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♯36 主よ憐れみたまえ

「へぇ〜アンタ不死身なの」


「おや、随分とあっさりとされた反応でござるなぁ」


「どーでもいい……てか腹減った」


 イリスのこの発言にミラはため息を、ルインは必死に笑いをこらえていた。


「もう、この娘ったら……食べたばっかりじゃないですか」


「今日だけでどんだけ動いたと思ってんの? あんなのすぐに消化されたわ」

  

 そう言いながら2人の前を歩き、フレイム・ダッチマンを探す。

 あの路地裏でのドス黒さが嘘のように気だるげな雰囲気だ。


「フフフ、戦闘以外では本当にただの態度の悪い町娘といった感じでござるな」


「えぇ、戦闘以外では……」


「……不満ですかな? 彼女ほど、戦士として最適な人材はいないかと」


 顔を覗き込むようにされど穏やかに語り掛けるルインに、ミラは悲し気に笑みながら首を横に振る。


「……あの娘には、騎士道も無ければ武人としての誇りも矜持もありません。ただ斬るだけ……正義もなければ信仰もない、血飛沫と断末魔の舞う地獄に他なりません。……私は、イリスを救いたいのです。あの娘を、真っ当な人間に……」


 胸の前で拳をつくり力強く握りしめる。

 ルインは顎に手を当て、考えるように見つめた。


(そう上手くはいかないとは思いますが……。ですが、間違った道に進んでいる少女を救いたいという願いを持った美女が辿る数奇な運命とその末路。ふむ、新たな題材として使えそうなテーマですなぁ)


 ミラに気づかれないようにメモに文字を書いていくルイン。

 吟遊詩人、即ち作家たるものあらゆる人間模様を見逃すまいと筆を走らせつつ構想を練っていく。

 すると、その視線の先に見えたのは人混みを避け歩いてくるフレイム・ダッチマンだった。

 そちらも、イリス達に気づいたらしく軽く手を振りながら歩いてくる。

 

「おぉ、ダッチマン卿! ご無事でなによりでございました」

 

「なぁに、余裕の勝利だ。この私の強さに恐れをなして逃げていったぞ」


「ふぅん、逃がしたんだ。逃・が・し・た・ん・だぁ~。へぇ~」


「こらイリス! そうやってダッチマン卿をからかうのは止めなさい!」


 出会って早々のイリスの含み笑いによる挑発に青筋を立てるフレイム。

 その2人の間に入り仲裁をするミラ。

 彼女もまた気苦労が絶えない。

 

(おぉ、美女の心優しき性格が逆に美女を追い詰めていく……)


 面白そうなネタだと言わんばかりにその光景から感じ取ったものをメモに記していくルイン。


「ふん、まぁいい。……さてこの街をとっととオサラバしようとする前に、諸君等に聞きたいのだが。……随分と殺気立った客人を同行させているな?」


 フレイムの視線がイリス達の後方に向けられる。

 全員がその方向に注意深く視線のみを向けると、建物の陰に潜むローブをまとった人物がいた。

 言われてみれば、あの暗殺者達に勝るとも劣らぬ殺気をこちらに向けている。

 つけられていたのかと、イリスは気づけなかったことに今更ながら後悔した。

 鯉口を切ろうとしたがフレイムに止められる。


「街中で戦闘をする必要もあるまい。これ以上騒ぎが大きくなったら厄介だ。……奴とて同じ、それをわかっていたからこそ、今まで襲い掛かってこなかったのだろう」


 結論として、薄気味悪いもののこのまま進みゆくこととした。


「ねぇ、アイツついてきてるわよ?」


「君に熱い視線を送っているじゃあないか。時間があったらそれに応えてやってはいかがかな?」


「おぉ! 殺気を放つ相手に愛で答える少女! なんという慈愛。スプラッター悲劇待ったなしでござるッ!!」


 こんな他愛のない会話を続けていくと、人だかりが見えてきた。

 大勢に注目されているのは、フレイムに慈悲を乞うた姉妹2人。

 そして、彼女等を取り囲む3人の無頼漢だ。

 建物の壁に追い込まれ身動きが取れなくなっている。

 運悪く無頼漢共の目にとまってしまったのだろう。


「だ……誰か助けて!」

 

