が宇宙を創造し、その後に生まれた神々がその秩序を保った、ということですかな」
ルインの意見を聞きフレイムは視線を更に鋭いものにする。
殺意や敵意ではない、もっと恐るべきなにかを秘めているかのような瞳だ。
ルインは続ける。
「ゆえに、神々と宇宙は同格若しくはそれ以上の存在であり我々はその恩恵のもとに創造された生物であるということ。地上に生命を創り、自分達に似た型を持った生き物に知恵をそして異能の力を与えた。……まぁ諸説ある内でこれが通例ですかな」
そう言い終えた直後、フレイムの不気味な含み笑いが室内に響く。
唐突のそれに大抵は不思議に思うだろうが、このときばかりルインは慄然たる寒気に襲われた。
フレイムの笑みはこの世の全てを嘲笑せんばかりに静かに歪んでいたのだ。
「神々が宇宙と同格ゥ? まったく……なぜこのような理屈がまかり通り、なぜ当たり前のように信じられているのか。……あぁ、神だからか。"神様がそう言ったから"だったな。……だが残念なことにルイン。それはとんでもない誤謬なのだよ」
「……それは、どういうことで?」
立ち上がるフレイムを見上げ、その変質したかのような笑みに生唾を飲む。
フレイムは見下ろしながらも身振り手振りを交え続けた。
「神々が宇宙を創ったというのは、神々が地上の生命共を騙し支配する為に作った真っ赤な嘘だ」
「……え?」
「実際は逆だ。あるとき"偶然"に始まった、後に宇宙と認識されるだだっ広い暗黒に、"偶然"生まれた最古の知的エネルギー体。……それが人間が崇めてやまない神々、の始まりだった」
フレイム・ダッチマンの口から発せられる冒涜的な一説。
ルインの物を書く手と語る口が同時に停止した。
フレイムは構わずそのまま語り続けた。
「彼等は暗黒の中を彷徨い、あるとき"光明"を見つける。それこそ最古ともいえる『異能の力』という別のエネルギーだ。彼等はそれを見つけるや早速それを研究し始め、自らの力とせん為に昇華させていった。……後に、奇跡だの神秘だのと持てはやされる『神の力』というやつだ」
「神の……力」
そうだ、とフレイムは頷きながら日の射し込む窓へと歩く。
ルインは黙ってそれを見ていることしか出来なかった。
今までとは違う彼の放つ忌まわしき闘気めいたものが、まるで自分の口を塞いでいるかのように。
「だが……この地点ではまだ星を創るなどということは出来ない。可能になったのは、暗闇に睡っていた数多のエネルギーが覚醒を起こし、"元素"を作り出してからだ。暗黒に土や水、風といった要素が生まれてそれが1つの塊になり、やがて長い年月を掛けて出来たのが……『星』と言われる概念だ。星の始まりに関してはその道の学者が詳しいだろうが……真実を言わば、このときはまだ神々は星創りにすら関与していなかったのだ」
フレイム・ダッチマンから漏れる呪いめいた言葉の数々にルインは目眩に似た感覚を覚える。
一見すればそれは背信者が語る神への侮辱。
だが、ルインにはまるで知ってはならないことを聞かされているような気分だった。
「神々はそこから、"属性"と言う概念を異能の力に取り入れた。神々は更に研究を重ね、知的生命体が星の上で蠢くほどに成熟したとき……恐るべき"真実"に辿り着いた。それは……神々にとって非常に受け入れがたい現実だった」
「そ……それは一体、なんです?」
フレイムが今に語ろうとしたその直後。
ドアをノックする音が響いた。
女中が2人と隣の部屋のミラを呼びに来たのだ。
なんでも、村長が合わせたい人がいるとか。
「……この続きは、そうだな。今夜あたりにするとしよう。今度はミラやイリスを混ぜてな」
ルインに不気味に笑いかけると彼はさっさと行ってしまった。
一気に緊張が解け、部屋の雰囲気が軽やかになる。
「……ダッチマン卿」
彼は一体何者なのだろう。
なぜ彼はそこまで冒涜的なのだろう。
そして、その悍ましくも忌まわしい知識は一体どこで。
考えれば考えるほど、なにかの深淵に踏み入れてしまいそうで怖かった。
不老不死身のルインがだ。
今はまだそれを考えるべきではない。
そう心に念じた上で、遅れて村長の元へと向かった。




