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♯39 白き純廉なる少女

 アンジェスタリカ公国の港街を脱出し、夜を馬で駆け抜けて日の出と共に見えてきたのは村の影。

 この目的地であるダ・ウィッチ村についたのは丁度朝の7時位だった。

 

 簡素な村かと思えば所々に洒落たデザインの造りをもつ家々が見られる。

 すべてがすべてボロの目立つ風景ではない。

 色とりどりの建物が並び、特に寂れているようでもなければ賑わっているというわけでもないようだ。


 4人はゆっくりと歩く馬に揺られながら赤茶色の土の上を行く。

 村人達は物珍しそうにして、来訪者をすれ違いざまに見ながら畑や山等の各仕事場に足を運んでいき、窓や玄関から顔を覗かせていた者達はそそくさと家の中へ入っていった。


「朝早くからご苦労さんね。」


「農耕は季節や時間、そのときの状況に大きく左右される。1秒も無駄には出来んさ」


「……アタシにゃ無理かな」


「ハハハ、他人に迎合しない君にはキツいかもな」


「に、人間社会って複雑ですのね……」


「村1つでもそれぞれの持ち場があり役割というものがある。まず我々が向かうのはこの村で最も重要な役割を担う村長の家だ。よそ者はよそ者らしく、挨拶をせねばな」


 村長の家を探し当てるのはそう難しくなかった。

 広場にて重鈍に佇む年季の入った建物は、周りとは違いどこか荘厳な雰囲気を放っていたのだ。

 イリス達は通行人の邪魔にならぬよう馬を端に駐留させる。


「朝早くに失礼する」


 ノックをしドアを開くと中はどこか古さを感じさせながらも豪華な内装だった。

 クラシックな絵画に大理石のオブジェ、新品に買い替えたのかやけにツヤのあるソファ。

 村長という立場だけあり高貴な空気が漂っていた。

 偶然その場にて仕事をしていたこの家の女中は、イリス達を見ると怪訝な表情を浮かべる。


「……どちらさまでしょうか?」


「旅の者だ。この先の修道都市へ行きたいのだが、如何せん我々や馬は疲れていてね。だが、ダ・ウィッチ村には宿がないと聞く。そこで厚かましい話だが、一晩だけ休めるところを貰えないかと君の主人に相談したいのだ。……路上で寝ても構わんが、村人達が怖がってしまうだろう?」


 フレイムがそう言うと女中は少し考えた後、奥の扉へと行く。

 なにか話し声が聞こえたがすぐに扉は開いた。

 出てきたのは女中ではなく、髭面の老人だ。

 少し古ぼけた貴族風の衣装に装飾を施し、指には多くの宝石指輪をはめていた。


「ワシの村に泊めてほしいと? ……さて、旅人が訪れるなど何年ぶりか。近頃は物騒でね。誰もこの辺鄙な村には近づかんのさ」


 そう言うと彼は応接室へと案内してくれた。

 無数の書物が棚を飾っており、古い紙質の臭いと新品のカーテンの臭いが混ざり合っているのがわかる。


「ワシの名はビレム・グラムストン。この村の長だ」


「私はフレイム・ダッチマン。こう見えて賞金稼ぎだ。放蕩貴族と認識してくれていい。それほどの立場にはいない者さ」


「……イリス」


「ミラ、と申します」


「小生は吟遊詩人ルイン・フィーガ! お近づきの印にひとつ即興のものを……あ、いらない……そうですか」


 挨拶もそこそこに用意された紅茶に手を付ける。

 イリスは紅茶の種類や風味等には興味はなかったが、喉を通る味わいの中でに身体が温かくなるのを感じた。

 そういえば碌な休憩をとっていない。

 戦闘に探索に。

 常に振り回されてばかりだ。

 

「ワシの家は見ての通り無駄に大きくてな。ワシと孫と住み込みの使用人が使っても部屋が余る。……2階の奥の部屋を使うとよろしかろう」


「痛み入ります村長。見ず知らずの我々にここまでの施しを……。主もきっとお喜びになっておられるでしょう」


 ミラが丁寧にお辞儀をすると村長はその所作に一瞬見惚れたが、すぐに礼で返す。

 ローブを身にまといサキュバスであることを隠しても、どうやら特有の魅了性は隠しきれないようだ。

 ミラは無自覚なうちに村長を魅了していた。

 そうとは知らずにこやかに語り掛ける彼女の横でフレイムは満足そうに紅茶を愉しむ。

 

 しばらく込み入った話が続きそうなので、イリスは応接室を後にすることに。

 村長からは遠回しにではあるがトラブルは避けるよう注意される。

 無論、そのようなつもりはない。

 もっとも、神託者でもいれば別だが……。

 

「大人って長話好きよねホント……」


 ため息をつきながらも村長の家を出て改めて朝日をその身に浴びる。

 田舎の村ということもあってかストラリオ国やあの港街なぞよりもずっと空気がおいしい。

 軽く伸びをして鍛錬の1つでもしようかと歩み始めた矢先。


「ねぇお姉さん」


 まだ幼さが残る少女の声だ。

 その方向を振り向くと少女がイリスを見上げながらにこやかに微笑んでいた。

 絹のように長い金色の髪に宝石のような碧眼、年はイリスより少し下くらいか。

 朝であっても夏の暑さが身に染みるこの時期には、もってこいの白いワンピースに白い帽子。

 自分とは正反対の清純さを持つ、どこにでもいそうな村娘だ。

 

「旅の人でしょ? アナタ達が来るのを見たわ」


「……誰?」


 にこやかな表情を向ける少女とは裏腹になぜか喧嘩腰の大人気ない態度なイリス。

 しかしそんな彼女に怖じることなく優しく接する少女。


「私はエヴリン、エヴリン・マーケリー。アナタのお名前は?」


「……イリス」


「ふふふ、イリスさんね。よろしく。……村、初めてなんでしょ? よかったら私が案内してあげるわ!」


「断る」


 今はただ1人になりたかったイリスは兎に角つんけんした態度を崩さない。

 こういう態度を取ればこの少女は離れていくだろうと考えたのだが、少女は全く意に介していないようだった。

 

「つれないこと言わないでくださいな? 私外の人は初めてなの。いっぱいお話聞きたいわ」


 笑顔を崩さないエヴリンに根負けしたのか、イリスは肩を竦め彼女についていく。


「ダ・ウィッチ村へようこそ。まずは……私がお世話になってる家を紹介するわね!」


「はいはい……」


 自分はなぜこうも他人に振り回されやすいのか。

 ふとそんなことが脳裏に浮かぶイリスを愉快そうに見るエヴリン。


(アタシって……こんな人が寄ってくるような人間だっけ?)

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