 姉が周りの人間に助けを求めるが、誰1人として動こうとはしない。

 同情的な視線と見世物を見るような視線が、無頼漢と姉妹に向けられている。


「アンタ達、近づいてきたらタダじゃ済まないから!」


「へへ、気の強ぇところがかわいいじゃねぇか」


 妹が無頼漢共に牙を向く。

 だが、彼奴等はまるで仔犬かなにかが吠えたかのように、意にも返していない。

 この街の兵士達は、先の戦闘での対応に追われて来られないようだ。


「……助けなければ!」


 そこでミラが動く。

 男に襲われる女を見て虫唾が走ったのか、イリスも騒ぎの中心へと躍り出ようとした。

 しかし、ここでまたフレイムが制止をかける。


「待て、行くにはまだ早い」


「なにをおっしゃっているのかわかりません。あのように困っている人を助けるなら迅速な対応がベストですわ!」


「人助けには興味ない。でも、ああいう男共は気に入らない。ねぇ斬らせてよ」


 イリスとミラの剣幕をものともせず、いつもとは違う面持ちで姉妹と無頼漢を一瞥しているフレイム。

 そんな彼とイリス達に割って入るようにルインが問う。


「ダッチマン卿如何されたのです? あの無頼漢……若しくは娘2人に、なにか因果でも?」


「あの姉妹は……さっき私に物乞いをしてきた」


「ほうほう。……まぁ大方慈悲を与えなかったから彼女等に心にも無いことを言われた、といったところですかな?」


「ダッチマン卿……まさかアナタはそんな理由で!」


 ミラが怒りの表情を見せたとき、フレイムはまたもや制止した。


「そんな理由でこうしているのではない。……彼女等は信仰深い。弱き者は必ず救われるという意志を決して崩さない。その反面として、世に蔓延る"力"というものを嫌悪している節がある。ゆえに、彼女等は学ばねばならん」


