#37 新たなる夜闇の先へ
「おぉ! 哀しいかな!」
ルインは自らが書き綴った分厚い本を開き、演説するようにおどけてみせた。
「人間とは、歳を取るごとに憎悪の霊にとらわれやすくなる。長く生きた数に比例し他者の手段や態度が醜くみえて仕方がない。ゆえに! これまでの歴史、若者と老人は戦争を繰り返してきたのだ! その若輩の未熟さが気に入らないが為に、年功の傲慢さが気に入らないが為に!」
両手を天高く、嬉々として一説を叫びあげると彼は満足そうに鼻息を鳴らした。
「ルインさん、御自身の作品に酔いしれるのは結構ですが……今は空気を読んで静かにしていて下さい。私は今大事な話をしているのです……!」
「うぅむ、折角和ませようと思ったのに……」
ミラに叱られトボトボ引き下がるルイン。
騒ぎの後、あの姉妹は兵士達に保護されフレイム達はその前に人混みからずっと外れた場所に来ていた。
ミラに胸ぐらを掴まれフレイムは壁に押しつけられている。
かくいうイリスは周りに注意を払っていた。
後ろでミラは先程の騒ぎの件で、持ちえる知恵と倫理でフレイムを叱り飛ばしている。
フレイムは意にも返さずにそれを独自の思想を以て撥ね退けているのだ。
内容までは聞き取れなかったが特に興味はない。
小難しいことはいつだってああいう大人の役目だ。
(あのローブをまとった奴……、いなくなってる。なんだったのかしら)
しばらく睨みをきかせていたが、そういった人物は見られない。
深いため息と共に後ろを振り向くと、どうやら言い争いは終わったらしくミラはなにか強い意志を固めたような顔をし、フレイムは左頬にビンタの跡を残しながらムスッとしていた。
「お話終わった?」
「えぇ、しっかりと」
「仲直りの握手を私の頬にかましやがったがな……」
「ハハハ、美女のビンタなど……世間一般では御褒美でござるよ? なんと羨ましい」
「よし代わりに美男が全力で貴様を殴ってやるいいだろ? な?」
バカな大人達が騒いでいる。
それを無視し、どうやってこの街を逃げ出すか思案するイリス。
例の暗殺者達との戦闘に加えあの騒ぎだ。
これ以上この街に滞在するのは得策ではない。
「心配はないぞイリス。すでに手を売ってある」
殴り倒されうずくまっているルインを足元に、フレイムは埃を落とすように手を叩く。
「こんなこともあろうかと事前に馬を確保しておいた」
「おぉ、流石は金持ち」
「ついてきたまえ、こっちだ」
街の賑わいから離れるように街の外に近い地区へと移動していく。
ルインは泣き言を言いながらもトボトボ歩いた。
しばらく歩くと寂れた門の前に、馬3頭と業者らしい男がいるのが見える。
男は怪しい目付きでこちらを睨み、フレイムに話しかけた。
「ダンナ、人が増えるなんて聞いてませんぜ? その分貰えるんでしょうね?」
「勿論だ、口止め料も上乗せしよう」
鼻で笑うように肩を竦めてみせた男は馬3頭をフレイム達に譲った。
フレイムは馬に跨りながら業者に礼を言う。
「済まないな、君の馬まで買い取る羽目になるとは……」
「なぁに、言うこと聞かねぇじゃじゃ馬だ。好きに使ってくだせぇ。あ、今ダンナの乗ってるヤツは違いますぜ?」
「わかっている。……さぁ、君等も好きな方に乗り給え」
「アタシは1人乗りがいい」
「では、私はルインさんと乗りましょう」
ルインが手綱を握りミラはルインの身体にしっかり掴まり密着。
「ヤベェ、生きててよかったでござる……」
背中に当たる柔らかい感触を堪能しつつルインの顔がほっこりと和らぐ。
ミラはなんのことだろうと不思議そうに見ていた。
「……もっと殴っときゃよかった」
業者に金貨が大量に入った袋を渡しながら舌打ちするフレイム。
「さっさと行きましょう? ……次の目的地に行くんでしょ」
「ウム、ここから遙か北へ北へと行ったところに、修道都市『サフレン』という場所がある。国家に属さない異能と信仰の独立都市だ。そこに叡智の果実の手掛かりがある筈だ。……否、ある」
フレイムの目が鋭いものとなる。
着実に目的へ近づいているゆえの意志の炎が、彼を昂らせているのだ。
「……とはいえ、かなり日数はかかる。休息や食料・水の確保も必須になる。魔術によるワープが使えればどうということはないのだが、今更な話だ」
「じゃあどうするの?」
イリスが怪訝な表情を浮かべ聞くとフレイムはニヤリと笑った。
「この先に『ダ・ウィッチ村』という村がある。そこで幾許かの休息をとるのだ」
「中継地点ってわけ、ね」
「そういうことだ……では行くぞ、ハァアアッ!」
「ヤァアッ!」
3頭の馬が街から野へ。
掛け声と共に鞭を打ち、夜の闇へとイリス達は消えて行った。
まず目指すはダ・ウィッチ村。
その村にて待ち受ける、身の毛がよだつほどに恐ろしい脅威が彼女等を待っているのだ。
それは例えば、亡霊や殺人鬼といったそんな類の……。