 この言葉にミラは更に激怒した。


「学ぶですって!? あんな状況から学ぶことなど、この世の醜悪くらいしかありませんわ! もういいです。私が助けに行きます!」


 ミラがそう言った直後、状況が動いた。

 無頼漢によって引き離される姉妹。

 互いに名を呼び手を伸ばすも、欲望と暴力がそれを許さない。

 ミラとイリスが姉妹の元へ行こうとするも、あまりの人の多さに行く手を遮られる。


「ヤダァ! お姉ちゃぁぁぁあん!」


 妹の声が響く。

 ようやく人混みをかき分け姉妹と無頼漢共のところに辿り着いた。


 それと同時に人々の悲鳴が上がった。

 目の前の光景にミラは絶句し、イリスは鋭く目を細める。


「お姉……ちゃん?」


 一面に広がる真っ赤な血。

 その中心で抉られた肉から、同じ色が噴出されて横たわっている。

 真っ赤に塗らついた斧を持った張本人が荒い呼吸を繰り返しながら震えていた。


「お姉ちゃん……どう、して?」


 妹が目の前で、しかも公然の真ん前で乱暴されそうになったとき、姉の中でなにかが切れた。

 身体か無意識に動き、自分を拘束する無頼漢の腕を振りほどいたと同時に彼奴から斧を奪い、見るも見事な袈裟斬りを放つ。

 突然のことで、完全に油断しきっていた無頼漢はなす術なく首元を抉られた。


 張本人、それは妹が愛してやまない"姉"だったのだ。


「あ……ぁぁ……わ、私……人を、……人をッ!」


 姉が斧を震えた手で地面に落とす。

 その音で呆然としていた無頼漢2人が我に返り怒りを露わにした。


「こ、このアマァ!」


「構わねぇ、妹も殺しちまえ!」


 無頼漢がナイフや斧で妹を刺そうと、姉を斬り裂こうと邪気を振りかざす。

 刹那、一閃と流星が翔ぶ。

 妹を刺そうとした無頼漢にミラが背後から首に手刀を放ち、姉を斬ろうとした無頼漢にイリスが零斬ぜろぎりで腹部を抉った。

 双方なにをされたのかもわからず地に倒れ伏す。

 ミラはまた1つ失った命に苦い顔をしたが、気持ちを切り替え、座り込んでいる妹に手を差し伸べた。


「遅くなって申し訳ありません。もう大丈夫ですわ。……あの、立てますか?」


 その手を近づけた直後、妹は鬼のような形相でミラを睨みその手を力一杯跳ね除けた。


「なんで……なんでもっと早く来てくれなかったの!?」


「……え」


「アンタ達、野次馬の中にいたでしょ? 見えたもん……ッ! どうしてすぐに助けてくれなかったの!? そのせいでお姉ちゃんは……お姉ちゃんはッ!!」


 目に涙を浮かべ狼狽えるミラに凄まじい剣幕で怒鳴り始める。


「アンタ達が遅かったから! お姉ちゃんが……人殺しになっちゃったじゃない! ……アンタ達のせいだ。全部アンタ達のせいだァ!!」


 今まで溜め込んでいた気持ちが爆発したかのように、妹はミラ達を責めた。

 その様子を見ながら、イリスは放心状態の姉の脇を通り、妹を睨みなが歩み寄る。


「随分な言い様ね。アタシ達に感謝しなくていい。ただ、アンタのお姉さんには言ったら? あんなになるまで命懸けで助けようとしたんだしさ」


「うるさいうるさいうるさい!! お姉ちゃんはこんな解決の仕方はしない! お姉ちゃんは無理矢理間違った道を進まされたのよ! あの無頼漢や……ノロマのアンタ達に!」


 最早当てつけだ。

 それほどまでに精神にきたのか、罵詈雑言を吐き続ける妹。

 ミラは終始俯いていたがイリスはイライラし始め、今にも鯉口を切ろうとしていた。

 

 そのとき、フレイム・ダッチマンが放心しへたり込む姉に歩み寄って来た。

 姉と視線を合わせながら、最初に出会ったときとは真反対。

 にこやかに囁く。


「素晴らしい袈裟斬りだった。そして見事だ、誇っていい。君は自らの目的の為に冷酷な判断を下せたのだ」


「冷……酷……?」


「そうだ。……それは犠牲を伴い、悲しみも生み出すだろう。君の精神とは真逆の生き方だ。だが……それを悪逆と考えるのは早計だ。善良な精神だけでは人間は生き残れない。神に祈ることで……清貧にしがみつくことで、リアルから目を背けてはならない。悪として倫理の向こう側へ押し込んではならない。今回のこの無頼漢共は死ぬべくして死んだのだ。君が更なる人生の高みに立つ為の尊い犠牲にな。」


「高み……? でも、私、人を、殺し……ッ」

 

 姉が戦慄する中、フレイムは更に続ける。


「そうだ、殺した。妹を助けるという為だけにだ! だか、それは必要不可欠な行動だった。あの場における最適な判断であったと、私は確信している。……君は今宵、自らの目的の為に他者を犠牲にする術を手に入れたのだ。これは祝い金だ、とっておきたまえ」


 そう言って姉の手に、金貨を幾つか握らせようとした直後。

 妹の怪鳥が如き雄叫びが響く。


「この悪魔め……汚い手で、お姉ちゃんに触るなァアッ!!」


 ミラの制止を振り切り、斧を手に取ると乱雑に振り回し始める。

 フレイムは立ち上がるや軽々とした身のこなしで躱していく。

 妹は血眼でフレイムを追うが、斧に振り回されているような状態だ。


「ウラァッ!」


 斧を力一杯振り下ろす。

 それを見計らったかのようにフレイムは不敵に笑みながら回避した。

 直後に響いたのは頭蓋の割れる音と、噴き出る液音。

 妹の身体が一瞬にして真っ赤に染まる。


「おっと失礼。後ろにまだ生きていた無頼漢がいたとは知らなかった」


 斧はミラが倒した無頼漢の頭に深々と刺さり込んでいた。

 うつ伏せ状態の顔からは表情は読み取れず、パックリと割れた頭蓋からは血と脳漿が地面に流れていく。


 無論、言うまでもなくこれはフレイム・ダッチマンの誘導である。

 妹に殺させたのだ。

 先程までの勢いが嘘のように、妹に静寂が舞い降りる。


「え? ……ぇ、え?」


 姉は現実を受け止められない妹とその行動に、手で口を覆い涙を流した。

 自分のみならず、妹までもが人生を狂わせてしまった。

 否、狂わされてしまった。


「なんということを……、アナタ、まで……」


「違う……お姉ちゃん違うの……ッ!」


 ワナワナと震える姉妹を見据えながら、フレイムは金貨を幾つか2人に投げ渡した。

 虚しく金属の音が響く中、フレイムは踵を返しイリス達の方へと戻っていった。



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